6-2

 ただの大きな声、ではないと思った。テレプは、その叫びが何かの命令のように聞こえていた。

 そして、スタンティムの顔を見てテレプはそれを確信した。目を見開いてあたりを見回す彼の様子に、「彼は意味として何かを聞き取った」とわかったのである。

 テレプにはその魔法の仕組みがわからなかったが、とにかくスタンティムは言葉を変換する魔法を使っているはずだった。言い伝えだけで先祖の言葉を理解するというのは、最初からおかしいと思っていた。彼があまりナトゥラのことを知らないことで、テレプは自らの推測が正しかったのだと確信した。

 スタンティムは、明らかに狼狽えていた。

「あの魔法は、そんなに遠くまでは効かないはずです。でも、あれ以外の魔法も使えるとしたら」

 テレプは言った。

「村に戻ろう。それがいい気がする」

 スタンティムの声は、震えていた。



 フォキャには山がなかった。サンゴ礁の島は、どこまでも平べったかった。

 スタンティムは、どこまでも続く青空と海があまり好きではなかった。どうにかしてその先を見てみたかったのだ。

 幼い頃から魔法には親しんでいた。フォキャにはしばしば争いがある。誰もが幼い頃から魔法を教えられ、いつでも戦えるように教育されていた。スタンティムは最初、目立つ才能はないとみなされていた。

 しかし彼は、誰の言葉もよく聞いた。老人の言葉や幼児の言葉を、誰よりも理解した。それが魔法の力であるとわかったときには、彼は青年になっていた。重要な職に徴用される時期は過ぎており、ただの魔法の得意な庶民になっていたのである。

 そのうち、スタンティムは動物の言葉もわかるようになってきた。レテを体内にとどめ、常に翻訳ができるようにもなっていった。

 これならば、外海の言葉もきっとわかる。彼は確信した。

 大きな船に乗ってやってきた異邦人の言葉は、最初誰もわからなかった。スタンティムは、そんな彼らとの交渉を名乗り出たのである。



 通訳として「大洋の渡り」の名乗る異邦人たちと同行することになったスタンティムは、願いがかなったことにワクワクしていた。ナトゥラへと行き、交易をするとのことだった。彼方と呼ばれるその島々は、フォキャとは全く交流のない場所である。キラキラとした、起伏のある島を期待した。

 そしてたどり着いたナトゥラ諸島は、彼の望み通りの自然あふれる、凸凹としたところだった。さらには、「来訪神」などと呼ばれて歓迎された。あの時までは、幸福すぎるほどに幸福だったのだ。

 海竜が現れるまでは。

 海を割って表れた竜は、魔法を唱えるとともに行った。「弾け飛べ」

 何が起こるか理解したスタンティムは、咄嗟に防御魔法を展開した。おかげで、何とか安全に着水することができたが、そこはどこだか分らぬ無人島の近くだった。周りには死体が転がっていた。ただ一人、魔法使いの青年は生きていた。

 テレプがいなければ、スタンティムも死んでいただろう。その後は、よくわからぬまま更なる島へと移動してきた。

 そして再び目の前に現れた海竜。それは、こう叫んだのだ。「逃がすな!」と。

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