第52話 穢れの狩人エヴァン 3

「アウラよ。万象たるマナよ、我が……敵、を射抜け! 魔力の矢マジックミサイル!」


 システィナの杖から放たれる光弾が、緩いカーブを描きながらエヴァンへと飛翔していく。

 迫る光弾を避けようとエヴァンは飛び退くが、目標に向かって追尾するそれは少しの回避運動では逃れることはできない。


「ちっ!」


 カッ! と甲高い音を立てて、青い魔力の光が炸裂する。

 衝撃で大量の真紅の花弁が舞い上がり、爆発に巻き込まれたエヴァンのコートの袖を焦がした。


 魔術の一撃によって生じた隙へとアリアとルイスが武器を振るって追撃。すると、それを嫌ったエヴァンが後退した。


 押している。状況からすれば、それも当然だった。三対一という数的有利だけでなく、こちらには魔術師であるシスティナがいる。

 前衛である戦士と、後衛である魔術師。双方が揃うことで、戦力は何倍にも膨れ上がる。


「……遊んでいる余裕はない、か」


 三発目の魔力の矢マジックミサイルをシスティナが放ったとき。

 エヴァンはあえてその魔力の光弾に向かって飛び込んだ。


「なに!?」予想外の動きにルイスが驚きの声を漏らす。


 炸裂した魔力の光をその身に浴びながら、エヴァンはシスティナへと向かって一直線に駆けた。


 たしかに戦士と魔術師が揃った軍勢は強いが、それを崩すセオリーもある。先に魔術師を狙って倒すことだ。

 よって戦士は敵を魔術師に近寄らせないための立ち回りをするのだが、相手はエヴァンほどの実力者である。アリアはもちろん、ルイスであってもそれは困難だった。


「……っ」システィナが慌てて後退しようとするが、間に合わない。


 エヴァンはおそらく目的のためなら命も惜しまない。だからこそ、捨て身でシスティナを殺すことに集中されたら止めようがない。


魔力の障壁フォースシールド!」


 システィナの正面に蜂の巣状ハニカム構造の光の壁が出現。はばまれて、エヴァンの足がとまった。


「防御魔法か……だが、こんなものは無駄だ」


 エヴァンであれば、その光の壁を突破することも可能だろう。

 だが、時間は稼いでくれた。

 その刹那の時間にアリアは、背中から弓を取り出して矢をつがえた。


「エヴァン!」


 射撃。びゅんと風を切り、真紅の花弁を巻き上げながら疾駆した矢が、エヴァンの肩へと命中した。


「ぐっ……!」

「アウラよ。万象たるマナよ、集いて刃となれ。魔力の剣フォースエッジ!」


 システィナの杖の先端に青い光の剣が生成され、それを振るった。

 巨大蜂に使ったものより出力が抑えられたものだが、それでも当たればただでは済まない威力を持つ。

 実体がないため剣で受けることもできない光の刃を、エヴァンはひらりと身を回転させて紙一重で回避。漆黒のコートをわずかにかすめただけだった。


 反撃にエヴァンの鉈剣がシスティナへと振り下ろされようとしたとき、そこへルイスが割って入った。


「させるものか!」


 鉈剣と槍が、ぶつかり合う。

 二人の男は鍔迫り合いながら、互いに睨み合う。


「たしかに過去は変えられない。だが、未来にはいくらでも可能性がある。貴公、なぜシスティナを信じてやれないんだ!」


「未来を語るのは、過去を清算せいさんしてからだ。彼女の行いは、その罪は、決してゆるされることではない」


「じゃあどうすればいい? 彼女が死ぬまで、その罪は終わらないというのか」


「そうだ。……だからこそ、俺が終わらせに来た」


 エヴァンは肩から、ルイスは背中から鮮血を流しながら、互いに問答を続ける。

 そこへアリアが横から剣を構えて駆け寄ると、エヴァンは「ちっ」と舌打ちしながら鍔迫り合いを止め、後方へ跳躍した。

 直後に飛来した魔力の矢が、青い光の爆発を巻き起こす。エヴァンは腕で自らの身をかばうが、それによって肩の傷が広がったらしい。真紅の花弁とともに、鮮血が宙を舞った。


「……さすがに、不利なようだな」


 エヴァンのつぶやきを聞いたアリアが、肩で息をしながら尋ねる。


「諦める?」

「……いや」


 攻撃を受けてボロボロになった黒のコートをエヴァンは脱ぎ捨てる。

 さらにはインナーである上衣も脱ぎ去り、上半身を露わにした。


「こ、これは……」ルイスが声を漏らす。

 アリアとシスティナも息を呑んだ。


 エヴァンの引き締まった体躯。その左腕から左肩までを覆い尽くさんばかりに、黒い痣が浮かび上がっていた。


 システィナが愕然と言う。


「穢れの……変異……」 

「そうだ。そして……これが俺の力であり、呪いだ」


 痣は左腕だけでなく、首元から体幹部にもわずかではあるが点在している。穢れの進行が進んでいるのだろう。

 エヴァンの右腕が痣にまみれた左腕に触れると、その黒ずんだ肉が波打つように脈動を始めた。


「っ……」


 押さえきれず溢れていくように、エヴァンの腕が脈打ちながら隆起していく。

 月明かりを隠すような黒い霧がそこに集い、一つの形を成す。


 痩せさらばえた鈍い灰色の巨体。まるで人骨のように眼孔と口腔が空洞になった異貌。その頭部からは、たてがみのように無数の触手が伸びる。


 それを見たアリアが呆然とつぶやく。


「穢れの怪異……」




 太い腕を持つ怪物の上体には二本の巨大な腕があり、下半身はまるでエヴァンの体から這い出てきたような形で、彼の肩と繋がっている。

 骸骨のように空洞の口腔からは、まるで呼吸をするように感想した空気をしゅぅしゅぅと音を立てながら出し入れしている。


 その異貌を見て、システィナがはっと気がつく。


「あれは……」


「ああ」エヴァンが答える。「これは、二年前に村を襲った穢れの怪異――『メムシス』だ」


 村を襲ったということは、システィナが呪われた書庫から呼び起こしてしまった穢れの怪異だろう。

 エヴァンは「ふっ」とわずかに自嘲してから言葉を続ける。


「あの日……すべてを失った俺は、雪の中を一人、彷徨さまよっていた。……そのときだ……俺が不死神カカロスによって見出され、穢れの呪いをこの身に受けたのは」


 我に返ったルイスが尋ねる。


「貴公……すでに穢れに飲み込まれかけているのか……?」

「そうだな。……遠からず、俺はダムドになるだろう」


 ダムド。人が穢れによって理性を保てなり怪物となる現象。

 もし一度発症してしまえば、元に戻る方法は、ない。


「こういう事情があり、俺には時間がない。……悪いな」


 痛みをこらえるような顔をしながらルイスは、ぎりり、と歯噛みをした。


「そうか……」


 槍を強く握りしめ、穢れに飲まれかけた男と向き合う。


「ここで雌雄しゆうを決することが貴公の望みならば…………仕方がない」


 アリアは呆然と男の名を呼んだ。


「エヴァン……どうして」


 これがエヴァンの求めた力なのかは定かではないが、彼はこの力を振るうことに、もはやためらいはないだろう。

 戦うしかない。決着をつけるしか――。


「さあ。俺のこの力……止められるものなら、止めてみせるがいい」

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