いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。

大月秋野

第一章 冒険の始まり

第1話 そして少年は、魔王となる。

 ――――2024年、東京。



「まったく……母ちゃんと来たら、人使いがあれえよなぁ」


 学生服を着た一人の若者が、ズボンに手を突っ込んで不満そうにブツブツ言いながら街中を歩く。


 彼の名はみやタケシ……クラスメートからタイタンとあだ名で呼ばれる、ガタイの良い男子中学生だ。今年で中学二年になる。


 彼は小学生の頃は勉強も部活も真面目にやる熱血漢のスポーツマンだったが、中学に上がってからケンカに明け暮れるようになり不登校気味になる。周囲はそんな彼を不良と呼ぶ。

 教師からは社会のクズとさげすまれ、付き合いのあった友達からは距離を置かれるようになり、親は「どうしてこんな事に」と悲嘆する。もっとも彼がそうなったのには、ある理由があったのだが……。



 ともあれ、母親からお使いを頼まれたタケシが、表通りの歩道を歩きながらスーパーへと向かっていた時……。


「ママーーーーッ!」


 道路を挟んで向かいがわにいた七歳くらいの幼い少女が、タケシの方へと走ってきた。タケシのすぐとなりに彼女の母親がいたからだ。


 だがその時道路を走っていた大型トラックが、猛スピードで少女に迫る。少女の存在に気付いた運転手が咄嗟とっさにブレーキを踏んだものの、到底間に合いそうにない。


「危ねえっ!」


 タケシが大声で叫びながら慌てて道路へと飛び出す。何か考えがあっての行動ではない。反射的に体が動いていた。

 彼が少女をかばうように覆い被さった瞬間、車がドンッと音を立ててぶつかり、二人は諸共もろともに弾き飛ばされる。


 タケシは少女を強く抱き締めたまま地面に激突して、強い衝撃でゴロゴロ転がって全身を激しくこすり付ける。男の体がクッションになったのか、少女にはかすり傷一つ付いていない。


「おい、大丈夫かっ!」

「あゆみーーーーっ!」


 トラックから降りた運転手と、少女の母親が共に駆け出す。

 二人に駆け寄られて、地面に倒れたタケシがゆっくりと上半身を起こす。彼の腕に抱かれた少女が腕から離れて、そっと立ち上がる。


「お兄ちゃん……私のせいで」


 母親からあゆみと呼ばれた少女が、心配そうな目でタケシを見つめる。自分が不用意に飛び出したために男を深く傷付けた罪悪感で胸が締め付けられて、今にも泣きそうになる。


「気にすんな……俺みたいなクズ野郎、誰かを助けて死ぬのがお似合いだ……ハハハッ」


 タケシが全身血まみれになりながら、歯を見せてニッと笑う。泣き叫びたくなるほどの激痛が体中を駆け巡っているにも関わらず、少女に心配かけまいと痛みをこらえてせ我慢する。


「お兄ちゃん……うっうっ」


 そんな男の姿がかえって痛ましく、少女が声に出して泣き出す。

 少女の母親はなかばパニックにおちいっているのか、何度も頭を下げて謝ったり感謝の言葉を述べたりする。トラックの運転手は冷静にスマホで何処かに電話する。

 やがて救急車が近くまで来たのか、ウーッウーッと甲高いサイレンの音が鳴る。


 だがタケシの視界がだんだん暗くなると、けたたましいサイレンの音も、少女のエンエンという泣き声も、次第に遠のいていく。全身を駆け回る痛みが薄れていき、猛烈な眠気に襲われた。

 それが『死』が迫っていた事だと、タケシには分かっていた。




 あーあ……思えばつまらねえ人生だったな。

 昔はこうじゃなかったのにな。

 悪いチンピラに絡まれてた女の子を助けたら、そのチンピラが良いとこの坊ちゃんで、無実の罪を着せられた。


 それがケチの付き始めだった。

 周りの大人は誰も信じちゃくれなかった。部活もやめさせられた。

 勉強も部活もあれだけ一生懸命頑張ったのに、全くむくわれなかった。

 それで何かも嫌になった。


 あの時女の子を助けなかったら、違った人生を歩んでたのかな。

 でももういいや……何もかも、もうどうでも良い。もう終わった事だ。


 せめて生まれ変わったら、もうちょっとだけマシな人生歩みてえもんだ……な……。





 ……。

 …………。

 ………………。


「ん?」


 長い沈黙の後、タケシが目を覚ます。

 彼が周囲を見回すと、そこはクジラの背中より大きな、白い雲の上だった。雲の周りには晴れやかな青空が広がる。


 彼の前にはちゃぶ台が置かれており、一人の老人があぐらをかいて座っている。


「ホッホッホッ……目が覚めたようじゃな」


 老人がそう言って愉快そうに笑う。禿げ上がった頭、サンタのような白いひげをしており、魔法使いのような木の杖を右手に握り、白いローブをまとっている。ニコニコした穏やかな表情は、人柄の良さがうかがえる。


「アンタ……神様か?」


 タケシが思わずそう問いかけた。間違いなく死んだはずの自分が天国のような場所で目覚めた事、そこに奇妙な風貌の老人がいた事から、そう結論付けた。


「ホッホッホッ……いかにも。ワシは神様じゃよ。下界の人間たちは、ワシの事をゼウスと呼んでおったのう。万物の理をつかさどる全能の神じゃ」


 老人が自らの素性について明かす。お笑い番組のコントに出てきそうな場所にいる怪しげなじいは、男が質問した通り神なのだという。それも地上では有名な、全能の。


「そうか……それで全能のカミさんとやらが、俺に何の用だ?」


 タケシは自分をここに呼んだ理由を冷静に問いただす。目の前にいる人物が神である事に驚く様子は無い。

 本来ありえない状況にまれたにも関わらず、平然としている。トラックにかれた時点で自暴自棄になった彼にとって、今の状況が夢だろうと現実だろうと、どうでも良くなったのかもしれない。


「なんじゃ、リアクション薄いのう……まあ良いわい」


 タケシの反応がそっけない事に神が不満を漏らす。もっと驚いてくれないと張り合いが無いと言いたげにブツブツとごとを言う。だがやがて諦めて気持ちを切り替えると、ゆっくりと口を開く。


「単刀直入に言おう……タケシよ、お主に異世界を救って欲しいのじゃ」


 一転して真剣な顔付きになると、願い事を口にする。


「なんだ、やぶからぼうに……異世界を救って欲しいとは、一体どういう事だ?」


 神の唐突なお願いにタケシが面食らった顔をする。あまりに荒唐無稽すぎて、すぐには頭で受け入れられない。まずは詳細を聞かなければ首を縦に触れないと考えて、改めて問い直す。


「フム……実は今、ある異世界が危機にひんしておる。邪悪な魔物が人間を襲い、人々の嘆きと絶望が世界を埋め尽くしておるのじゃ。人々の絶望から生まれた精神エネルギーは他の世界に負の影響を与え、それはお主が災厄に見舞われる原因ともなった」


 神が異世界で起こった出来事について語る。異世界に住む人々が魔獣におびやかされた事、それがタケシが不幸な目にう原因になった事を教える。


「神であるワシは他の世界に直接手出しできん……そこでお主に異世界に転生してもらい、世界を救ってもらいたいのじゃ。もし何の手も打たなければ、お主と同じ目に遭う人間がこれからもっと増えるじゃろう。それも何十人、何百人というレベルの話ではない。何万人……いや何十万人とじゃ」


 自分が直接関われない事を口にして、改めて男にお願いする。このまま人々が襲われ続ければ、次なる犠牲者が生まれる事を付け加えた。

 真実を告げる神の表情は暗い。何とかしてやりたいが、何もしてやれないもどかしさ、無力感に打ちのめされた心情がうかがえる。タケシの死にも責任を感じたのかもしれない。


「もちろんタダでとは言わん。お主には神に匹敵する最強生物となって転生してもらい、世界を救ったあかつきには、その力を好きに使ってもらって構わん。永遠の王国を築くも、女の子とハメハメするも自由じゃ。さすがに魔物と同じように人々を苦しめられては困るがのう」


 最後に転生ボーナスを与える事、世界を救った後は好きに生きていい事を報酬として約束し、話を終わらせた。


「……」


 ゼウスの話を聞き終えて、タケシはしばし物思いにふける。あごに手を当てて、眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になる。これまで得た情報を頭の中で整理して、頼み事を引き受けるべきかどうか思い悩む。


(やれやれ……もう人助けはコリゴリだと、そう誓ったんだがなぁ)


 ……心の中でそう口ずさむ。


 冷静に考えれば面倒なお願い事だ。いくら最強生物になれたとしても、世界を救うのは決して簡単ではない。様々な厄介やっかい事に首を突っ込んで、数々の危険な魔物と戦わなければならない。もしかしたら命を落とすかもしれない。

 ここで頼み事を断ったら生き返れないとしても、いっそその方が楽かもしれない。


 だが新たな犠牲者が生まれるかもしれない事実が、タケシの胸に深く突き刺さる。自分が死んでいく姿を見て泣いたあゆみという少女の泣き顔が頭から離れない。彼女の事を思い出した時、こんな目に遭うのは自分だけで終わらせたいという気持ちが湧く。そうしなければ一生後悔する気がした。


「いいぜ……やってやる。アンタの望み通り、世界を救ってやるよ。どのみちクソみてえな人生だったからな……それが少しはマシになるってんならな」


 あれこれ考えたすえに神の頼みを承諾する。頭を手でボリボリいてめんどくさそうな顔しながら、わざとぶっきらぼうに答える。


「おお、やってくれるかっ!」


 タケシの返事を聞いて、ゼウスが晴れやかな笑顔になる。頼みを断られるかもしれない懸念が払拭された満足感でニコニコ顔になる。


「さて、ではこれからお主を異世界に転生させる訳じゃが……どんな姿になるのがお望みじゃ? 剣と魔法を操る、オーソドックスなイケメン勇者か? それとも、あらゆる魔物の能力を取り込むスライムか? なんなら、カワイイ女の子になるのもアリじゃぞ」


 サッと次の話題に進めたそうに話を切り替えると、転生後の姿について希望を聞く。


「勇者か……フンッ、勇者なんて俺のガラじゃねえ」


 勇者という言葉を聞いて、タケシが小馬鹿にするように鼻で笑った。自分のようにケンカが得意でガタイが良い不良の中学生は、とても正義の味方ヅラするのはしょうに合わないと感じた。


「魔王……そうだ。俺を魔王にしてくれっ! 俺は最強にして無敵の魔王になるっ!」


 しばし考えた末に頭の中に浮かんだ考えを口に出す。


「フム、わかった! 宮野タケシよっ! お主はこれから魔王となって異世界に転生するのじゃ! 人の姿をした上級悪魔アーク・デーモン、最強の魔王『ザガートZagart』としてなっ! むむむむむっ、かぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーっっ!!」


 男の言葉を神が二つ返事で了承する。転生後の職業と名前について教えると、詠唱のような言葉を口にして、杖を高く掲げる。杖からまばゆい光が放たれて、辺り一帯が見えなくなる。

 視界が白い光に覆われた途端、タケシは猛烈な眠気に襲われた。そのまま意識が遠のいていく。




 ――――タケシよ、お主ならきっとき救世主となれる。信じておるぞ。




 ……薄れゆく意識の中、神の最後の言葉が聞こえた。

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