第11話 彼女の正体

「ア、アスターさん……何で剣を……」


「来斗にはわからないよな……! お前も剣だけは構えてろ! コイツは……魔族だ。魔物の中でも高位の生まれ。人間としての形を得ている……! しかも魔族の姿じゃない、完全な人間の様な……。オーラにそれ程圧は感じないが、隠しているだけかもしれん……!」


 そう言うアスターさんの声は酷く震えていて……恐怖と、怒りを帯びていた。

 剣を構えろと言われても……親しくしてくれた人には向けたくはない。

 いや、僕みたいな奴が向けられる訳がない。


「剣を下ろして頂けないでしょうか? 来斗さんに似て、ちょっと早とちりな方なんですね?ふふ……」


 彼女は剣を向けられているとは思えない程、余裕の態度でアスターさんに近付いていく。


「ぼ、坊主! なんでコイツがお前の名前を知ってんだ?!」


「この人はアイビーさんです……! 結構前に話した、川辺で出会った女の人……!」


「おまっ……魔族に気に入られてるのか?! クソッ……これ以上近付くな、本当にぶった斬るぞ……!」


「本当に敵意は無いのですけれど……そうですね、同情で剣を降ろして貰う為に、私の出自でも話しましょうか? 私は魔族と言っても、魔界に居た記憶はありません……魔族の捨て子なんです」


 アイビーさんは、手の指同士を合わせながら僕達に語り始めた。

 アスターさんは、はぁ……? という様な顔で彼女を見つめている。


「私は魔力の少ない……簡単に言えば、才能が無かったんです。魔王軍の一員としての価値も見い出せ無かったんでしょうね。その後、私を見限った実の両親に人間界に捨てられたのでしょう……。その後、人間の老いた男性と女性に拾われました。魔族は恐れられていると言うのに……物好きな方達でした」


 捨てられた魔族……話だけ聞くと、物語の主人公の様な出自だ。

 そんな事を考えていると、またアイビーさんは口を開いた。


「私は、その2人に愛されて育ちました……私の容姿に魔族の様な、肌の違いや見受けられないのはそれも一つの原因でしょう。人間として戦う事を知らず育ち……少し人間としての姿に近寄ったのかもしれませんね?」


「なんたらモドキみたいな虫の生態と一緒だな……天敵に襲われない為に、天敵に有利な存在に擬態する。まぁ、天敵と同じ姿になったから違いはあるが……」


 アスターさんはもう既に剣を下ろしていたが、警戒心は緩めていないようだった。

 僕にとって、魔族という存在を知らなかったまま出会ったアイビーさんは優しい人だけど……この世界の人にとって、魔族と言う存在は恐怖の対象なんだろう。


 こんなに警戒して、敵意を向けるのも無理はない。

 僕だって、急に目の前に殺人鬼が出て来たらこうなるだろうし。

 アスターさんにとってはこの位の感覚なんだ。


「さて、私の同情を誘うお話もここが最終章ですね。私と言う存在を拾ったせいで村の中で迫害を受けながらも、温厚に、平穏に暮らしていた私達でしたが……突如、魔物達が村を襲いました。理由なんて誰も知り得ないでしょう、本当に突然。私は魔族と言う存在のお陰か、見逃された様で。居場所を失った私はほんの少しの魔術と剣術の才を活かし、各地を練り歩き……ここを見つけました」


「コスモの街か?」


「正解です。ふふ、クイズではありませんけどね? とある空き家の持ち主さんに交渉して、寝床を手に入れました。そして……この街付近の右も左もわからず、彷徨っている所にこの場所を見つけたんです……過去の執着も、私と言う存在の罪悪感を忘れられる……この静かな川辺を。何度か通って居た時、いつも誰も居ないお気に入りの場所に……凄く静かに悲しみに揺らめくオーラが目に映ったのです」


「僕、ですか……?」


「そう、貴方ですよ?来斗さん。貴方と言う存在を知っていく内に、私は悟りました……今度は守られていた魔族の私が、人間の貴方を守ってあげなければならない、と。単純で明快な起因です。こんな気持ち、始めてなんですよ?不思議じゃないですか?ふふ……」


 アイビーさんは、上を向きながら何かを懐かしむ様な、そんな表情をしていた。

 こちらを向くと何処かしっとりとした、含みのある笑みを向けた。

 何処か僕を見透かされている様な、そんな表情だった。


「そして今日も、貴方の来訪を心待ちにして居たのです。そして、遠方から2つの足音が段々と近づいて来るのを感じて、私は親しげにご挨拶をしに……。と言うのが私のあらすじです、長いお話でしたが、ちゃんと聞いてくれたみたいですね?」


 彼女は話し終えると手を後ろで組み、僕達を見つめて来る。

 アスターさんは大きな息を吐き、剣を鞘に納めた。


「坊主、ヤケに過去もアクも強い女に好かれたな……まぁ、敵意は無いってのは承知するとして……それで、俺達に何の用事だ? 何か、挨拶だけって言うには前置きが長過ぎるだろ?」


「あぁ、本題を忘れていました。来斗さんからよく聞かされていたんです。旅に出る為に修行を、だったり。本当に楽しそうに話していらっしゃったので、私も興味が湧いてしまって。それと……ふふ、来斗さんをお守りしたいと言う、この気持ちに抗う事は出来ない様なんです。来斗さんの修行……そして、願いの書を探す旅のお手伝いをさせて欲しいんです」


 アイビーさんはお辞儀をすると、不気味な程僕を見つめてくる。

 困惑と同時に、少し彼女の視線に惹かれてしまう。

 アスターさんは口を窄めて、彼女の方を見つめていた。


「どうせ、俺が断っても着いてくるんだろうな……いかんせん妙に坊主が大事らしいしなぁ……。魔族ってバレて、旅先に迷惑かけるかもしれないし……がぁ〜! もうどうにでもなれ! とりあえず! 修行に着いてくるって言うんなら、カーランになんて言えば良いんだ……? 既に情報量多すぎて、あいつの脳みそも俺の脳みそもパンクしそうだ……!」


 アスターさんは頭を抱えて考え事をし始めてしまった。

 と言うか……アイビーさん、こんな人だったんだな……少し変わった雰囲気の人とは思ってたけど、まさか人間でも無かったなんて。


「これからは、危険が襲うかもしれない夜に会わなくともお話が出来ますね?ふふ……」


 アイビーさんは僕の手を持って、上下に揺らす。

 アイビーさんが近くに来ると、鼻の中に甘ったるい花の香りが通り抜けた。


 というか、なんでこんな僕をこんなに気に入っちゃったんだろう……暇があったら理由でも聞こう。


「本当何やってんだ坊主……。ったく……え〜、アイビーだっけか? カーランって言う、来斗の面倒見てる魔法使いの女に色々用事があるから……今からそいつの家に向かう。その時に自己紹介でもしてくれ……俺はもう疲れた……あいつの所に行ったら、さっさと宿屋に戻るからな! 明日も、報酬の受け取りとかで朝早いんだよ……祝賀会も出来るか怪しくなって来た……」


「アスターくんは、面倒見が良い方なんですね? ふふ、来斗さんは良い人達に恵まれている様で……」


「なんで坊主がさん付けで、俺はくん付けなんだ……! 一応魔族は長寿とは言え、まだ俺は年上だと思うんだがなぁ……。はぁ……とにかく、さっさと行くぞ……?」

 

 アスターさんは頭を使い続けて頭痛がしているのか、カーランさんの家に向かう時もずっと元気のない顔で頭を押さえていた。

 とりあえず……今は考えを巡らせる頭を休憩させて、旅の仲間が1人増えた事を喜ぼう。


「お婆ちゃんに残りのお菓子を渡すの、大分遅れちゃいそうだな……」


 最後にその事を思い出してしまって、少しげんなりしてしまったけど。

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