来訪神

1-1

「なんだてめぇ、ふざけてんのか!」

 村に甲高い声が響き渡った。非常に大きな声だったが、誰も驚いていない。いつものことなのである。

「悪かったよルハ、お前が育てているって知らなかったんだよ」

 年配の男性が、頭を下げている。彼に対してふんぞり返って怒っているのは、若い女性だった。背は高く腕も太い。目は切れ長で、長く茶色い髪は波打っている。美人であるが、そう評されることは少ない。

「この木はどう見ても誰かが育ててるだろ。相手がアタシだから悪いってわけじゃない」

「すまなかったよ、許してくれ」

「うちらはもう従家じゃない、いつになったらわかるんだ!」

 そそくさと逃げようとする男のすねに、ルハは回し蹴りを放った。男は足を引きずりながら逃げていった。

「やあルハ、今日も元気だね」

「何だテレプ、にやにやしやがって。元気じゃなくなったところだよ」

「ふふ」

 テレプは屈託なく笑った。いつもこうであった。幼い頃からの乱暴者であるルハを、常に優しく見つめていた。

 ナトゥラ諸島では、伝統的に強い女は好まれるものの、奥ゆかしさを備えてこそ、と思われている。ルハを女性として好ましく思う者は、相当に珍しがられるのである。

「アンタも気に入らねえ。毎日毎日魔法だなんだ、奴らの撃退を手伝ってくれたっていいのに」

「まだ、未熟だからね。間違って殺してしまうかもしれない」

「殺したってかまわねえよ」

「物騒だなあ」

 テレプは笑顔のまま、手を振ってルハと別れた。彼の家は村の外れ、沼地の入り口にある。元々身分が低い家柄で、たいした土地も持っていない。そんな家の四男である彼は、自ら魔法使いになることを志願したのだった。魔法使いになれるのは、かつては族家にだけ許された特権だった。しかし7年前に即位した四代クドルケッド王は、族家の特権を廃し、従家への差別を禁じた。

 魔法使いになれば、村の様々な役目を任されることになる。それだけではない。卓越した者は、島長しまおさや王の下で働くこともある。

 そんな立身出世を夢見て、テレプは立派な魔法使いになるべく日々励んでいるのである。

 ルハと別れたテレプは、家に帰ってきた。中には誰もいなかった。皆、働きに出ているのである。テレプは誰にも雇われておらず、家に帰るといつも籠や簾を編み始める。これらを売って家計を助けているのである。

「ルハは今日もきれいだった」

 テレプは、二歳年上の幼馴染のことを考えていた。口は悪く短期で粗野で、家族ですらルハのことは持て余している。それでもテレプは、ずっとルハに好意を寄せていた。元従家のうちでも、階級というものはあった。ルハの家の方が、テレプより少し高い。その差を埋めるためにも、彼は魔法使いとして成功したかったのである。

 一つ籠が編み上がり、テレプは手足を伸ばした。その時、風がピタリとやんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る