第48話 悲哀の村クォーツ 2

 ふたたびクォーツ村を訪れたアリアは、ひとまず先ほどエヴァンに傷の手当てをしてもらった家へと向かうことにした。

 道中でエヴァンと遭遇する可能性もあると予想していたが、その姿はどこにも見えなかった。彼はアリアたちの知らない場所で夜を過ごしているのだろうか。


 アリアとシスティナは家の中に入り、自前の毛布を敷いて眠った。

 男女でいっしょに寝るのはよくないからと、ルイスはほかの廃墟で眠るために家の外で別れた。彼も一人で考えを整理したいのかもしれない。アリアは黙ってその提案に甘えることにした。


 悲しみと不安が胸に満ちて落ち着かなかったが、それでも疲れには抗えず猛烈な眠気が遅い、自然とアリアは眠ってしまった。

 ――システィナとルイスは、ちゃんと眠れただろうか。




 窓から差し込む朝日の眩しさに誘われて、アリアは目を開けた。


「朝……か」


 屋根のある場所で寝られたことで疲れはかなり取れていたが、昨日のことを思い出すと、やっぱり悲しくなった。

 アリアは目を拭いながら、システィナの姿を探す。

 システィナは窓辺に腰掛けて、外の景色を眺めていた。朝日が逆光となって彼女の白い肌を照らす。そのまま放っておくと、なんだか消えてしまいそうだった。


「システィナ……」


 少女が振り向く。

 よかった。顔色こそまだ優れないが、彼女は確かにそこにいた。


「アリア……」

「おはよう」

「おはよう……ございます」


 やはり元気がなさそうなシスティナであったが「大丈夫?」とは聞けなかった。

 平気なはずがないから。

 きっと今も、彼女は罪の意識に苛まれていると思う。そうして一晩中、自分を責め続けたのだろう。

 システィナはきっとそうしてしまう。そういう子だから。


「……ルイスを探しに行こう。これからどうするか、みんなで考えよう」


 こくりと、システィナは小さくうなずいた。


「……アリア、ごめんなさい」

「え?」

「本当はアリアの使命を果たすために……アウラの花弁を見つけるためにここに来たのに、こんなことに巻き込んでしまって……」

「ああ……そのこと」


 こんな大変なときに、気にしなくてもいいのに。

 システィナはいつも、自分以外の誰かのことを気にかけている。

 たしかにエヴァンの言う通り、システィナの罪は大きいのかもしれない。でも、こんなにいい子が死ななくちゃいけないなんて、やっぱり間違っている。

 ――少なくとも、アリアはそう思う。

 理屈ではなく、心でそう感じた。


 たしかに使命は大事だけど、システィナのことを放ってはおけない。

 大切な、友達だから。

 アリアはそう言おうと思ったのだが。


「……アリア、わたしのことは、どうか気にしないでください……あなたは、あなたの使命を優先して……」

「放っておけって言うの?」


 少しむっときたアリアは、つい声を荒げてしまった。


「あなたの、重荷になりたくないから……」

「システィナは重荷なんかじゃないよ。……たしかにシスティナは重いけど」


 重いと言っても、べつに体重のことではない。そういう意味ではむしろ軽い。

 愛とかいろいろ重いという話だ。


「……とにかく、私はあなたのことを放ってはおかないよ」

「アリア……。でも、このままでは……わたしの罪を、あなたにも背負わせてしまうことになる……かもしれません」


 システィナは小さく息を吐いた。

 諦観ていかんの暗い瞳で。わずかな希望すら映し出せないというような。

 少女は言葉を続ける。


「わたしは、村を滅ぼしました。……罪のない人々の、命を奪いました。それはわたしの、消えることのない罪です」


 だから。

 そんなわたしに手を差し伸べるということは。

 わたしを肯定するということは。

 その罪をも是とすることになってしまう。


「そんなの……」


 言いかけて、アリアは口を閉ざした。

 軽々しく言うことはできない。何が正しいかなんて――。


 そう。エヴァンだって正しいのかもしれない。システィナを殺すなんて許してはおけないけど。そんな彼のやろうとしていることもまた、同じ贖罪なのかもしれない。

 システィナをゆるさないことこそが、村の仲間たちや愛する人を死なせてしまったことへの――償い。


「……とにかく、いっしょに考えていこう……ね、システィナ」


 死と罪、償い。わからないことだらけで。

 残る時間も、あとわずかだけど。




 ルイスを探すため、アリアはシスティナを連れて家の外に出た。

 日が昇ったことで、その景色は鮮明になった。

 廃村。凄惨な破壊の痕跡。――システィナが犯した罪の証。


 ルイスの姿はすぐに見つかった。彼はアリアたちが一夜を過ごした家の近くの廃墟の中に寝そべり、空を見上げていた。


「ルイス」

「……アリアか。それに……システィナ」


 声をかけると、ルイスはこちらに微笑みかけてくれた。


「ルイスはここで寝たの?」

「ああ……まあ、星を眺めていたら朝になってしまったのだがね」

「……そっか」


 ルイスも悩んでいたのだ。端正な目元にはくまができている。いつも溌剌はつらつとしている彼らしくもないが。


「考えに考えてみたが……余計にわからないことだらけだ」

「……そうだね」


 その間も、システィナは村の景色を見ていた。

 光を失い、濁った瞳で。ときおり、悲しげにうつむきながら。


「システィナ?」

「あ……すみません……」

「何も謝ることはないよ。どうしたの?」

「……じつは」


 少し口ごもりながらも、システィナは言葉を続ける。


「わたしが……その……力を暴走させてしまってから……この村が滅びてしまってから…………こうして村を訪れるのは、初めてなので」


 村が滅びて、一人取り残されたシスティナは、罪の重さに耐えきれずにすぐにそこから逃げ出してしまったらしい。

 それ以降、この村へは戻っていない。


「だから、こうして壊れた村を見るのは初めてで……」


 アリアは提案する。


「……少し、村を見て回ってみる?」

「……はい」


 治りきっていない大きな傷にあえて触れるように、それはシスティナにとって、痛みをともなうことかもしれない。

 だけど。


「……ちゃんと、向き合わなくちゃいけないから――」


 自らの罪に。

 その爪痕に。まだ熱を帯びた傷痕に。


「システィナ……。わかった、行こう」


 システィナはうなずいた。

 それにルイスも。


「私も同行しよう。……無関係ではないのだ。私もアリアも」


 だから、この目で見て確かめなくてはならない。

 この村で、どのようなことが起こったのか。




 アリアとルイス、それにシスティナは、滅びたクォーツ村を改めて見て回った。


 倒壊している家屋が多かったが、中には無事なものも残っていた。

 綺麗に整えられた庭がある家があった。焼け落ちた家屋からは子供用の人形も見つかった。

 商店もあった。思い思いの店構えで品物を売っていたのだろう。

 当時の人々の生活を思い浮かべるたびに、システィナは深い自責と後悔の念に苛まれた。


「わたしは……どうして、生まれてきたのでしょう……」


 瓦礫の中から見つけた髪飾りを胸に抱きながら、システィナは震える声で言った。

 それはどうやら、かつてシスティナと親しかった少女の遺品らしい。


「わたしさえ、いなければ……」


 三人は、村の様子を目に焼き付けていく。

 ここで起きた出来事に、それぞれの思いを馳せながら。


 やがて、自警団の詰所が見えた。比較的頑丈な建物のはずだが、しかし損壊はひどい。

 村を守るために最前線で戦ったであろう団員の姿は、今はもうない。皆、村に現れた穢れの怪異と――そしてシスティナに敗れて殉死してしまった。

 ただ一人を除いて。


「彼は……わたしの義父ちちだったエヴァンは、この自警団の長でした」


 義父。システィナは初めてそう呼んだ。

 そう呼ぶことに負い目があるように、控えめに。


 村を進んでいくと、壊れた教会が見えた。大きさはエレノーア教会より少し小さいくらいだろうか。

 半ば焼け落ちてはいたが、それでも屋根に飾られた聖印だけは形を保っていた。


「ここでは……孤児たちを引き取っていました。ちょうど、わたしとアリアがお世話になった、エレノーア教会のように」


 自分と似たような境遇だったから、そこの子たちとはすぐに仲良くなったとシスティナは語った。

 妹や弟のように、親しかった子もいるという。


「ずっと、感じていたんです。わたしは、他の子とは少し違うと……そのときは何が違うのかわからなかったのですけど…………だから、わたしは他人と壁を作ってしまっていたと思います」


 孤児院の残骸の中から子供たちの遺品を手に取り、システィナは胸に抱いた。


「そんなわたしにも……この孤児院の子たちは仲良くしてくれたんです。慕ってくれたんです。……わたしを……受け入れて、くれた……それなのに……」


 もう十分だ。そうアリアは思った。

 自分のしてしまったことと向き合いたいとシスティナは言っていたが。こんなふうに過去を掘り返していっても、ただつらいだけではないか。


「なぜ……」ルイスが小さくつぶやく。「なぜ神は、このような試練をシスティナたちに与えたのだろうか」


 すべては悲劇でしかない。

 この惨劇は、システィナが望んでやったことでは、決してない。

 背負った悲しみを考えると、彼女だって被害者なんだ。

 それなのに。


「わたしが生きていたら、またこんな悲劇が起こるかもしれない……だから……」


 生きていていい理由なんて、ない。

 その言葉に反論できるような何かを、アリアとルイスは思いつかなかった。

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