第6話 村人に与えられた選択肢
「……魔王」
一連の光景を見ていた村人の一人が、ふいにそう口にした。
「魔王だ……」
「本物の魔王……」
「魔王が村を救った……」
後に続くように、他の住人たちも驚きの言葉を発する。自分達が助かった喜びと、魔王に命を救われた戸惑いとが複雑に入り混じって、何とも言えない心境になる。
本来村を救った英雄を歓待すべき所だが、魔王が敵か味方か判断できず、どうすればいいか分からないと立ち往生する。
(そろそろ
「聞け、村人達よッ! 俺の名はザガート……異世界から来た魔王なり!!」
彼らの前に立つと、自分が異界の来訪者だと大きな声で告げる。
「アザトホースの目的は貴様ら人類を根絶やしにする事……だが俺は違うッ! 俺の望みは世界の救済者となる事ッ! お前達人類を救う……その
大魔王と自分が異なる思想を持っており、決して
「俺が
自分の望みが名声を得る事であり、それさえ
「
最後に重大な選択を突き付けて話を終わらせた。
魔王にとって一世一代の大バクチだ。成功すれば人々の尊敬を得られるし、失敗すれば非難を浴びる事は間違いない。だが圧倒的な力を見せ付けた彼らに敵でないとアピールするチャンスは今しかないと考えた。
「………」
男が話を終えると、村人が互いに顔を合わせてボソボソと小声で話す。魔王の要求に従うべきかどうか皆で相談する。だが簡単には結論が出ない。
村人は誰しも心の中では彼の存在を受け入れるべきだと考えた。もし魔王が助けなかったら、オークの襲撃で皆殺しにされた事は目に見えていた。その事が、彼の助けが得られなければ、この先生き延びられない事を明確に悟らせた。
異界の魔王を名乗る男を信用する事への不安もあったが、魔族に殺されるよりはマシと考えた。だがこんな大事な話を今この場で決めて良いのかと誰もがオロオロする。
早く結論を出さなければ相手の機嫌を
村人があたふたしていると、彼らの中から一人の老人が前に進み出た。
「ワシの名はテラジ……ギレネス村の村長をしております。そこのルシルはワシの孫ですじゃ」
村のまとめ役と思しき、杖をついた白髪の老人が自己紹介する。ルシルの祖父だという。
「ワシらは今まで何度も神に祈ったが、神は救いの手を差し伸べてはくださらなんだ……もしこのまま何の助けも得られなければ、ワシらは魔族に殺されるしか無くなる」
自分達が神に見捨てられた事を、悲しげな表情で伝える。
老人が口にした『神』という存在が、ザガートが元いた世界の神ゼウスなのか、それともこの世界に別の神がいるかはまだ分からない。
「魔王様……もうワシらには、貴方様にすがるより他に生きる道が無いんじゃ。どうか……どうか世界の救済者となって、ワシらを導いて下され」
そう言うや否や、地に
「魔王様……」
「どうか……どうか我らをお助け下さい」
「もう神様なんか、アテにならねえだ……」
他の村人が後に続くように
ある一人が神への失望を口にした。救済をもたらさない神に祈るのはまっぴらごめんで、自分達を救ってくれるなら、それが魔王だろうと構わないという切実な思いが伝わる。
「……よろしい。では村人達よ。我に信仰を捧げた証として、
村人が服従の意を示した事にザガートが気を良くした。すぐさま信仰の対価として恩恵を与える事を告げる。
「我、魔王の名において命じるッ!
両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、魔法の言葉を唱える。
すると天から白い光が流星の
それだけではない。完全に
村の建物は三分の一ほど壊されたままだが、住人は一人の被害も出ない状態へと戻る。
「ああっ! 貴方……貴方ぁーーっ!」
「とうちゃーーん!」
「おおっ……ミナっ! トーマっ! 父ちゃん生き返ったぞ!!」
父親が生き返った喜びで家族が抱き合う。
他の住人達も大切な家族や友人が
「魔王様、本当にありがとうございます!」
「魔王様こそ真の勇者だっ!」
「魔王様、バンザーーイ!」
「ザガート様、バンザーーイ!」
感謝や歓迎の言葉を口にしながら、村人が一斉に魔王の元へと集まる。最後は感極まって、皆で彼を胴上げした。もはや村人にとっては、彼こそが救いの神だった。
「勇者じゃ……ワシらの待ち望んだ勇者が、
村長テラジは救世主が現れたと確信して涙を流す。
ザガートは村人のテンションの高さに一瞬困惑したものの、内心
人助けも悪くない……内心そう思った。
暴力で人を支配するのは簡単だ。その方がよほど魔王らしい。
だが今、大魔王の恐怖に
人々が自分を『魔王の姿をした勇者』と認識するなら、あえてそれに乗っかるのも良いかもしれないとさえ思った。
「……」
ルシルは村人の態度の変わりように付いていけず、ポカンと口を開けたまま棒立ちになる。観衆の輪から離れた場所に一人取り残されていた。
◇ ◇ ◇
一方その頃――――。
魔王城と思しき
ケセフが、目の前にある『何か』に向かって
彼の両脇に、目だけが赤く光る怪しげな人影がズラッと並び立つ。
「……それでおめおめと逃げ帰ったという訳か」
魔王軍の幹部と思しき者の一人が、
「村の一つも攻め落とせんとは……」
「バハムートまで連れておきながら……」
「情けない……」
「魔族の
他の連中が後に続くように声に出して
「グッ……」
当のケセフは苦虫を噛み
「ヌゥゥ……」
ケセフの前にいる『何か』が低い
触手は常にユラユラと
「異世界ノ魔王、ザガート……我ガ領域ヲ
人語を話すのに不慣れなのか、アザトホースがたどたどしい
「……殺セッ!
ザガートの抹殺を部下に命じて、そのための報酬を約束する。
「オオーーーーーーッ!!」
魔王城が、手柄を立てんとする魔族の歓声に包まれた。褒美を約束された事に士気はこの上なく上がり、何としても敵を討ち果たさんと意気揚々になる。
「ケセフ……敵ノ強サヲ知ラナカッタ事ヲ
大魔王が、部下の失態を寛大な心で見逃す。未知の敵に敗れた事を仕方ないとしながらも、二度の失敗は許さないと
「ははーーーーっ!」
ケセフが上司の温情に深く感謝して頭を下げる。何度も床に
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