第30話 岩屑に埋もれし信仰の迷宮――アル・グレイル遺跡 3


 ゴブリンの祭祀場。

 実際は古い時代の人間が作った遺跡の中の競技場のようなスペースを、ゴブリンたちが占拠しているに過ぎないが。

 祭壇に立つ服を着た一匹のゴブリンは何事かを喚き続けており、平伏するゴブリンたちもおとなしくはしていられないようで、ざわめき声を立てている。

 アリアが息を呑みながら言う。


「なんか、嫌な予感がする……。一度引いたほうがよくない?」


「同感だ」と、ルイスが答える。「いずれにせよ、この数は相手にしたくないからな」


 得体が知れない相手に挑むのはリスクが大きく、避けるべき。それは冒険者としての基本である。

 ましてや戦力的にも不利であるのなら、自ら死地に飛び込むこともない。


 そうしてアリアたちが引き返すことを決断したとき。

 祭壇に立つ一匹、ゴブリンたちの祭司がアリアたちのほうへ指を差しながら、何事かを喚き始めた。


「ギャギ! 侵入者!」


 こうべを垂れていた小鬼たちが、いっせいにアリアたちのほうへと振り向く。

 彼らの表情は驚きから明確な敵意へと移り変わり、やがて獲物を見つけたことへの愉悦の笑みが混ざり始める。


「敵ダ! 敵ダ!」

「ひっ捕らエろ!」


 小鬼たちが、アリアたちのいる場所を目指して、祭祀場に設置された階段や梯子はしごを上り出す。


「どうやら、見つかったようだな」

「いやいや、『見つかったようだなっ』とかクールでかっこよく言ってる場合じゃなくて……」


 ルイスとアリアが言い合っている間に、システィナは杖に魔力を込めていく。


「アウラよ。万象たるマナよ、純然たる破壊の力となりて爆ぜよ……魔力の砲弾ブラスト!」


 球状となった魔力の塊がシスティナの杖の先端から発射され、ゴブリンたちの上っている梯子へと直撃し、青い光の爆発を巻き起こした。

 梯子は崩れ落ち、上っている最中だったゴブリンたちが、群がっていた仲間の上へと落下していく。


「今のうちに、退却しましょう」

「うん。ほら、ルイスも行こう」

「了解だ」


 三人はきびすを返して祭祀場を抜け出した。

 背後からゴブリンたちの喚き立てる声がやかましく響く。


「追え! 追え!」

「逃がすナ!!」


 もと来た通路を走り抜けるアリアたち。背後からはゴブリンたちのドタドタという足音が迫り来る。


「ねぇ」アリアが息を切らせながらルイスに声をかける。「これ、逃げ切れると思う?」


「どうだろうな。それは小鬼たちの執念深さ次第だろう。それよりも――」


 突如とつじょ、ルイスは足を止めて体ごと背後へと振り返った。


「ここで迎え撃ってしまうのも手だ」

「ええ!?」


 迫るゴブリンたちに向けてルイスが槍を構える。


「あの数は、さすがに厳しくない?」

「そうだな」

「じゃあ、やっぱり逃げたほうが……」

「とはいえ――このまま奴らを引き連れて町まで帰るわけにもいくまい」

「そ、そっか」


 ゴブリンたちの足はさほど速くはないとはいえ、このまま逃げ続けていても、いつかは数の差で追い詰められてしまうかもしれない。


「ならば、いたずらに逃げ回り体力を消耗するよりも、有利な状況で迎え撃つほうを選択するべきだろう」


 システィナも息を呑みながら杖を構える。


さいわいにも、ここは一本道です……。広間のような開けた場所と違って、囲まれる心配は少ないはず」

「ああ。一方向だけから来る敵を倒すだけであれば、楽なものだ」


 二人の言葉に、アリアもうなずいた。


「わかった……やろう」

「はい!」

「我々の強さ、小鬼どもに見せてやるとしようか」


 ゴブリンたちの先頭集団がアリアたちのもとへと駆け寄ってくると、即座にルイスは一歩前へと踏み出し、システィナは後方へと飛び退いた。

 最前列にルイス、中央にアリア、後方にシスティナ。三人は自然と効率的な陣形を組む。


 ルイスは、突っ込んできたゴブリンの最初の一体を槍で刺し貫きながら言う。


「乱戦になっては勝ち目がない。ゴブリンたちを一匹も討ち漏らさないつもりで戦うんだ」

「うん」

「わかりました!」


 続けて、槍を薙ぎ払って迫るゴブリンを斬り捨ててから、ルイスは背後を振り返った。


「アリア。少々無理をしてもらうが、大丈夫か?」

「もう遅いよ。……大丈夫、私も戦える」

「そうか。貴公は強いな」

「あ、また『貴公』って言ってる」


 ルイスは前へと向き直り、ゴブリンへと槍を振るう。


「失礼した。――どうもくせが抜けなくてな」


 ルイスの力強くしなやかな肢体が躍動し、びゅん、と風を斬りながら槍が振るわれるたびに、ゴブリンが血飛沫を上げながら吹き飛ばされる。

 最前線で奮戦する彼は、まさに無双の戦士というべきだろう。


 そして槍の猛攻を抜けてきたゴブリンを、アリアが対処する。さすものルイスも、背後まで気が回らない。正面に集中できているからこそ、あの強さなのだ。


 そんなルイスの背中を守ることと、そして小鬼をシスティナに近づけさせないようにすることが、アリアの今の役目だ。


 ルイスは凄まじい膂力で槍を扱い、正面から来るゴブリンをまとめて薙ぎ倒していく。


「おおおおッ!」


 赤髪の騎士はまるで疲れを知らぬようだった。槍を振るう速度も力も、さらに増していく。

 まるで嵐。縦横無尽に動く槍の穂先は風を斬り、実際に旋風が巻き起こす。

 その剣戟に巻き込まれないように注意しながら、アリアはルイスの背後のゴブリンに剣を突き立てた。

 迫りくるゴブリンの棍棒を小盾バックラーで弾き返し、ガラ空きになった胴体を斬りつける。


「アウラよ。万象たるマナよ、我が敵を射抜け……お二人とも、伏せてください! 魔力の矢マジックミサイル!」


 システィナの放つ魔力弾が、奥にいる集団へと命中し、光が炸裂する。

 巻き込まれたゴブリンが吹き飛び、後続部隊に激突して、もつれあいながら倒れる。

 しかし、それで小鬼たちの進軍が止まることはなく、転倒した仲間を踏みつけながら迫る。

 飛びかかってきたゴブリンの鼻面を盾で殴りながら、アリアが叫んだ。


「こいつら、ぜんぜん止まらない!」


 ルイスが刺し貫いた小鬼に蹴りを入れて槍を引き抜きながら、言葉を返す。


「知性がなく無限に増長するというのは厄介なものだな。ある意味では、彼らは優秀な兵士だ」


 一瞬でも気を抜けば、一気に体勢が崩れて揉みくちゃにされてしまうだろう。

 三人は集中力を途切れさせないようにしながら剣を、槍を、魔法を、懸命に振るって迫りくる大群を対処していく。


 ――そのときだった。

 ドタドタという無数の足音と、甲高くけたたましいときの声が、背後から・・・・聞こえた。


「ニンゲンどもを倒セ! 殺セ!」

「生かして帰スな!」


 ぞくりと背筋を凍る。

 アリアとシスティナが背後へと振り返ると、通路の反対側からもゴブリンの群れが迫っていた。


「ルイス! 後ろからもゴブリンが……!」

「――やはり、そうなってしまうか」

「どういうこと!?」


 まるでわかっていたかのように、苦々しく言うルイスに、アリアが疑問を投げかけた。

 ルイスは振り向くことなく前方のゴブリンをさばきながら答える。


「我々の知らない抜け道があったのだろう。……抜け道などないか、あるいはゴブリンどもにそのような知恵が回ることはないと踏んだのだが」

「……当てが外れたってことね」

「そのようだ。すまない、二人とも……私の責任だ」

 

 ルイスが苦渋を帯びた表情を見せる。彼のこのような声を聞くのは初めてだった。


(……それでも、ルイスは最善の選択をしてくれたんだ)


 アリアとシスティナだけでは、このように大胆に決断していくことはできなかっただろう

 決断する者は、いつか必ず間違える。――それは決して、悪いことではない。


 一匹だけ抜けてきたゴブリンを剣で叩き斬ると、アリアはすぐに後方へと下がった。

 反対側から来る小鬼の集団から、システィナを守れるように立ち塞がる。


「アリア、後ろから来る小鬼たちは――」

「私が対処するよ」

「任せてもいいか?」

「うん」


 ゴブリンたちを迎え撃とうとするアリアへと、システィナは不安げな眼差しを送る。


「アリア……」

「私はルイスほど強くないから、絶対に大丈夫とは言えないけど――」


 迫ってきた先頭の一匹を、アリアは盾を押し付けるようにして叩き伏せ、剣でその首を斬り裂く。


「この窮地を、乗り越えるんだ……私たちで」


 これまで、死ぬかもしれない状況を何度も切り抜けてきた。

 今度だって――。


「生きてここから帰ろう。私たち、三人で!」

「はい!」

「応!」


 アリアの言葉に二人が答えると同時に、後方からの小鬼の集団が肉薄してくる。

 乱戦が始まった。

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