5-3

 夜の海を安全に進むのは難しい。ましてや、初めての場所では。

「どこなんだここは」

 暗闇の中に、スタンティムの声が響く。

「デギストリア島の近く……のはずです」

 テレプの、少し高い声が答える。

「お前にわからんならどうしようもないぞ」

 スタンティムの不満げな顔も、闇の中では見えない。

 小さな船は、波の間を漂っていた。オールは握られていないし、光も灯されていない。テレプとスタンティムの二人は、船の上でじっとしていた。

「むやみに動いて、全く知らない海域に出たら大変です。追っ手もこの広い海を探すのは大変でしょう」

「鮫が出たら嫌だな」

「滅多に出ませんよ。まあ、鮫ならたぶん倒せるんですが」

「ならば鮫の心配はよそう。海竜が出たら、お前が釣り餌だということだぞ」

「それは遠慮したいです」

「……おい、なんか風が、強くなってきたぞ」

 波が、高くなる。船が、流され始めた。



「あー、もう、何なんだ!」

 ルハは、右の拳で床を殴った。

 献上される相手がいなくなったものの、彼女はルイテルド島から出ることができないでいた。竜が港や砂浜を見張っているのである。海竜も姿を現したことにより、人々に恐怖心を与えていた。何とか海に漕ぎ出しても海竜に見つかればやられてしまう、と思わせているのである。ルイテルド島の誰もが困惑していた。

 知り合いのいない中、ルハは孤独だった。知らない人々に丁重な扱いを求めるわけにもいかない。することもなく、なんとなく一日を過ごすしかなかった。

 レ・クテ島での出来事を聞く限り、テレプの無事も望み薄だと思った。生き残ったのは王だけという話もある。それが本当だとしたら。

 テレプは、年も身分も下のただの魔法使いに過ぎない。付きまとわれて、迷惑だと思ったことも多い。

 それに、どうせ言われるがままの人生だ。他の村や、島に嫁ぐことも、諸島の中では普通のことだった。遠い国に行くことは想定外だったが、泣きわめいて拒否することではないと思っていた。

 今は、感情が追いついていない。異国に行かなくていいことは幸運だった。だが、村に帰れなくなったのは不運である。テレプがもし死んでしまったとしたら、もちろん悲しい。ただ、海竜は人々を遠くに飛ばしたという。彼の魔法ならば、なんとかなったのではないか?

 ぐるぐると色々考えて、最後には、「何もできない自分」に腹が立つ。

「ああもう! 全部よくわからねえ!」

 仮住まいの床に、穴が空いていた。ルハはそれを見て、思い切り歯ぎしりをした。

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