第2話 最強の魔王、異世界に降り立つ。
「うっ……」
タケシが長い眠りから目覚める。
彼が周囲を見回すと、そこは草木も生えない大地が何処までも続く荒野だった。
彼は異世界に飛ばされた後、この広大な大地で寝ていたらしい。
タケシの足元に、これを使えと言わんばかりに手鏡が落ちていた。ゼウスがよこしたものだろうか。
タケシは手鏡を拾って自分の姿を映し出す。
「……これが俺か」
思わずそんな言葉が口から漏れ出す。
そこに映っていたのは
瞳は青色に染まっていて、目付きは獲物を狙う狼のように鋭い。
彫りが深い顔は男性的なたくましさに
ファンタジーの魔術師が着るような
一見して
変わったのは姿だけではない。精神年齢も肉体に合わせて成長したような、そんな感覚が彼の中にあった。タケシが元いた世界のありとあらゆる膨大な知識が頭の中に詰め込まれており、悟りを開いた賢者のような達観した気持ちになる。十四年しか生きていないはずなのに、まるで五百年生きたような経験を得た。
自分が自分でなくなったような錯覚に
「最強の
神に言われた言葉を思い出して復唱する。
彼はこれより人間の男子中学生、宮野タケシとしてでなく、異世界に降臨した魔王ザガートとして生きていく事となった。
「さて、これからどうしたものか」
ザガートが今後の方針について考えていると……。
「いやぁぁぁぁああああああーーーーーーーっ!!」
何処からか、とても大きな悲鳴が発せられた。
声の聞こえた方角にザガートが振り返ると、一人の少女が彼の方へと走ってくる。モゾモゾした小さな物体が十匹ほどいて、ギィギィと不気味な声で鳴きながら少女の後を追う。
その少女、フリルのレースが付いた赤いエプロンドレスを着て、茶色の髪を後ろで三つ編みに結んでいる。
だが何よりも特筆すべきは、胸が非常に大きかった事だ。走るたびにゆっさゆさと激しく揺れるそれは、たわわに実った乙女の果実と呼ぶに相応しい。
少女を追うのは人間の子供くらいの背丈で、暗めの濃い緑色の肌をした、小悪魔のような怪物……この世界においてゴブリンと呼ばれる下級のモンスターだ。絵本に出てくる小人のような服を着ており、手には鋭いナイフが握られている。
「ああ、旅のお方っ! どうか……どうかお助けをっ!」
村娘が慌てて助けを求めながら、ザガートの元へと駆け寄る。すがるような目で相手の顔を見ながら、衣の
「ギギギッ……ナンダオ
集団の先頭にいたゴブリンが、不気味に笑いながら娘を渡すように要求する。口からはだらしなく
「いやぁ……」
醜悪な怪物に
(フーム……)
そんな少女を前に、ザガートが
ゼウスに世界を救えと言われた彼であったが、この世界に関する情報を何も持ち合わせていない。まずは人の住む村に案内されて、情報を集めるのが先決だと考えた。その
「オイ、何ヲ モタモタシテイル!? 早ク女ヲ
物思いに
「……ほう」
小鬼の言葉を聞いた途端、ザガートがニタァッと歯を見せて不気味に笑う。明らかに相手を見下した傲慢さと、揺るぎない殺意に満ちた悪魔の表情になる。
「
死を宣告する言葉を発すると、正面に右手をかざす。直後男の指先に魔力と思しき赤い炎が集まっていく。
「我が力よ……炎の龍となりて全てを焼き尽くせ!
魔法の言葉を唱えると、男の指先に集まった炎が巨大な
「ウギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
龍に触れられた途端、ゴブリンの全身が炎で焼かれる。マグマに匹敵する超高熱の火炎は小鬼を一瞬で焼き殺し、黒焦げの焼死体にする。鼻をつく不快な臭いとともに、ブスブスと白煙を立ち
炎の龍は間髪入れずに他のゴブリンへと襲いかかる。
「ギャアアアアアアッ!」
「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!!」
「ドバァァァアアアアアアアッ!!」
小鬼の群れが次々に焼かれて、阿鼻叫喚の地獄と化した。十匹ほどいたゴブリンは一分と
「フンッ……異世界の魔物とやらも、しょせんこの程度か」
ザガートが小馬鹿にするように鼻息を吹かせながら、ゴブリンの死体を足で踏む。人を襲う異世界の怪物が思ったほど大した強さでは無かった事と、自分が確かに最強の生物となった満足感に
「あああっ……あっ……」
男の残虐な行いに、少女が顔を引きつらせた。表情は一気に青ざめて、歯をガタガタと震わせる。本来命を救われた事に感謝すべき所だが、もはやそれ所ではない。下手をすれば自分が殺されるかもしれないのだ。
男の頭にモンスターらしき
「こっ……殺さないでぇ……」
思わずそんな言葉が口から飛び出す。ゴブリンより
(しまった……やり過ぎたか)
男は内心
村に案内させるためにも、ここはひとまず少女の恐怖心を取り除かなければならないと考えた。
「あーー……ゴホン」
一旦気持ちを落ち着かせるために
「小娘……何も恐れる必要は無い。俺の名はザガート……頭に
自分が魔物の仲間ではないと伝えて、村に案内するよう頼む。極力少女を怖がらせないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「……いきなり怖がらせて、すまなかった」
最後に頭を手でボリボリ
「……」
少女が地べたに座り込んだまま黙り込む。男の予想外の態度に困惑したあまり思考が追い付かず、何とも言えない表情になる。どう反応すべきかすぐには考えがまとまらない。
男の言葉全てを信用した訳ではない。もしかしたら嘘をついていたかもしれない。
だが男のしおらしい態度は、敵ではないと思わせるものがあった。そんなに警戒しなくていいかもしれないと感じさせた。何より彼に命を救われた事は、厳然たる事実だ。
「……村に案内すれば良いんですね」
少女はそう口にしてゆっくりと立ち上がる。手足の震えは止まっており、本能的な恐怖心は無くなっていた。村があると思われる方向を向いて、とぼとぼと歩き出す。
「ああ……そうしてくれると助かる」
魔王は感謝の言葉を述べてニッコリ笑う。少女が警戒心を解いてくれた事に深く安堵しながら、彼女の後に付いていく。
彼女が走って逃げたりしなくて本当に良かった……心の底からそう思えた。
◇ ◇ ◇
少女は自分の住む村に向かってひたすら歩く。完全に心を開いた訳ではないのか、自分からは一言も話さない。居心地が悪そうに下を向いたまま黙り込む。
ザガートはそんな少女の後に大人しく付いていく。相手の機嫌を損ねたくない思いから、
閑散とした荒野を、二人の男女が黙々と歩き続けたが……。
「……このまま、ただ歩き続けるのも退屈だ。俺から名乗ったのだから、君の名前も聞かせてくれないか」
やがて重苦しい空気に耐え切れず、魔王が口を開く。少しでも友好関係を築くために相手の名前を聞こうとする。
「ルシル……ルシル・ガーネットと言います」
少女が下を向いたままボソッと小声で
「ルシルか……良い名前だ。これから長い付き合いになるかもしれない。よろしく頼む」
少女の名前を聞いて魔王がニッコリと笑う。相手の名前を
「……」
ルシルと名乗った少女は
少女は魔王の事を変な男だと思った。ゴブリンを一瞬で殺せる力があるのに、自分のようなかよわい女性には低姿勢で接する。その考えが理解できない。
やろうと思えば力ずくで従わせられるのに、それをしようとはしない。少女には男の思考が全く読み取れない。
反面、男の好意を受け入れようとしない自分の頑固さに対する
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