第47話 悲哀の村クォーツ 1
「
クロスボウをシスティナへと突きつけたまま、エヴァンが言い放った。
「アリア……まさかお前の仲間の一人が、俺の探していた怪物だったとはな」
「エヴァン、待って」
アリアはどうしていいかわからず、声を絞り出すことしかできない。
エヴァンがシスティナを殺そうとしている。村を壊滅させたから。彼の愛する人を殺したのが彼女だから。
そんなことさせるわけにはいかない。
けど、どうする――。
そこへルイスが割って入った。
「エヴァンとやら。武器を下ろしてもらおうか」
クロスボウの射線を自らの体で塞ぎながら、ルイスはエヴァンへと槍を向ける。
「彼女は怪物ではない。――我々の仲間だ」
迷わずに宣言するルイスへと、エヴァンは鋭い眼光を向けた。
「お前は、それがどれほど危険な存在なのか、わかっていない」
「危険なものか。彼女は心根の優しい人間だ」
「違うな。……それは善良な人の皮を被った怪物だ」
両者、睨み合う。
「……俺は彼女を殺す」
揺るがぬエヴァンの瞳。その意思に気押され、ルイスは歯噛みする。
「なぜだ。なぜそうもシスティナに敵意を向ける!」
瞬間、エヴァンの発する重圧が増したように感じた。
増幅した殺意に呼応するように、一陣の風が吹き抜け、エヴァンの黒いコートとアリアたちの髪を揺らす。
「……それが俺の、責務だからだ」
アリアは尋ねた。「それは……どうして?」
エヴァンはシスティナの力の暴走によって愛する人たちを殺され、その復讐としてシスティナを殺そうとしているのだと思っていた。
しかし、彼はそれが責務だと言った。システィナを殺すことが、自分の責任だと。
エヴァンは、わずかに顔をうつむかせた。
今もルイスはエヴァンに槍を突きつけているが、気にした様子はない。彼の実力であれば、そんなものはどうにでもなるということだろう。
彼は懐から、一つのペンダントを取り出した。
中に写真や小物を入れることのできるタイプの、ロケットペンダントだ。
そのとき、生気のない瞳で、小さな肩を震わせながら、システィナが小さく言葉を発した。
「あなたは……身寄りのないわたしを引き取り、育ててくれた人だから……」
エヴァンはペンダントのチャームを開く。遠目にしか見えないが、中には金髪の美しい女性が映された写真が収められていた。
あの女性は――。
「お前は、罪のない村の人々を、俺の仲間達を……そして、愛するフェリシアを殺した。――その報いを受けなければならない」
システィナの育ての親である、魔女フェリシア。
二年前の事件で命を失ったエヴァンの妻とは、魔女フェリシアのことだったのだ。
「贖罪の時だ。システィナ」
少女の瞳から、一筋の涙が溢れた。
「……あなたになら……殺されても、構いません……」
アリアは叫んだ。
「システィナ!」
そんなのはダメだ。
システィナが死んでしまうなんて。
「――そうか」
カタン、と構え直されたクロスボウが音を立てる。
冷たい風が吹き抜け、何かの意思を示すように、ひらりと真紅の花弁が舞う。
「待って!」
アリアは必死に懇願した。
「お願い……もう少しだけ待って!」
まだ、アリアたちはシスティナやエヴァンの事情を知らない。
「今は時間が必要だから……私たちにも、システィナにも……」
事情を聞いて、どうするべきか話し合うだけの時間が。
そのアリアの言葉に、ルイスも同意する。
「そうだ。詳しい事情がわからないまま、彼女を殺させるわけにはいかないからな」
沈黙。
その瞳も、冷たい殺意も揺らぐことなくシスティナに向けられたまま。
――やがて、男は深いため息を吐いてから、端的に答えた。
「……いいだろう」
クロスボウを下ろし、黒いコートをなびかせながら、エヴァンは身を翻した。
「明日の夜、日没後に俺はその怪物を殺しにくる。――それまでに、最後の別れを済ませておけ」
去っていこうとする男を、アリアは慌てて呼び止めようとする。
「待って、エヴァン――」
「……お前の匂いは覚えた。俺から逃げようとしても無駄だ」
夜の闇の中へと消えていく男の背中。
アリアたち三人は、それを呆然と見送った。
静寂。
鈴のような虫の音が、やけにはっきりと聞こえる。
武器を収めたルイスが、アリアとシスティナに尋ねる。
「これはいったい……どういうことなんだ?」
まったく事情を知らないのは彼だけだが、アリアもすべてを知っているわけではない。
彼女の、心に負った深い傷を。
「話して……くれる?」
今こそ、その傷に触れなくてはならない。ひどく痛んだとしても。
システィナもそれがわかっているのだろう。こくり、と小さくうなずいた。
「わたしは……罪を犯しました。この村を、クォーツ村を滅ぼしたのは、わたしなのです」
「なんだって……君が!?」
ルイスは驚いた様子だったが、アリアはそのことをすでに知っていた。前にシスティナに話してもらったからだ。
「君が、この村を……だが、いったいどうして? それに、どうやって――」
「……私の中には、獣がいるのです。目に映るものすべての破壊を望む、邪悪な獣が……」
システィナは自らの胸に手を当てて、小さく息を吐く。
それから、少しかすれた声で語り始めた。
「……捨て子だったわたしは、ここクォーツ村で、ある夫婦の手によって育てられました」
それが。
「魔女フェリシアと……彼、エヴァンです」
クォーツ村の夫婦。フェリシアとエヴァン。
二人に育てられたシスティナだったが、ある日、事件が起こった。
――システィナが事件を起こした。
「わたしは、自らの出生の秘密を知りたくて……入ることを禁じられていた『呪われた書庫』に足を踏み入れました……。そして、そこにいた穢れの怪異を村に解き放ってしまったのです」
「それで、村が滅んでしまったのか」
「いいえ……そうではありません。村を壊滅させたのは、本当にわたしなのです」
続きを語った。
エヴァンを始めとした村の自警団が穢れの怪異を止めるために戦っていたが、その中でシスティナは自らの力を暴走させてしまったのだ。
システィナの魔力に宿った、凶暴な獣の力を――。
その力は穢れの怪異を退けたが、それだけでは止まらずに村を焼き払って、住民たちを皆殺しにしてしまった。
「そんな……ことが……」
驚きを隠せないルイスに、アリアが捕捉する。
「システィナの魔力には、本当に獣の力が宿っている……それは私も見たから、わかるんだ」
「そうか。にわかには信じがたいが――」
「その獣は、ドラゴンに似た姿だった……光の竜。ルイスは何か知らない?」
ルイスはかぶりを振った。
「わからない……ザイフィールなら、何かを知っているかもしれないが」
「ザイフィール?」
「ああ。私を育ててくれた竜のことだ」
うつむいていたシスティナが、顔を上げた。
「ザイフィール……さん? その竜に会えば、わたしの『この力』について、何かわかるのでしょうか?」
「……。すまないが、それは――」
ルイスは言いかけて、口をつぐみ。
少し間を置いてから言った。
「それよりも、今はあのエヴァンという狩人のことだ。事情はわかったが、彼にシスティナを殺されるわけにはいかない」
システィナの瞳が小さく揺れる。
「なぜ……ですか?」
「なぜとは?」
「彼の言う通り……わたしは罪人です。殺されても当然のことをしました」
その言葉に、ルイスは愕然とする。
「君は――」
「……わたしは、危険な存在なのです。またいつ、同じように力の暴走で周りの人たちを傷つけてしまうかもわからない!」
消え入りそうなほど儚げな少女が、この一時だけ声を荒げた。
それから、また小さくかすれた声で続ける。
「……そうなる前に、わたしは――いなくなったほうがいい」
「君は……殺されたいのか? 彼に」
システィナは答えなかった。
その沈黙は――すなわち肯定を示しているのだろうか。
ルイスは瞳を揺らす。システィナも震えながらうつむいている。
――アリアも、泣きたかった。
「もう、やめよう……」
「アリア……」
「今夜はもう、どこかで休もう……」
みんな、疲れているんだ。
システィナも、ルイスも、もちろんアリアも――みんな。
「ちゃんと寝ないと、考えもまとまらないと思うから」
「……そうだな」
アリアはシスティナの肩を抱いてうながした。
彼女の顔は悲しみと恐怖で青ざめていた。
「行こう。今はもういいから……村に行って、休める場所を探そう」
「はい……」
陰鬱な気持ちのまま、アリアたち三人はクォーツ村の廃墟へと向かった。
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