10-2

「王、逃げましょう」

 四代クドルケッド王のいた部屋に、一人の兵士が入ってきた。小柄で、背筋がピンとしている。

「その声は、先日声をかけたものだな」

「はい。海竜が現れて、人々は混乱しております。兵士もかなり出払いました。今のうちに逃げましょう」

「名は何という」

「……パラオアと言います」

 監禁されていた部屋を出ると、倒れている兵士がいた。

「おまえは強いのだな」

「並みよりは」

「頼もしい」

「さあ、こちらへ」

 さらに兵士が一人、パラオアによって倒された。二人が広場に出てくると、人々は金縛りにあったように固まった。君臨するにしろ捕らえられているにしろ、王は普通そのような場には出てこないのである。王の顔を見るのが初めてという者も多かった。

「え、逃げるのでは……」

「島の中で逃げるなど現実的ではありません。王を森の中で匿うわけにもいきません。隠れることはないのです」

「そうか」

「王は堂々としていてください。……皆、聞いてくれ! こちらは現在の正統なる王、四代クドルケッド王である。不当にも捕らえられていたところを御救い申し上げた。王が安全に過ごせるよう皆協力してほしい」

 海竜の出現と竜たちの沈黙に騒然としている中で、突然王が現れ人々の混乱は増すばかりだった。




 海竜が大きく口を開けて吠えた。空気と波が大きく揺れた。

「足元を頼みます」

 テレプは目をつぶって、手を組んだ。

「足元……? 安定させるのか。できるか?」

「できます。スタンティムならば」

 スタンティムは額に左手を当てて、右手で船の枠をつかんだ。

 青と白の光が、渦巻きながら二人に迫ってきた。波がしぶきとなり、風が嵐になった。

「レテよ、全ての流れをあるがままに!」

 テレプが呪文を唱え目を見開くと、彼とスタンティムの周囲だけ海流の放った光が届かなかった。空気も波も穏やかだったがそれは一瞬だった。海はつながっている。外側で生じた大波が、船へと迫ってきた。

「――!」

 スタンティムも呪文を唱えた。黄色い光が糸のようになって船を包んだ。糸は束になって綱となり、テレプとスタンティムも包み込んだ。

 全ての魔法が収まり、波も穏やかになったとき、二人の魔法使いは船の上で笑っていた。

「耐えましたね」

「これは心地の良いことだ」

 海竜はぎょろぎょろとした目で二人を睨みつけ、ゆっくりと息を吐いていた。

「僕の予想では、海竜はこれでもう打ち止めです。加減というものを知らない。僕らと違って、魔法を洗練させてきた跡が見えない」

 テレプは勝ち誇ったように、海竜を睨み返した。

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