シスコン兄、妹を追って異世界へ行く。

色葉みと

シスコン兄、妹を追って異世界へ行く。

 俺にはたった一人の家族である妹がいる。


 まあ、父さんの再婚相手の子どもだから、妹といっても血のつながりはない。

 その父さんも新しい母さんも、交通事故でいなくなってしまったけど。

 それから俺たちは、父さんたちが遺してくれた財産でなんとか生活をしている。




「——ふんふんふーん」


 俺は今、朝ご飯を作っている。

 今日のメニューは、ご飯、大根とにんじんの味噌汁、だし巻き卵だ。

 鼻歌を歌うくらいには出来が良い。特にだし巻き卵が……!


「……よし、できた」


 きっと美味しそうに食べてくれるんだろうな。……うん、楽しみ。

 我ながら弾んでいると思う足取りで妹、紗奈さなを呼びに行く。


 が起こったのは、部屋のドアをノックしようとした時。

 突然、ドアの隙間から白い光が溢れ出た。


 な、なにが!?


「——にぃちゃん!」


「っ! 紗奈!?」


 慌ててドアを開けたが、そこに紗奈の姿はない。

 ど、どういうことだ……? 紗奈、は……?


 ふと、ひらひらと舞う紙が目に入ってきた。

 その紙には日本語で何か書かれている。

 これ、紗奈の文字だよね……?


伊織いおり兄ちゃんへ

 どうやら私は異世界に召喚されたらしいです。

 あれから、というかそっちの世界ではさっきかな? ……まあ、こっちの世界では一年が経ちました。

 やっと色々落ち着いてきて兄ちゃんに手紙を出せるようになったんだけどさ。なったんだけど……。

 兄ちゃん、私、そっちに帰れないっぽい。

 ……この一年、帰れるかもっていう理由で頑張ってきたんだよ。ずっと、ずっと頑張ってきたんだよ。

 でもさ、詳しく聞いてみたら、帰れないって……。

 そっちの世界からこっちの世界に来ることはできるけど、その逆は無理だって……。

 手紙を送るのも、これ以上は無理だって……。

 だから、これが最後になると思う。

 何も返せなくてごめんね。今までありがとう。

 ……兄ちゃんの作ったご飯、また食べたかったな。

 紗奈より』


「……え」


 静かな部屋に俺の間抜けな声が響く。

 何も考えられなかった。考えたくなかった。


 ……でも、考えないと。紗奈が悲しんでいる。


 だけど、だけどどうすればいいんだ? 普通に考えても考えられないようなことだよね?

 ……うん? 待てよ。『そっちの世界からこっちの世界に来ることはできる』?

 つまり、一方通行だけど紗奈がいる世界には行けるってこと?


 そう考えついた時、また別の紙がひらひらと落ちてきた。

 それには、見たこともない文字が書かれている。でも不思議と内容は頭に入ってきた。


 ノエルと名乗る差出人は、紗奈のために異世界に来ないか、と提案してきていた。

 もちろん、注意事項も書き連ねてある。

 その中でも一際目を引くのは、一度異世界に行ったら二度とこちらには戻って来られないということ。


 紗奈がいる世界で生きるのか、紗奈がいない世界で生きるのか。

 そう考えたら結論はすぐに出た。


 俺は異世界へ、紗奈のいる世界へ行く。


「……〈異世界転移〉」


 ノエルさんの手紙に書いてある通り、文字をなぞりながら呟く。すると周囲が光出した。

 眩しさに思わず目を瞑った瞬間、少しの浮遊感を感じる。


 もしかして、異世界に着いた……?

 おそるおそる目を開けてみると、驚いた顔をした紗奈と目があった。


「……いおりにぃちゃん?」

「……うん、兄ちゃんだよ。紗奈。妹を悲しませたままなんて、兄ちゃん失格だろ?」


 俺はにこりと笑って言った。




 まさか、妹を追って異世界に行くとは思わなかった。

 人生は何が起こるのか分からないとはまさにこのこと。

 ……それにしても、我ながらシスコンだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シスコン兄、妹を追って異世界へ行く。 色葉みと @mitohano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ