通訳

6-1

 その島はフォキャ、と呼ばれていた。

 周囲に有人島はなかったが、遠くの島々との交易はあった。フォキャには国としての自覚があったし、異邦人のこともはっきりとわかっていた。

 フォキャには「ナトゥラの末裔」と呼ばれる人々がいた。彼らの先祖は遠い遠いところから調査に来て、帰られなくなったのだという。

 ナトゥラのものと伝えられる道具や言葉は、時代とともに失われつつあった。彼らは文字を持たず、伝承も全てを残すわけではない。

 ナトゥラの言葉は、フォキャの言葉と似ていた、とは伝わっている。しかしその詳細は、今ではよくわからなくなっていたのである。

 スタンティムはその話を知ったとき、興味を持った。異国の言葉を知りたい、と思ったのである。

「痩せた人々がやってきた」

 その言葉を聞いた時、スタンティムの心は複雑な動きをした。ざわざわするような、ドキドキするような。何を期待しているのだろう、と自問自答した。見るからに遠くから来た、見たことのない人々。見たことのない船と、見たことのない道具。そして、聞いたことのない言葉。

 スタンティムは考えた末に、「フォキャの外に興味がある」ことに自覚的になった。

 異邦人の方は、さらなる遠い島々に興味を持っていた。彼らは交易の相手を探していた。そしておそらく、征服までを考えていた。それらに対応するのは、偉い人々の役目である。スタンティムは、「遠いところ」に行く機会ととらえたのである。

 彼はいつの日か使おうと思っていた魔法を、「今こそ使うときだ」と思った。

 知らない言葉の、意味を変換し続ける魔法である。

 スタンティムはそれにより、異邦人と話すことができるようになった。そして確信した。「これならば、ナトゥラの人々とも話せる」と。



「海竜……」

 テレプはつぶやいた。海や空とは違う、光を遮るような濃い青。長い首。それは間違いなく、レ・クテ島で見たのと同じ海竜だった。

「レアカの言ったとおりだ」

 村人は言った。予言が当たったのである。

 島民は海に近づかないようにしていた。祈り部の言葉は信頼されているのである。

「こんなところまで来たのか。俺たちは追われているのか?」

 スタンティムが口をとがらせる。明らかに嫌そうである。

「どうなんでしょう……島を狙いに来ているのは確かですね。ひょっとして、センデトレㇺ島からとったものを、スタンティムが持っていたりします?」

「まさか」

「この島はほぼ関係してなかったというのに……。海竜は、人々に恨みがあるのでしょうか?」

「それらお前たちの方が知っているだろう」

「僕は知らない歴史が多いですから。王ならば、知っているんでしょうね」

 その時、海竜が首を伸ばし、大きな口を開けた。テレプは、島が揺れたかと思った。海竜の咆哮が、響き渡ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る