7-8

「思い残したことはないか」

 スタンティムが、テレプに聞いた。

「それはいくらでもありますよ」

 テレプは笑いながら答えた。

 二人は部屋で荷造りをしていた。明日には島を去る予定なのである。

「人生にはいろいろな選択肢がある。またこの島に戻ってくるのもいいかもしれないぞ」

「スタンティム……混乱に乗じてここまで来ましたが、僕はそもそも自由に移住できるような人間ではありません」

「そうなのか」

「こなときでなければ、ほとんどの自由がない立場です。平和に戻るのを願いますが……その時は、レ・クテ島に縛られることになるでしょう」

「大魔法使いになるじゃなかったのか」

「そうでした。でもその時は、ルイテルド島の王宮で働いているはずです」

「なるほどな。ただ、自分で道を狭めることはない」

「説得力がありますね」

 テレプは、少しはにかみながらスタンティムを見つめた。子どもが大人に変わる瞬間を見たと、スタンティムは感じた。




「いくつかの船が、港に近づいて帰っていったとの報告があります」

「旗は見えたのか」

「はい、レ・ペテ島とデギストリア島のものだったとのことです」

「……わかった。感謝する」

 報告を受けた四代クドルケッド王は、顎に手を当てた。事前に予想していたことが、ある程度当たったのだ。全ての島が竜によって封鎖されているとは限らない。むしろ、レ・クテ島とルイテルド島だけが海竜の被害を受けているのが普通ではないかと考えていた。ただし、竜が追い返してしまい外からこちらに入ることはできない。追い返されたものが確認できるようにしておけ、と命令していたのである。

 王は、衣装をまとい始めた。最も正式な場に着ていく正装である。

「人々を呼べ。島主代行、族長のみならず、近隣の住民もだ。無理はさせなくてよい。来れる者に来てもらえ」

 部屋から出てきての第一声に、臣下達は皆度肝を抜かれた。王が民衆にわざわざ顔を見せるなど、滅多にないことなのである。

 王の命令に逆らう者はいない。すぐに人々が広場に集められた。庶民はよくわからないままに呼ばれていたが、王の姿を見てあっけにとられた。

「よく来てくれた。想像もできなかった事態に皆驚いていることと思う。そしてさらに、ルイテルド島も竜に封鎖され、中には反逆者もいるという。この危機を乗り越えていくには、皆の力を借りなくてはならない。そしてこの困難を乗り越えた時には、レ・クテの民はみな英雄と呼ばれることだろう」

 深くゆったり響く声は、人々の心に沁み込んでいった。王は最後、厳しい表情をやわらかくした。

「ただ、信じてくれればいい。諸島の民は強い。私が先頭に立つ。皆で着いてきてくれ」

 人々の盛大な拍手が王へと贈られた。




 ルハは、山の中に入っていた。木の実やキノコを集めるためである。港や海岸沿いには竜がおり、船を出すことができない。そのため漁ができず、魚介類の代わりの食料が必要となっているのだ。そこに嵐が来たため、駄目になってしまった野菜がある。

 高温多湿なナトゥラ諸島では、食料を保存しにくい。飢えないためには、色々な工夫が必要なのである。

 テオトラは、畑の後片付けに追われている。ルハは、自分が食料を確保しなければ、という思いが強かった。

 斜面を登っているとき、日差しが強いのに気が付いた。そこだけ、高い木がなかったのである。振り返ると、銀色に光り輝く海が見えた。

 視線を動かせなくなった。一度は遠い遠い所へ行く覚悟をしたのだ。二度と故郷には戻れないだろうと思った。それなのに今、帰りたくなっている。隣の島へ、そして日常へ。

 涙が出てきた。

「ふざけんじゃねえ」

 ルハはそう言って、涙をぬぐった。

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