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 諸島周辺の海域には、「風嵐ふうらん」と呼ばれる現象がある。ほとんど雨を伴わない強い風で、一年のうちに一か月ほどだけ吹く。普段とは逆向きの風が吹くため、沖に出る場合は注意が必要である。

 風嵐は来訪神にも知られていて、ナトゥラ諸島に訪れるにはこの風を避ける必要があった。逆に、彼らが帰るにはこの風を使うのがよい。風嵐に間に合うように、船の修理が進められたのである。

 来訪神の旅立ちに向けて、見送りの準備が進められている。名目上「神が国に帰っていく」のである。盛大な送別の会が催されようとしていた。 

 ただ、諸島の人々の気持ちが二つに割れつつあった。来訪神を神の遣いだと信じる者たちは、来訪神が去り行くことに悲しみ、再びの来訪を待つつもりである。ただ、疑い始めた人々もいるのだ。来訪神は島の聖域に立ち入ったり、動植物を勝手に採取したりした。酔って住民に絡む者もいたし、女性に危害を加えることもあった。

 ただの侵入者なのでは? と思う者がいても不思議ではなかったのである。

 四代クドルケッド王もそのことには苦慮していた。どうやらセンデトレㇺ島に立ち入った人間がいるらしい、ということまで報告を受けていた。もしただ異国の人間が諸島に来ただけなのならば、ここまでもてなすことはなかった。そして再び訪れるとき、彼らは敵かもしれない。

 もし鉄でできた武器で、大勢で攻められたら。そう考えると、危機感も増す。諸島も僅かばかりの鉄製品は手に入れたが、精製法がわからなければ鉄の量産はできない。鉄が手に入っても、次は加工法を知らなければならない。

 そのうえで彼らは、魔法を披露した。それは武力の誇示であったのかもしれない。まだまだ隠している力もあるかもしれない。

 彼らの故郷がどれほど遠いのか、ここに来るまでにどれほど時間がかかったのか、来訪神たちは教えてくれなかった。ナトゥラ諸島だけが、丸裸にされたようである。

「皆を守ることも、また王の使命……」

 そう言うと王は、鉄のナイフを芋に突き刺した。



「いい景色だよなあ」

 ルハは、家の窓から外を眺めていた。いくつかの家と畑、緑の木々、ヤシの木、砂浜、そして海。

 幼い頃からある、当たり前の風景。いつまでも目の前にあると思っていた。別の島には別の景色があるはずで、それももっと見ておきたかった。

 もうすぐ、遠いところに行く。

 みんなとお別れである。

 テレプとも。

 どういう未来があるのか、想像したことはない。言われるままに生きるしかないのは、わかっていた。

 ただ、遠いところに行くなんて、今でもちょっと信じられない。

「もう、逃げちまっおかなあ」

 苦笑しながら、ルハはそうつぶやいた。

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