海竜の目覚め

3-1

「テレプ、お別れの時だ」

 突然ルハがそんなことを言ったので、テレプはひっくり返りそうになった。夕方、浜の見える丘に二人。

「ど、どうしたんだい?」

「来訪神の船に乗れと言われた」

 ルハは、淡々と言う。

「な、なんで? 船の上でパーティでもあるの?」

「わかんねえふりをするな。アタシが捧げものになるんだ」

「そんな……いくら君がきれいだからって……」

 実際、彼女の容姿が来訪神に気に入られたのである。ルハは来訪神たちにとって期待通りの「彼方ナトゥラにある美しさ」であり、自分たちの島に持ち帰れば宝物になると考えられたのだ。

「テレプ、アンタは誰に対しても優しくできるだろうし、いい夫になれる。このまま出世して、この諸島で頑張れ」

「そんな! 間違ってるよ! ルハはこの島に必要だ! 僕に必要だ! 僕とずっと一緒にいて!」

 テレプに背中を向けて、ルハが去っていく。テレプは追いかけたが、ルハは駆け出して、そして彼女の方が足が速かった。

 彼女の家まで行っても、問題が解決しないことをテレプは理解していた。ルハには選択肢がない。テレプだって命令されれば、どこにでも行かねばならない。わかっている。わかっていても、やるせなかった。立ちすくむテレプは、ルハの背中が見えなくなるまで動かなかった。



 無人島にも、人が上陸しないわけではない。島に生息している動植物を採取するばかりではなく、ヤシや芋を植えて育てたり、家畜を放っている場合もある。だが、センデトレㇺ島だけはほとんど人が訪れることはなく、何かに利用するということもなかった。

 この島にもかつては調査が入ったことがあるが、かなり命がけであったと伝えられている。上陸に適した浜などはなく、四方が切り立った崖である。場所によっては垂直よりも険しい角度になっていて、登るためのとっかかりもなかなか見つからない。

 そこに今、一人の男が挑んでいる。黒い光と夜闇に覆われ、その様子は外からは全く見えない。男は崖に手をかけて、ゆっくりと登っていった。彼を隠すのは魔法だったが、その他は彼自身の力だった。

 外海への遠征隊が組織されたとき、彼は所属していた地方の部隊から推薦された。元々は、高い場所から敵を偵察する役割を担っていた。子どもの頃から山に登るのが好きで、次第に崖を登ることも楽しむようになった。そんな彼を見つけた大人が、彼に特別な任務を与えたのである。

 垂直に近い角度だったが、男の登る速さはだんだん増していた。波にさらわれる恐怖がなくなったのと、崖の様子に慣れてきたのである。男は心底嬉しかった。地元の者ですら登ったことがないかもしれない崖を、制覇できるのだ。

 男は崖を登り切った。竜たちの住処に、たどり着いたのである。

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