第10話 淡く芽生えた正義感

 

 カーランさんの元で修行をする事になって、早数週間。

 未だにコツは掴めていないけど、ある程度の初級魔法程度は出せる様になった。


 彼女が言うにはこれでも才能がある方、らしいけど……旅に出るという約束に急いてしまい、あまり集中出来なかった。


 修行の合間に時間を貰って、時たまアイビーさんにも会いに行った。

 僕が話したのは最近の修行の事とか、魔物がこの近くにいる事とか。彼女はそんなに恐れてなかったけど。度胸が凄いんだろうな……。


 アイビーさんが話してくれたのは、最近見つけた美味しい野草の話とか……最近作った食べ物とかの話を沢山教えて貰った。

 すらっとして綺麗な人だけど、話を聞くだけで良く食べる人なんだなとすぐに理解出来る程の食への熱量だった。


 アスターさんが久しぶりに修行を終え、ブランクを克服したらしく修行の見学に来た事もあったけど……大体寝ていて、コツだとかは聞けなかった。


「この前も言ったけど、詠唱も人によって違うの。

昔からの教科書だったら……炎系統は『文明の祖よ』だった気がするけど……。数年前、そう言う固定の文言は要らなくてイメージの固定化が可能な物ならどんな詠唱でも可能って結論が出たの。例えば……『炎ドガーン!』みたいな子供騙しでも、その詠唱から爆発する様な炎のイメージが可能であるのと、そのイメージに適合出来る程の精神力と魔法の熟練度があればなんでも良いって訳」


「って事は……もしかして、水出てこい! って言って雷とかも出せるって事じゃないですか?」


「まぁ、理論的にはね? 戦闘中にそんなに咄嗟に相対する物のイメージを瞬時に脳内構成するって、めちゃくちゃに難しいのよ……。まぁ、脳の回転率とかが異様に早かったり……言葉遊びな大好きな子供の方がやりやすいんじゃない? 私達みたいな、脳が固まり切った大人には厳しいのよ……」


 僕も頭は結構硬い方だけど、言葉遊びみたいなイメージでやると良いのか……。

 そうだ、イメージって言うのに関連した奴があった。


「そういう、脳内での魔法のイメージが慣れた結果が無詠唱って事でしたよね? ちゃんと覚えてます。文言でこれだ! ってしなくても脳内で考えるだけですぐ発動出来る……って奴ですよね?」


「そうね、二、三回言っただけでよく覚えてるじゃない。まぁ無詠唱は人によって難度が本当に変わるのよ。さっきも言ったけど……本当、魔法って年寄りの凝り固まった頭に対して当たり強いの。ライちゃん位の歳なら楽な物じゃない? 妄想上手なお年頃でしょう?」


「まだ難しいですよ、普通に……それでも、少しは掴めた気がします。カーランさんのお陰ですかね?」


「あら〜! お世辞が上手上手! 誰に仕込まれたの?本当、しっかりしてる子ね〜!」


 カーランさんは頭をぽんっと軽く叩いてくる。

 褒められたって思うなら、凄く嬉しい。


──────


 翌日の陽も落ちそうな夕方頃、僕は買い物に出かけていた。

 買い物と言うか、おつかいみたいな物だけど……軽く食べれる物を買いに行っていた。


 出店屋台の付近に着くと、突然街の出口辺りから悲鳴が聞こえた。

 運良く剣を持ったまま出て行っていた僕は、魔物が出たのかと思い、急いで走って行く。

 その場に居たのは何かに怯え、腰を抜かしていたお婆ちゃんだった。


「どうしましたか?!」


「ゴブリンが……! 買っていたお菓子の袋を持ってしまって……孫が楽しみに待っていてくれていたのに……ど、どうしましょう……」


 その顔は本当に悲しそうで、僕は……しばらく忘れていた怒りの感情が湧き出てしまった。


「僕、取り戻しに行ってきます! 貴方は安静な場所で待っていて下さい、時間はかかると思いますけど……!」


「あなたはまだ子供でしょう……ダメ……こ、殺されてしまうかもしれないのに……」


「大丈夫です、自分の身くらいは守れますから!」


「そうなの……でも、本当に気を付けてねぇ……」


 はい、と出来るだけ元気よく返事をして……アイツを追わなければ! と思ったが……何処に行ったか聞いていなかったので、お婆ちゃんに逃げた先を訊ねてから、逃げたという先へ向かった。


 時折、走っている内に袋から溢したのであろうお菓子がぽつぽつと落ちていたので、追うのは容易だった。

 行き着いた先は、先日も何度も話に出ていた小鬼共の目撃情報が頻発していたあの森。

 その森の奥……薄暗い洞窟の中。


「何処だ……? クソッ……暗いのは嫌だな……。はぁ……落ち着いて探さないと……」


 目を凝らせば見える程の暗さだったのが救いだった。

 少し遠くで小鬼が何かを貪っているのが見えた。

 不用心に出入り口付近で食い散らかしている。

 抜けた奴だ。


「『文明の祖よ……』」


 頭の中で、掌から打ち出される炎をイメージする。それを形に……!

 掌から勢い良く打ち出された小さな炎は、ヤツの粗末な布の衣服に引火した。


「ギアァ!?」


 素っ頓狂に驚いた声を上げて、必死に火を消そうとしている。

 体にも引火し始めたのか、鉄臭い肉の焦げる酷い匂いがし始めた。

 その光景を見て、目を逸らしたい程の罪悪感に襲われたけど……人を襲うかもしれない魔物だった。


 慈悲なんて要らないんだろうけど……あぁ、うざったい考えが頭の中を巡る。

 目を閉じている間に、魔物だった物は黒焦げになっていた。


 ボロボロになった袋の中には、食いかけのお菓子のカスと空袋ばかりだった。

 まだ4個程度は無事だったけど……お婆さん、悲しむだろうな。

 僕がお菓子の入った袋を拾おうとすると……洞窟の奥から物音がし始めた。

 多分、仲間の悲鳴が聞こえて外敵が来たと勘づいたんだろうな。


 ざっと見るだけでも4体、粗末な棍棒を持ってこちらに向かって来た。

 威嚇でもしているんだろうか、ブンブンと振り回してゆっくりとこちらへ近付いてくる。


「俺が入って来たのはお前らの仲間のせいだって……! やるしか、無いか……やってやる!」


 躊躇いを捨て、剣を構えた。

 奴らの内の1人がこちらへ実直に向かってくる。

 振り下ろされた棍棒を避け、背中に攻撃を叩き込んでやったが……切り抜く、とはいかず刺さった剣が体の一部分をえぐる様な形になった。


「クソッ……ダメだっ……! ──ぐッ…?!」


 油断していた……! 背後にいた小鬼に荒作りな棍棒を僕の脇腹に叩き付けられた。

 脇腹を抑えて倒れ込んでしまい、目の前の魔物に対して剣を向ける力を一瞬失ってしまう。

 幸い、皮のローブが身を守ってくれた様で致命傷では無いが……それでも動けはしない。


 嫌に賢い小鬼がそんな隙を見逃してくれる訳もなく、棍棒が僕の頭に振り下ろされる。

 こんな……こんなに呆気なく終わりか……。

 正義感の無謀な単独特攻で終わりとか……。


 アスターさん、カーランさん……。

 お婆ちゃん、息子さんの為のお菓子取り戻せなかったよ。

 ごめんなさ……。



「何やってんだ坊主!」


 その大きな一声と共に、銀と赤の混じった色の一閃が目にちらつき、小鬼の腕と共に僕に振り下ろされる筈だった棍棒が飛んでいく。

 遠くでからんころん、と洞窟の中で棍棒が落ちる音が鳴り響く。


「カーランに帰って来ないって報告されて探しに行ったら……小鬼ゴブリンの巣に単独特攻か……。

そんで……助けるの、遅れたな。脇腹抑えてるって事は……ぶっ叩かれたか? まだ痛いだろ。そこで休んどけ。この愚図共は……俺がぶっ飛ばす予約してたんでな」


 アスターさんは目の前で喚く小鬼達を無視して、僕に話しかけ始めた。

 安堵で更に力が抜けてしまった。


「アスターさん……僕……」


「無理に話すなって! 大丈夫、お前は無茶しない奴だって知ってる。理由があるんだろ? 後で聞くさ。というか理由が無いと俺も困る……カーランに燃やされたかったら無くて良いんじゃないか?」


 彼はいつも通りの調子で、僕に話しかけてくる。少し痛みも引いて来た。

 小鬼達は同族の腕が一瞬で飛んで行ったのを見て、怯え出したのかそそくさと洞窟の外に逃げ去った。


「あっ! クッソ逃げやがった……逃げるのと盗みだけは早いんだよなあいつら……。だが、もう街付近に出て来ないだろ、天敵が居るって場所にもう一度来る馬鹿は居ないしな……追い払った様なもんだ! コスモ街の不安の元凶、魔物共の棲家を掴んでしかも追っ払った! お手柄だな、坊主! 立てるか?」


 アスターさんは僕の腕を掴んで、肩に乗せた。

 僕も立てるくらいには痛みが引いたのでゆっくりと立ち上がり、彼と共に洞窟の外へと歩き出した。


「はい、大丈夫です……僕の手柄じゃありませんって……。大体、アスターさんにビビって出て行ってたじゃないですか……アスターさんのお陰です」


「い〜や、根城までは掴めてなかったんだ。お前が見つけてくれてたお陰だよ、坊主。婆さんがなんか焦っててな……話を聞いたら、若い子供が私のせいで魔物を追っかけて行った〜、って言ってたから多分お前だろうなって思ってな! 小鬼から菓子取り戻して、人助けもした! これ以上に良い成果、無いだろ?」


「ありがとうございます……。僕、カーランさんに謝りに行きます」


「カーランの説教は長いぞ? 泣いちゃっても知らないからな〜? あっ……それと、俺は町長に報酬金貰いに行くよ。結構金貰えるから、明日位には祝勝会とでも洒落込むか?」


「僕はお婆さんに、このお菓子返しにいって来ます……もうお家に帰ってたら明日にでも。もう食べられてたのは残念ですけど……心配してくれてるのなら、元気な姿を見せてあげないと」


 僕とアスターさんの草の根を掻き分ける足音が、森の中に静かに響く。

 この洞窟に入ってから、夜が暮れてしまった。


「もう手、離しても大丈夫か? そろそろ歩ける位だ、ろ……」


 ──突然、アスターさんは前を見て何も言わなくなってしまった。

 僕も、彼に目線の先に目を合わせる。


 目の前には白い絹のローブを被った人……アイビーさんか。

 もう夜だもんな……今日も川を見に来たんだろう。


「来斗さん、こんばんは。隣にいらっしゃるのはお知り合いの方ですか? お二人共、少し血で濡れていますね……魔物の退治でも行ってらっしゃったんですか?」


 アイビーさんはいつも通りの口調で、僕達に話しかける。

 するとアスターさんは突然、自らの腰の鞘を掴むと……彼女に向かって剣を構え出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る