一瞬のキラメキをキミに

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

STAR heart clover

 キセキなんてそうそう起こることじゃないと、ずっと思っていた。まさか自分にもちゃんと巡ってくるなんて。



【おめでとうございます!第一希望当選です!】


 キラキラした装飾と共に、そんな文面で届いていたメール。


「嘘でしょ.....当たったんだけど...当たっちゃったんですけど?!?!え待って無理無理....」


 まさかの出来事だった。毎年期限ギリギリまで悩んで、結局勇気が出せずに申し込むことすらできていなかった。でも今回は、どうしても聴きたい歌があった。


「まってまってまって......本当に聴けるよどうしよう.....」


 とても嬉しかった。私はすぐにSNSに当選したことを投稿する。と言っても私のアカウントは鍵垢だから、誰に反応されるわけでもない。


「よし....楽しみだな」


 でも、本当にいいんだろうか。もちろんあたったことはすごく嬉しいけれど、何となく自分居てはいけない空間のような気がするから。


「あーあ、私もみんなと同じならな」


 こんなめんどくさい身体じゃなきゃ何かを決めるときにうじうじ悩まないんだろうし、やってみたい事にまっすぐ向かえたのかもしれない。


「はぁ....」


 ベットに置いているスマホを取るために、電動車椅子の電源をつける。コントローラーのモニターにバッテリー残量が表示される。私の足の代わりは、いくら休憩を入れてもHPは回復しない。そこもまためんどくさい。物を取るのも一苦労だ。


「あーっ、よし.....っ」


 私はリモコンを取って、テレビをつけた。せっかく推しに会うのだから、過去のライブ映像を見て今から雰囲気をだけでも感じておきたい。


「うわぁ.....このときのビジュ、いい....」


 私の推しているグループは四人組で、激しいダンス曲からしっとりしたバラードまで何でも歌えるすごい人たちだ。最近では、メンバーのドラマ主演なんかも決まってテレビで見ない日は無いくらいの人気グループだ。


「綺麗だな....緑色」


 グループのイメージカラーになっている緑色のペンライトが、一面を染め上げている。数ヶ月後には、私もその中の一員になれるのだ。そう考えるだけでさっきまで感じていた憂鬱な気分が、嘘のように晴れていった。


「本当に会えるんだよね...」


 ✱✱✱


 あの日からあっという間に時がすぎて、あっという間に当日になった。前日までの雨予報が嘘のようによく晴れている。ショートヘアに近かった私の髪も、肩の少し下のあたりまで伸びている。今日はいつもはやらないメイクもバッチリだ。これは、今日のためにコソコソ練習したものだ。


 今回はドーム公演だから、天気なんてどうでもいいかもしれないど....私にとっては大事なのだ。車椅子のモーターや、電気に関する部分が水にやられると動かなくなるかもしれないから。

 それ以外にも私は傘をさせないから、もろに雨水を被る可能性もある。濡れてしまっては、せっかくこの日のために用意した参戦服も台無しになる。


「晴れてよかった...けど....」


 暑い.....。暑すぎる。


 晴れたら晴れたで、暑さという問題も発生する。座っている状態のせいで、アスファルトからの熱の直撃を食らうのだ。


「む、無理.....酸欠になりそ...」


 大勢の人が、数箇所の入り口に向かって歩いていく。人にぶつからないように、スピードメーターをひとつにしてゆっくり進んでいく。拡声器を持った係員が、入り口の場所を大声でアナウンスしている。


「つ...ついた....」


 人をかき分けてやっとたどり着けた入場口。駅の改札のようなところでスマホのQRコードをかざす。出てきた紙に、今回の座席が書かれている。


「車椅子席で見られますか?」


「自席、結構上の方ですよね.....車椅子席でお願いします」


 そんな会話をして、案内を待つ。車椅子席とはいえ、きっと上の方なのは変わらない。本当はもっと下の方で見たかった。そうすれば、銀テープやボールの争奪戦にだって参加できたのに。


「よし....これでいいかな」


 案内を待つ間にSNSに投稿をする。いつも使っているアカウントの鍵は今日一日だけ外すことにした。何となく、普通の人と同じようなことをしてみたかった。


『お待たせしました』と声がかかって、車椅子席の方に案内される。大勢の列から外れて、人気の少ない場所に移動する。


(これ、本当に大丈夫なの?)


 私は不安を抑えつつ、係員の後ろからついて行く。エレベーターに乗り、降りた先のすぐ近くにある大きな扉を開けると、本当についた。ここが、私が憧れ続けたライブ会場だ。


 ✱✱✱


 終演後のことについて少し話して、係員は外に出た。多分、他の車椅子の人を案内するのに最初入った場所に戻ったんだと思う。


「ほんとに来てしまったよどうしよう.....」


 開演前のこの場所は、推しの曲が大音量で流れている。それだけでもとても幸せだけど、これから奇跡のような時間が始まるのだ。


 開演前の注意事項のアナウンスのあと少ししてライトが消える。ザワザワしていた声がすっと消えて....モニターにオープニングムービーが流れる。



 ついに、魔法の時が幕を開ける。

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