脱出

5-1

「お前はあの娘のどこに惚れているんだ」

 突然のスタンティムの問いかけに、テレプは目を丸くした。

「かわいいじゃないですか」

 テレプは、スタンティムのことを訝しげに見る。

「顔か」

「全部かわいいですよ。元気なところ。力が強いところ。声が大きいところ。よく働くところ」

「ここではそれが美徳なのか」

「いいえ。僕が好きなだけです」

「そうか」

 テレプがにやにやしているのを見て、スタンティムも笑顔になった。

「スタンティムは、好きな人はいないんですか」

「いたとしてどうなる」

「どうなるって……」

「故郷に帰られるかもわからぬ人生だ。まさに今のように。誰かを待たせるわけにはいかない」

 テレプは、自分が想像しきれていなかったことに思い立った。故郷を旅立つということは、全てを捨てることかもしれないのだ。かつて西の地から漂着した人々は、諸島で生涯を過ごすことになったという。決して、危険を冒して故郷に帰ろうとはしなかったのだ。

「あなたの体には諸島の血が流れているのでしたね。ここも故郷の一つと感じるのですか?」

「……懐かしさはない。知らないのだから当然だな。ただ、言葉が通じるというのは、震える感覚ではあるな」

「そうですか。故郷に帰るつもりですか? 相当な困難があるかもしれません」

「帰るつもりだ。このみやげ話は、高く売れそうだ」

 テレプは、固く閉ざされた扉を指さした。

「まずは、これですね。竜の餌になってはたまりません」



 レ・ペテ島のダイヤモンド鉱山は、島中央部の山中にある。ごつごつとした岩と高い木々が多く滅多に人が入らない場所だったが、ある時そこに迷い込んだ男がいた。空は曇り、道もない暗い場所で男は、何かに導かれる気がして奥へと進んだ。

 少しだけ開けた場所があった。大きな岩が地面に埋まっているように見えたが、それは竜だった。灰色の竜が、ピクリとも動かずにいる。男は傍らに行って、背中に手を当てた。竜に触れるのは初めてだったが、それでも分かった。竜はもう、生きていない。

 死んだ竜を見たことのある人間は少ない。竜は死期を悟ると、より人間から遠ざかると言われている。

 男は、竜の死体を見つけて、幸運だと思った。そしてそこで、共に一晩を過ごしたのである。竜の加護を受けるか、竜と共にあの世に迎えられるか。どちらも悪くないと考えた。

 朝、目が覚めて竜を見ると、前足が光っていた。いや、前足のそばが。目を凝らしてよく見ると、光る石があった。竜は穴を掘ろうとしていたのか、少し地面がえぐれている。そこには、別の光る石もあった。

 こうしてダイヤモンドは発見された。そこは鉱山となり、竜の死体は塀で囲まれた。「竜の口」と呼ばれるようになり、その傍らで眠れば良いことがあると言われるようになった。

 そこに今、生きた竜たちがいた。三体の、大きな竜。人々をにらみつけ、鉱山の外へと追いやる。そこで働く者たちに、抵抗する力などあるはずもない。

 鉱山は、竜に奪われてしまったのである。

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