9-2

 テレプとスタンティムは、木々の間から村の方を覗く。特に二人を警戒している兵がいる様子はない。

「五日も経てばそうだろうな。これが狙いだったのか」

「いいえ」

 スタンティムの問いに、テレプは即答した。

「ええ……」

「みちろん、そうなったという面はあるでしょうね。ただ、何日かかるかは僕次第でした」

「そうなのか?」

「確認できたんですよ」

 テレプは両の手のひらをスタンティムの顔に向けた。

「何をするつもりだ」

「竜になったつもりでお願いします」

「は?」

 スタンティムの体を、緑色の光が包み込む。彼自身にはわからなかったが、テレプの目には地目夕方の竜に見えるようになっていた。

「何が……あっ」

 スタンティムがテレプの方を見ると、そちらも竜になっていた。二匹の小型の竜が、お互いに見えていたのである。

「あくまで見えているだけです。禁魔の中では、これ以上の魔法は使えません。人間に見えないように移動しましょう」

「難しいな」

 二人はのそのそと歩きながら、森から出て村の中へと入った。人々は一度彼らを見るものの、ただ眺めるだけである。竜が二匹人里に下りてくることは珍しかったが、だからと言って住人が何かすることはない。竜には手出ししないのが、ナトゥラ諸島全体の習慣である。

 二人はゆっくりと時間をかけて、村を抜けて浜の方へと歩いていった。浜には兵士はおらず、船を修理する男が一人いるだけだった。いきなり二匹の竜が現れて、目を丸くしている。さらにはその竜たちは、浜の端にある船の方に歩いていったのである。

「本当に大丈夫だったな」

「ええ。ただ、相当疲れました。ここからが正念場です」

 二人は船を出すため、運び始めた。さすがにこれを見て男は違和感を覚える。竜が船を運ぶはずがない。

「あの二人か! 本当に魔法を使いやがる」

 男は村の方に走っていった。

「おい、バレたぞ」

「そうでしょうね。ここからは早さの勝負です」

 二人は急いで、沖の方へと漕ぎ出していった。



「遠くへ行った気がします」

 北の海を見ながら、レアカは言った。

 彼女は一人で、遠くまで見渡せる丘に来ていた。

 彼女のもとに、縁談の話が来たのである。それは同時に、祈り部の引退を打診するものでもあった

 誰が見ても、今の彼女には想い人がいた。そうなると予言を聞き取りにくくなる、と昔から言われてきた。叶わぬ想いならば、別の人と一緒になればいいのでは、という打診されたのである。

 レアカは美しく聡明だった。彼女が望むならば、再婚の障壁はない。

 彼女には、死んだ夫に申し訳ない、という気持ちは湧いてこなかった。そのことが申し訳なく、そして可笑しくもあった。

「つむじ風のようなもの。少し驚いただけね」

 レアカはそう言った後、しばらくうつむいたままでいた。

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