7-7

「早く元気になって、山に戻ろうな」

 柵の中で休んでいる竜の子に、テレプは語りかけた。目を開けた竜の子はテレプを一瞥して、すぐに瞳を閉じた。

「そうだ、休めるだけ休むんだ。いっぱい成長して……大人になったころには、僕は死んでいるだろうね。もし僕が大魔法使いになったら、名前が残っているだろうから思い出しておくれよ。もしも何者にもなれなかったら……それでも今のことを思い出してほしいな」

 何人かの魔法使いの名前は、歴史の中に残っている。島を開拓するのに大活躍した者や、戦争を大きく変えた者。反乱を起こした者や、起こそうとした者。

 ナトゥラ諸島にたどり着いた人々は、魔法を使えなかった。人々は竜から魔法を学んだのではないか、とテレプは考える。知らないものは、知りたくなる。彼は海竜の魔法を見た時、いにしえの人々の気持ちを感じた気がした。怖さもあったが、好奇心が勝っていたのである。

 来訪神と呼ばれた人の魔法。スタンティムの魔法。竜の魔法。どれもが新鮮だった。全てを習得したいと思った。

「いや、会いに来るよ。死ぬまでにはもう一度、ここに戻ってくるよ」




「王にお伝えください」

 レ・クテ島にその言葉が届いたのは、早朝のことだった。仮の王宮を守る兵士は、声の主がわからず慌てた。

「何者だ!」

「ルイテルド島の魔法使い、デヘヨベと申します。海鳥の姿で失礼します」

「なんということだ……デヘヨベよ、お前は海鳥になってしまったのか?」

「いいえ、魂の一部を貸しただけです。ですからしばらくすると、ただの鳥に戻ってしまいます。王にぜひお伝えください。ルイテルド島の状況です」

「待っていろ。伝え部を呼んでくる」

 兵士は歴史を覚え伝えていく役職の者を呼んできて、海鳥に引き合わせた。伝え部は、昔いた鳥の姿を借りた魔法使いの話も知っていた。

 水鳥は、ルイテルド島で起こっていることを伝えた。竜がどうしているのか。誰が無事なのか。そして、王宮で起こっているのはどういうことか。

「そんなことが……」

 兵士は驚愕していたが、伝え部はじっと冷静に聞き続けた。

 水鳥は話し続け、そして「これで終わりだ」と言うと黙ってしまった。ぴくりとも動かない。

「これは……」

 兵士は戸惑っていたが、伝え部は全く慌てなかった。

「水鳥は魂を取り戻すまで、動くことはないはずです」

「そうなのか」

「魔法使いデヘヨベ、その名も歴史に刻み伝えていきます」

 伝え部は空を見上げて、目を潤ませていた。

「どうして空を見るんだ」

「あの魔法は、確かに一部しか魂を与えません。しかしそれだけで術者は自分を失い、生きていくのは難しいとされます」

「え、つまりデヘヨベは……」

「命がけで、伝えてくれたのです」

 兵士も、空を見上げた。

 

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