第51話 穢れの狩人エヴァン 2
花畑の中をアリアとルイスは駆け抜けた。エヴァンを止めるために。
二人の動きに追従するように、真紅の花弁が中を舞う。
「行くよ、エヴァン!」
怪我をしているルイスよりも速く、アリアはエヴァンへと飛びかかった。剣を両手で握りしめ、しっかりと踏み込んで一撃を叩き込む。手加減なんてできなかった。当たったら大怪我じゃ済まないかもしれないけど、そうでないとエヴァンには勝てないと思ったからだ。
「……ふん」
がきぃん! と金属音を鳴り響いた。
エヴァンの持つ鉈のような剣によってアリアの剣は弾き返された。やはり片手だった。技術も力も違いすぎる。
防がれても隙を作れればいいと思っていたが、それすら読まれていた。
渾身の一撃を弾き返されたアリアに生まれたわずかな隙。そこにエヴァンは追撃することなく、側面から迫るルイスに向けてクロスボウを発射して牽制。アリアの身を犠牲にした連携攻撃を防ぐ。
「このっ!」
アリアはふたたび踏み込んでエヴァンへと攻撃を仕掛ける。身体能力を活かした素早い一撃。
これでエヴァンを倒せなくても、もう一度だけ隙を作ることができればと思い、繰り出した剣だ。
そのとき、ぞくりとアリアの背筋が凍る。
見られている。エヴァンの眼光が、アリアの一挙一動へと向けられている。
鉈のような剣が、くるりと妖しく弧を描いた。
きぃぃ……! と金属のこすれる感触とともに、アリアの剣が受け流される。
急激な重心の変化についていけずに、体がよろめく。
「……っ!」
パリィだ。
力と技術、両方を使ってエヴァンはアリアの剣を受け流したのだ。
横方向に急激に力を加えられたアリアは、勢いを押さえられずにいた。
そのガラ空きの少女の体へ。
「寝ていろ……!」
エヴァンはクロスボウを宙に投げると、空いた左手の拳をアリアの腹部へと叩き込んだ。
「かはっ!」
凄まじい衝撃が臓腑に響いて、小さな口から胃液を吐き出しながらアリアは吹き飛ばされた。
花が咲く地面に落ち、激痛と嘔吐感に腹部を押さえて悶絶する。
エヴァンは宙に投げたクロスボウをキャッチすると、ルイスの振るった一撃を鉈剣で受けながら、その槍の柄を即座に掴んだ。
「なに……!?」
驚愕するルイスへと、エヴァンは蹴りを繰り出した。
その一撃を後頭部に受けたルイスは、ふたたび地に伏すように倒れた。
(うぅ…………ルイス……)
起きあがろうとするが、腹部の痛みでアリアはまた倒れてしまう。
二人を一蹴したエヴァンは、またシスティナのほうへと向き直り、クロスボウを構える。
どうにかしないと。今から走っても間に合わない――。
アリアは無我夢中のまま、背中に背負っていたもう一つの武器を手に取って構えた。
「エヴァン!」
エヴァンは身を
アリアが手にしたのは弓だった。エヴァンから譲り受けたものだ。
小さな矢筒には矢がしっかりと固定されていたから、激しい戦いの中、幸いにも途中で落とすことはなかった。
もう一矢。アリアはエヴァンへと弓矢を向けた。
「……諦めが悪いな」
「けほっ、けほっ……。そうい、う、性分なの」
「……お前は、そういう奴だったな」
びゅんと飛来した矢を、エヴァンは鉈剣で弾いた。
そこで、
倒れているルイスがエヴァンの足を掴んだのだ。
「お前もか……」
「そうだ。貴公こそ、もうシスティナのことは諦めるんだ」
エヴァンはルイスを見下ろし、吐き捨てるように言った。
「……
ルイスは背中から血を流しながら、落とした槍を拾って立ち上がる。
「存在理由……だと?」
「そうだ。俺はそのためにこの二年間、絶えず力を求め続けてきた」
エヴァンの上向けた手のひらの上に、白い大きな花弁が浮かび上がった。
アリアが息を呑む。
「それは……アウラの花弁!」
これが、ルイスをも凌ぐエヴァンの圧倒的な力の理由。
エヴァンは白い花弁を握りつぶすように拳を固めると、ふたたび鉈剣を抜いてアリアたちのほうへと向けた。
「どのような力であろうと、利用する。それが目的の達成に繋がるのであればな」
その言葉が終わる前に、雄叫びをあげてルイスがエヴァンへと槍を振りかぶる。
その横薙ぎの攻撃を、エヴァンは軽々と鉈剣でいなした。
アウラの花弁に気を取られていたアリアが、弓を背中に仕舞い、剣を構えて攻め込む。
その攻撃も紙一重で躱され、カウンターでエヴァンの蹴りがアリアの鳩尾を打ち抜いた。
「うぐ……!」
ずしんと体の奥まで衝撃が響く。体内の重要な器官を押しつぶされる激痛とともに、アリアの体が地を転がる。
一人残されたルイスへと、エヴァンが鉈剣を振り下ろす。その直前。
「……
システィナの杖から発射された青い魔力の矢が、とっさに退避したエヴァンの間近で炸裂。光の爆発を巻き起こした。
「……システィナか。生への執着でも生まれたか?」
「こ、これ以上……アリアたちを、傷つけないで……ください」
エヴァンへと杖を向けたシスティナの腕は震えている。
彼女は途方に暮れているんだ。自分が生きていていい理由が見つからなくて。罪を償うすべも見出せなくて。
だから――。
アリアは、痛む体をかばいながら身を起こして、叫んだ。こぼれそうになる涙をこらえて。
今、言わなければならない。
「システィナ! お願い、生きてよ……!」
伝えなければ。
「アリア……わたしは……」
「諦めないで……探そうよ!」
悲しいことばかりで、言葉にするだけで胸が痛む。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。そんなことばかり考えてしまい、打開策も何も見つからない。
けど。
そんな現実を見据えていかなくちゃいけないから、アリアは言葉にする。
「罪を……償う方法を。あなたが生きられる理由を……!」
過去は変えられないし、エヴァンの言う通り、どうしようもない宿命はたしかに存在するから。
「だから……いっしょに探そう」
あなたの存在価値を――。
「アリア……どうして、そこまで……」
「友達だから!」
声を振り絞った。心を閉ざしたシスティナにも、ちゃんと届くように。
「私は……システィナが、好きになっちゃったんだよ」
システィナの瞳が揺れる。
ルイスは満足げに微笑みながら、槍で体を支えながら立ち上がった。
自らに剣を向けるアリアのことを、エヴァンは無言で見据える。
システィナがぽつりと声を漏らす。
「アリア……」
「生きよう。……システィナだって、もし過去の罪を償えるなら、そのためにも生きていたいでしょう」
何かを言おうとシスティナはその可憐な唇を何度か動かして、でも言葉にならなくて、代わりに小さくうなずいた。
「それじゃあ、いっしょに探そう。その方法を……。見つかる保証なんてないけど、可能性はあるはずだから」
もう一度アリアが言うと、今度こそシスティナは答えてくれた。
「……はい」
いつものように控えめだけど、確かな声で。
「わたしも……アリアといっしょに、生きていたい」
ああ。やっとその言葉を聞くことができた。
屈しかけていた心と体に、力と勇気が湧いてくる。
「それが……お前たちの意思か」
エヴァンはクロスボウに矢をつがえ、鉈剣をシスティナへと向けた。
舞い飛ぶ真紅の花弁の奥から、彼の眼光が覗く。
「だが、俺がそれを許すことはない」
止まることはできない。
エヴァンにとっては――システィナを殺すことこそが、
二つの想いは、決して相容れない。
「復讐を果たす」
「……どうしても、折れてはくれないんだね」
それが合図だった。
真紅の花弁を舞い踊らせながら、アリアとルイスは武器を手に、エヴァンへと肉薄する。
目まぐるしく剣を交わらせながらアリアが叫ぶ。
「システィナ! お願い、いっしょに戦って……。私たちだけじゃ、エヴァンを止めることができないから……!」
システィナはうなずいた。
目元のぬぐって、杖を構える。
「……はい」
振り下ろされたアリアの剣を弾き返しながら、エヴァンはちらりとシスティナのほうへと目を向けて、言った。
「……いいだろう。来い、システィナ。――もとより、お前も相手にする想定だったからな」
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