第35話 朽岩の竜――幼きケルドレイル 3
アリアは言う。「じゃあ、もしかしてこれがルイスの探してる武器?」
槍は魔力を帯びているらしく、穂先の刃には、ほのかな光を
それをルイスは真剣な表情で見つめる。
「どうだろうか……私も現物の造形を知っているわけではないからな」
アリアは槍の柄を握って、石に食い込んだ刃を抜き取ろうとした。
「んっ……抜けない」
「私がやろう」
アリアの代わりに、ルイスが槍を抜き取る。
刺さっていた部分ヒビが入り、石ごと砕けるようにして穂先が抜けた。半ば朽ちていたスカスカの石とはいえ、すごい力だ。
そして抜き取った槍をルイスはアリアへと差し出そうとしたので、少し考えてから、アリアは丁重にその槍を押し返した。
「それはルイスが使って」
「……ありがたいが、いいのか?」
「うん。システィナもいいよね」
「はい。その武器はルイスさんが持つべきだと思います」
この中で槍の扱いにもっとも長けているのはルイスだ。
仮にこの槍が竜に決定打を与えられるものだとしたら、現状の戦力としてもっとも頼れるルイスが持っておくのは理にかなっている。
「ずっと探していたものなんでしょう?」
「ああ」
「それに、勇者の武器は抜いた人が持ち主になるってのがお約束だし」
「……そういうものなのか?」
これが選ばれた者にしか抜けない勇者の槍だとして、台座に当たる石ごと破壊して抜いたルイスはあまりにも脳筋が過ぎるが。
「……恩に着る。代わりに、これからこの迷宮で見つけた宝はすべて二人に譲ろう」
これが本当に竜を殺せる武器なのかはわからないが、死竜を倒すための
士気を高めたアリアたちは周辺の探索を続ける。ほかに見落としているものがあるかもしれない。
すると、丸くなるようにして眠る巨大な竜の体に守られるようにして、もう一つの石碑が見つかった。
板状の石碑の正面には、花をモチーフにしたような不思議な紋様が描かれている。
「これは……なんでしょう? 教会に飾られている聖印に似ていますね」
「言われると、そう見えるな。……しかし、このような模様の印は王都でも見たことがない」
システィナとルイスの二人はそう言っているが、アリアは不思議とこの聖印に見覚えがあるような気がした。どこで見たものだろうか。
もう少し詳しく観察してみるべきだろうか。なんだか頭がぼーっとしてくる。
そうして、おもむろにアリアが石碑に手を伸ばそうとしたとき。
「……この空間には、他には何もなさそうですね」
「そのようだな。さて……かの死竜を、どう切り抜けるべきか」
アリアは「はっ」と我に返って、伸ばしていた手を引っ込めた。
「そ、そうだね。竜を……」
「その槍なら、死竜に傷をつけることができるのでしょうか?」
ルイスは背負っていた魔法の槍を手に持ち、刃の付け根についた宝玉をじっと見つめる。
「どうかな。強い力を持つ武器なのだと思うが、竜を殺すに足るものかはわからない」
「それに、アウラの花弁の力もあるから、すごく強くなってると思う」
たとえ伝承の武具があったとしても、簡単にはいかないだろう。
とはいえ、死竜を避けながら祭祀場の瓦礫を撤去し、遺跡から脱出するのは困難だ。
それに、とルイスは言う。
「私はあの竜を、早く楽にしてやりたい。……穢れと不死の呪いに、これ以上苛まれることのないように」
「そうだね」
アリアも同意した。
このまま放っておくことはできない。あの竜を、私たちの手で葬ってあげるんだ。
「挑んでみよう。今なら、なんとかなるかもしれない」
アリアの言葉に、ルイスとシスティナは強くうなずいた。
「でも、十分注意して挑みましょう。危なくなったら迷わず逃げて……」
アリアは苦笑する。
「遺跡の中に閉じ込められてる今の状況じゃ、逃げ場なんてないけどね」
「それでも、生き残るんです……三人で」
戦いの中で、もし仮に犠牲者が出たとして、最後まで生き残るのはおそらく後衛のシスティナだ。
それがわかっているからこその不安もあるのだろう。アリアとルイスに、無茶をして欲しくない。
「ああ。承知した」
「そうだね。みんなで生きて、町に帰ろう!」
生還することを誓い合った三人が、遺跡内の通路へと戻ったとき、前方から地響きを足音が聞こえてきた。
異形の獣が――穢れに飲まれたドラゴンがこちらに移動してきている。
おそらく祭祀場のゴブリンは、この死竜を相手にして全滅したのだろう。
「アリア、システィナ、来るぞ!」
三人は陣形を組み、
アリアは剣と盾。ルイスは槍、システィナは杖を。アリアとルイスが前に出て、その少し後ろにシスティナが控える。
無遠慮に鳴る大きな足音が、
「アウラよ。万象たるマナよ、形あるものすべてを貫け!
システィナが青白い光の槍を形成し、プラズマのような余波を残しながら死竜へと発射された。
「――――!!」
システィナの魔術の中でも、最強の威力を誇る「魔力の槍」に貫かれた死竜が苦痛の声を上げた。
高密度の魔力の奔流によって傷ついた竜の体は、しかしその脅威的な再生力によって、すぐに完治してしまう。
「この魔術でも……ダメなの……?」システィナは一瞬だけ呆然とするが、すぐに気を取り直して次の魔術の準備を始める。
魔力の青光をその身に受けながらも止まることなく接近してくるドラゴンを、ルイスが迎え討つ。
「行くぞ、竜よ。――我が槍で、必ず君を解き放ってみせる」
勇ましく飛びかかっていくルイスに、アリアも続いた。
死竜はアリアたちを敵と、あるいは獲物と認識したのか、穢れに侵された獣の本能のままに暴れ始める。
ぶおん、と凄まじい勢いで襲いかかる大きな前脚。当たったらひとたまりもないだろう一撃をアリアが紙一重で回避すると、遺跡の壁が粉砕されて衝撃波と破片がアリアを襲った。
「ううっ……なんて力……!」
今まで戦ってきた魔物とは別格の迫力だ。
間髪入れずに身を翻した竜が、ムカデにも似た尻尾を振るってくる。それをルイスは天井付近まで
「うおおおッ!」
槍の先端にあたる刃の部分が、眩い陽光のような色の光をまとう。
鰐のような大顎の付け根、ドラゴンの首に当たる部分に槍の穂先が突き刺さった。
身悶えして頭を振り回す死竜から、振り落とされる前にルイスは飛び退いてアリアの隣に着地した。
「どうだ?」
新たな武器が有効なのかを確かめるため、様子を見る。
死竜は一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐにまた暴れ始めた。
「……! この槍でも通用しないのか」
攻撃を避けながら歯噛みするルイスに、システィナが言葉を伝える。
「先ほどより再生が鈍くなっています。有効ではあるようです」
「だが、竜殺しの武器と呼べるほどの効果はないようだな。……あるいは、私の力が足りないのか――」
この槍を持つのが、もっと力ある者なら。伝承の勇者であれば、あるいは――。
自らの非力に忸怩たる思いでいるルイスに、アリアが言う。「でも、少しずつだけど効いてるよ。続けよう!」
襲いかかる巨大な顎をしのぎながらアリアは竜のふところに潜り込み、ミスリルの剣での一撃を与える。
浅い。すぐに傷は塞がってしまうが、それでも攻撃し続けるしかない。
「アウラよ。万象たるマナよ、ここに宿れ……アリア、こちらへ!」
アリアはほとんど効果のない攻撃の手を中断し、システィナのもとへと駆け寄る。
「
システィナが白魚のような指先で剣の刃をなぞると、青白い魔力の光が剣を包んだ。
「ルイスさんも!」
「承知した!」
それまで死竜の攻撃を引き受けていたルイスはアリアと交代。
システィナのところへと後退すると、魔術による援護を受けた。
「
「魔法の武器か。ありがたい!」
魔力の青い光をまとった武器を手にしたアリアとルイスは、死竜との戦いを続けた。
危険な攻撃をかいくぐり、紙一重で回避し、死竜の懐へと肉薄する。
「いまだ……行くよ、ルイス!」
「応!」
前脚を使った攻撃の後、隙ができた死竜の体に、アリアとルイスはそれぞれの武器を叩き込んだ。
閃き、交差する二
死竜の胴に生じた十字形の傷を、炸裂する魔力の光が焼く。
「――――!!」
慣れ果てのドラゴンが上げる、苦痛の声にも似た咆哮が、アリアの心をえぐった。
ルイスもまた、痛みをこらえるような表情をしながら叫んだ。
「効いている……
「うん!」
そのとき。
それまで手がつけられないほど暴れ回っていた死竜が、動きを止めた。
周囲を覆う、禍々しい気配が強まる。長考するようにうつむいた死竜の巨大な顎の端から、黒煙のようなものがわずかに漏れ出している。
「あれは……」
気づいたルイスが、切羽詰まった様子で振り向いた。
「離れろ! ブレスが来るぞ!!」
ブレス――竜の吐く炎の吐息。
周囲は異様なにおいに包まれ、息苦しさが増す。
「
「防ぎ切れるか……?」
「なんとか……やります!」
システィナはすぐに
その障壁の数は二枚。前方へと集中させて、死竜のブレスに備えた。
「システィナ……!」
アリアはシスティナの後ろで祈るように見守る。
こういうときに何もできないのがもどかしい。
死竜は首を大きく反らせてから、巨大な口を開く。
炎の熱と衝撃は――来なかった。
代わりに周囲にただよっていた異様なにおいが強まり、息が苦しくなる。
「これは……」
口を押さえながらアリアがつぶやく。
周囲は黒い霧に包まれていく。ひどい悪臭と息苦しさをともなって。
「瘴気のブレスか……!」
ルイスの言葉が聞こえたとき、アリアはくらりとめまいがした。
瘴気。つまり毒だ。ドラゴンが吐き出しているのは、アリアたちの体を蝕む毒ガス。
それは正面に集中されていた障壁の魔術をあっさりと乗り越え、横から回り込み、三人を襲った。
先頭で魔術に集中していたシスティナが、がくりと膝をついた。
「……ぁ……」
「システィナ!」
ずんずん重い足音を立てて、竜が駆けて来る。
そして毒で苦しむアリアたちへ向けて、容赦なく前脚を振るった。
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