8-5

「つまり、海竜がいきなり現れたと」

 監査官のティミが再び、テレプに質問をするためやって来ていた。

「はい。本当に突然でした。何の前触れもなく」

「原因はわかるのかね?」

「断定はできませんが……異邦人の一人が、センデトレㇺ島に入ったことかと」

「なるほど」

 テレプは、全てを正直に答えることはしなかった。ルハのことは言わなかったし、サ・ソデ島でのことは色々とぼやかした。

「これでいいでしょうか」

「お前がレ・クテ島に戻り海竜を何とかしたいという気持ちは分かった。ただ、われわれとしては協力をしかねる。幸いにも禁魔であることで、この島では竜たちが大人しい。わざわざ煙を起こす必要はない」

「わかりました。ご迷惑はおかけしません」

「数日滞在は許すとのことだ。その後はサ・ソデ島に戻るなりレ・ペテ島に行くなりするがよい」 

 テレプは長い間頭を下げた。監査官が部屋を去る。

「さて……せっかく来たのに去ることになりましたね」

「そうだな……ん? 通じているのか」

 スタンティムは、目を丸くしている。

「おかえりなさい、通訳さん」

「何をした」

「レテの流れをとらえて、スタンティムに送っています。つまり……僕がいないと言葉を変換するのは無理です」

「よくわからん」

「レテ自体は島にあふれています。どこかに消えさせるのは無理です。それをコントロールしている何かがあるんです。ずっと探っていましたが、スタンティムの周りを避けるようにレテが流れています。常に翻訳の魔法を発動しているからでしょう」

「よくわかるなあ」

「だから、スタンティムの周りで魔法をいます。レテをそちらに押し込んでいるんです」

「お前、なんという……。俺たち、禁魔の地で常に魔法を使っていることになるな」

「伝承に残るかもしれませんね」

「何でうれしそうなんだ」

「自分で何かを創る時……嬉しいでしょう」

 テレプは笑っていなかった。海の底を見つめるような眼をしていた。



「ねえ、アタシ、もう十分だよ」

 向かい合って夕食を採りながら、ルハはテオトラに言った。

「突然どうしたんだい」

 テオトラは全く表情を変えなかった。

「充分世話になった。けどさ、無理させてるのはわかってる。大風もあったし、大変だろ」

「いつだって大変だったから、どうってことはないよ。だいたいもういいって、どうするつもりだい?」

「一度死んだようなもんだから、どうなったっていい。どうにか生きてみせる」

「ルハ。私のためと思って、居てくれ。血のつながった家族を持つことは許されない身なんだ。お前が苦しい思いをしたら申し訳ない。帰れるようになったらいつ帰ってもいい。だから今は、ただここにいてくれ」

「……わかった」

 二人はその後、いつも通り食事の時間を過ごした。

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