2

 私はうまれたときから、この小屋にすんでいた。


 お母さんがひとりで、私をそだててくれた。

 お母さんは錬金術師で、私にもその職をつがせたかったらしい。


 日夜、私を錬金術師として鍛えた。

 素材採取、レシピ暗記、錬金……毎日がそれのくりかえし。

 町などの人がいる場所にはいったことがなく、この世界に私とお母さん以外の人がいることすらしらなかった。


 一見、異常に見えるが、錬金術師とはこういうものなのだ。


 町などで商売をしているのはほんの一部であり、だいたいは森や山の奥で、ただ意味もなくなにかをつくっているだけなのだ。


 そんな私に転機がおとずれたのは、一六歳のとき――

 お母さんが死んでから一週間後のことだった。


「だ、誰か……」


 小屋の扉をひらいてはいってきたのは、満身創痍の女騎士だった。

 金色の髪をたらし、つかれをにじませた顔はととのっている。


 そのとき、私はおおいにおどろいた――自分たち以外にも、人がいたんだと。

 いや、それ以上に、女騎士のうつくしさに息をのんでしまった。


「ああっ……あの……」私はうまく言葉をだせなかった。

「なにか、食べるものはありませんか……?」

「は……はぃ?」

「森でまよって、三日もたべてないんですの……」


 女騎士の言葉にうなずき、昨夜の晩御飯だった、カレーをだした。

 カレー粉はお母さんが味を見よう見まねでつくった。

 女騎士は、カレーをひとくちたべる。

 そして、しばらくして……。


「おいしいわね」

 目をおおきく見ひらいていった。

「なんだか、体から力があふれるっていうか、傷がなおっていくというか……」


 錬金術でつくった料理だからだ。

 錬金術で料理を作ると、つかう素材によって自動的にバフや回復効果がつくのだ。

 女騎士はご飯をたいらげると、私にお辞儀をした。


「本当にありがとう。どう感謝すればいいか、わからないわ」

「い、いえ……」

「あたしはセタンタというの」

「……せたんたさん」

 女騎士はセタンタと名のった。


「私は……モリアです」

「モリアっていうのね」

 セタンタは椅子からたちあがると、私をジッと見つめる。


「あ、あの……」

「モリアさん、あなたかわいいわね」

「かわいい?」


 かわいい――あいらしいものを形容する言葉。

 お母さんから何度もいわれた言葉だ。

 だが、セタンタさんがいうとなんだか、心がドキッとしてしまう。


「ここまでキレイな子を見たのははじめてよ……恋人とかは?」

「こいびとって……?」

 セタンタさんの言葉に首をかしげる。


「えっ、あなた、もしかして、恋をしらないの?」

「……こいとは、な、なんでしょうか?」

 このときの私は、『恋』という言葉どころか、『恋』という感情すらしらなかった。

 うまれてから錬金術の勉強しかしてこなかったからか、それ以外の知識が皆無なのだ。

 そのことをはなしたら。


「……」

 セタンタさんはさみしそうに地面に、視線をおとす。


「こんな森奥じゃ、恋なんてする経験もないわね……」

 ぶつぶて、なにかをかんがえているらしい。

「わかったわ」

 しばらくして、彼女の顔があがった。

「あたしがあなたに恋をおしえてあげる」

「おしえてくれるのですか?」


 黄金の髪が宙をまう。

 気がついたら、私の唇とセタンタさんの唇がかさなっていた。


「……ッ!」


 それがなにを意味するかはわからなかった。

 ただ、心臓がいつもよりも、はやく――

 いつもよりも、はげしく――ときめいた。


「……ごめんなさいね。あなた、かわいいもの」

 それから、三日三晩、セタンタさんから恋についてもしえてもらった。

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