︎︎

 目の前に、夢のような光景が広がっている。

 ついさっきまで、薄暗くて人が密集しているだけの空間だったはずなのに。


「すごい....」


 会場全体が輝いている。照明のせいもあるかもしれないけれど、本当に全てが輝いている。彼らが踊れば、その周辺はまるでティンカーベルが魔法をかけたように輝きを増す。私はその光に、目を奪われる。いつもテレビで見ているライブ映像とは、迫力が違う。


「初めてですか?STAR heartのライブ」


「え、あっ..はい...本当にすごいですよね....。ドキドキして心臓持たないです......」


 MC中に隣の席の女性に話しかけられる。私は驚いて、独り言のように答える。


「本当に凄いですよ!!この人達に出会って私、本当に楽しいなって思うことが増えて....」


 そう楽しそうに話す彼女の姿を見ていると、やっぱり彼らには特別な力があると思わされる。その力は、今ここにいる全員を虜にしているのだ。


「お姉さんは誰推しですか!せっかくなんで教えてください!!」


「あ、え.....?誰推しとかは、ない....ので....箱推し.....??」


「箱推し!!あっ、ちなみに私はハルくんが好きで〜.....」


 彼女の勢いに押されて、ボソボソと話す私。今後推し活をするなら、このボソボソ喋りを何とかしないといけないかもしれない。

 会話が途切れたところでステージの方を向くと、照明が落ちて次の曲のイントロが流れ始めている。バラード曲だった。私はペンライトの光を消す。何となく、歌を聴くことに集中したかったから。


「綺麗.....」


 まるで流れ星をそのまま音楽にしたような、そんな曲だった。会場中にある緑色の光がゆらゆらと揺れ、まるで穏やかな海を眺めているような気分になる。私は無意識に手を伸ばした。


「あっ....」


 目の前には転落防止のためなのか、手すりがある。危うくぶつけるところだった。


「恥ずかしい.....」


 バラード曲が終わったかと思えば、急にスタンド席の人達が立ち上がって双眼鏡を構え始める。私は何が起きているのか全く分からずにいると、楽しげなイントロが流れ始める。


「トロッコだーー!ということはそろそろ、銀テか飛ぶ....」


 彼女の言葉で状況を理解する。ということは公演もそろそろ折り返し、ここまで本当にあっという間だった。


「いいな〜、銀テとかボール取れる距離にいる人.....バズーカあっても飛ぶ距離しれてるもんなぁ......」


「ですよね.....勝ち取った物、わざわざ譲ってくれって言えるほど勇気ないし」


「ですよねぇぇ、アリーナ側にも車椅子席あるみたいな話は聞くけど、当たっても毎回スタンド側だからほんとに?!って思ってます.....」


 苦笑いを浮かべながら話す彼女。私と同い年くらいか、少し上くらいの年齢だろうけど、きっと何回もライブに参戦したことがあるんだろう。何も知らないど素人な私でもよく分かる話し方だった。


 そんな彼女と夢中で話していると、パァァンと音がしてキラキラしたものが舞い降りてくる。銀テープだ。


「綺麗.....」


 まるで本物の流れ星のようで、それを掴もうとする人達の姿は、何か特別な宝物を掴み取ろうとしているように見えた。


「いいなぁ....あっ、ここに来られただけで十分幸せなんです。けど......やっぱりダメですね.....取れてる人見ちゃうと、欲が出ちゃうし....私も普通だったらなぁって....」


 そう言った彼女の横顔は、とても寂しそうだった。

 彼女はモニターに映っているハルくんに向かって必死にペンライトを振っている。

 アイドルが会場を盛りあげるために使う『上もちゃんと見えている』というのはどこまで本当なんだろうか。そんなことを考えている時点で、あまりファンとして良くないことは分かっている。でもふと、考えてしまう時があるのだ。


「.....え、」


 ぼんやりとモニターを眺めていて、ハッとする。一瞬時が止まったような、そんな感覚だった。


「え、やばい.....」


 一瞬の出来事すぎて、よく分からなかった。何かに撃ち抜かれたような、強い衝撃を受けたような.....自分の中の何かを強く揺さぶられているのが分かる。


「あの、すいません.....。あの子....の名前...」


 私は彼女に話しかける。彼女は、ペンライトを振っている手を止めて私の方を向く。


「はい、どうしました?」


「あの、あそこの....ベレー帽被ってる子.....」


「あー?多分アオイくんかな?可愛い顔してますよね」


「アオイくん.....」


 今までは、彼らが歌ったり踊ったりするのをただ見るのが好きだった。だけど今日、今この瞬間に......私は見つけてしまったのかもしれない。


【推し】を。


 ✱✱✱


 ぼんやりした頭で過ごしているうちに、そのときはやってきてしまった。


『次が今日最後の曲になります。今日ここに来てくれたクローバーの皆さん、本当にありがとうございました!!.....それでは聞いてくたさい。【STAR heart clover】』


 そんな言葉から始まった、今日最後の曲。このグループを知って初めて買ったCDに入っていた曲だった。


「これ、ファンに向けて作られた曲なんですよ.....本当にいいですよね.....」


 誰に言うでもなく、彼女がポツリと呟く。今日初めてここに来て、確信した。この人達は、やっぱりすごい。


「ここに来て....良かった...」


 ✱✱✱


 公演後、彼女とは挨拶だけしてすぐに別れた。規制退場の後ろの列を待たせる訳には行いかなかった。


「Twitterかインスタ....聞いておけば良かったかな....」


 公演終了間際にもう一度銀テープが飛んで、スタッフさんが私たちがいる場所まで持ってきてくれた。その時も彼女は『二つとも持って帰ってください!初めてがいい思い出じゃないと、推し活って続きませんから!』と二つあるテープの両方を、私にくれた。


「本当にいい人....」


 奇跡なんてそうそう起こるものでは無いと、ずっと思っていた。だけど奇跡は、滅多に起こらないからこそとびきりの思い出になるのだ。


「よし.....明日からも頑張ろ....!!」


 昨日より、少しだけ心がまえを向けた気がする。

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一瞬のキラメキをキミに 七瀬モカᕱ⑅ᕱ @CloveR072

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