第7話 彼女は夢現

 

 それから数時間、アスターさんに、剣の持ち方とか構える方向とか……細かい指南を受け続けた。


 体は久しぶりの運動での疲弊で、疲れ果てて今にも倒れそうな程だった。

 流石にこんな実力じゃ、旅なんてもっての外……魔物なんて倒せないだろうし。

 情けない所は見せたくなかったから、死ぬ気で剣を振った。


「持ち方とか構え方がそもそも結構ズレてんな。

もうちょっと、重心を体の芯に添えてから……。

振り抜く時は一気に踏み込んで、剣に重心を傾ける感覚。基本となるのは気合、体捌き、剣との共存!

 どれか欠けると上手く行かないんだ……正直、感覚的な物でまったくわからん事だし、言って教えるのはグダグダするし……正直面倒だな! まぁ試せばいつかはわかる! 出来るまで何回でも教えてやっから、失敗にビビるなよ〜!」


 言う通りに、どっしりと構える様な感覚でお腹と足腰の辺りに力を入れてみる。

 そしてそのまま……気合を入れて、踏み込んでから剣に力を流し込む。


「ふんっ……! はぁ〜……ダメです……」


 剣は人形の首に、木に突き刺さる斧の様に刺さりはしたが……アスターさんの様に一気に斬り抜けるとは行かなかった。

 正直、こういうコツコツ頑張るのは苦手だけど……始めて剣を持った興奮で、やる気が出てたんだと思う。


「坊主の場合はシンプルに込める力が無いタイプだろうなぁ……これに関しては仕方ないな……。まぁ、ゆっくりやって行こうぜ? 続けれてば、いずれ力もつくだろうさ。世界が崩壊するって訳でもあるまいし、お前のペースで頑張って行け〜?」


 アスターさんは僕の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でて、店裏の扉を開けてクロッカスさんの居る剣や防具などが置いてあった場所へと戻って行く。


「クロッカス! 勘定だ、さっさと起きてくれ〜。

坊主が剣の練習に疲れて泣いちゃいそうなんだよ〜……。それと、これ。坊主のベルトと剣のホルスター……ついでに、厚手の皮ローブ。まだ坊主に鎧は早いな! 鎧で動けなくなって、逆に危険って奴だ!」


「疲れて泣きそうって……。まぁ事実ですけど…。もう、体ガチゴチで動きたくは無いです……。ありがとうこざいます……こんな物、沢山奢って貰っちゃって……」


 クロッカスさんはアスターさんの声を聞くと、閉じた目を開けて……ゆっくりとその体を起こして僕達の前へと歩いて来て、そして溜め息を吐いてから話し出した。


「終わったか……。もう陽が落ちている……。目障りな程、陽が明るい昼時から、もう夜時だ。一体いつまでやっていたんだか……。その剣と装備なりなんなり、合わせて15000バラーだ、置いて早く帰れ。この辺りは夜になると……平和が過ぎて逆に明かりが少ない。昼時の様な活気が嘘の様に暗くなる。最近は魔物の目撃情報も散見されている、早足で帰るんだぞ」

 

 バラー、と言う聞き覚えのない単語が出て来た。

 多分、お金の事だろう。


「うひゃ〜……これだけで持ち金の半分位は消え去ったな……。魔物なんざ、のこのこ飛び出して来ても坊主と俺が片付けてやるって!と言うか、久々に来たのもその為ってのもあるんだよ。坊主も、コスモに来る道中にたまたま拾ってな。と言うか、ブランクはあるが……爺さんに心配される程弱くなった訳じゃないって!」


「ふっ……よく言う。期待はせんが、良い情報を待っておいてはやろう」


 2人は、笑いながら小言を仲良く飛ばし合っている。

 僕はその光景を見ながら、ほっとして軽く笑ってしまった。


「ほれ、坊主! 晴れての持ち武器って奴だ! ちゃんとベルトのホルスターにでも巻いて無くさない様に持ち歩けよ〜?」


「こんな大事な物、忘れたりしません。絶対!」


「例え大人でも子供でもデカい物でも何でも、無くす時は無くす、気を付けるには越した事ない! 心掛けは偉いぞ! アスターポイント10贈呈だ!」


「なんですか、その未知のポイント……貰える物なら貰っておきますけど……」


 アスターさんはそう言って、髪の毛をわしゃわしゃと撫でて来る。これで二回目。

 この人は僕を犬だとでも思ってるのかな……。


────


 僕達はクロッカスさんのお店、オリーブ製鉄を出た後に前日も泊まった宿屋に向かってゆっくりと歩き出した。


「さ〜て、坊主! さっさと帰るか! あと、結構練習無理してただろ? 見てて思ったが……あんまりにも必死にやってたから止めるのもなんかなって思っちまって……すまんな。まぁ、とりあえず帰って寝るぞ〜! 会いたかった奴の1人にも会えたし、今日は満足だ!」


 彼は笑いながら、僕の背中をパシッと叩く。

 この前より力は加減してくれてるみたい、ちょっと安心した。まぁ痛いけど。


 暗い夜道に僕達2人だけの足音が響く中……少し、考え事をする時間が欲しくなった。


「あ〜……少し、気晴らしで考え事をしたいので、散歩に行っても良いですか? 大丈夫です、少しこの町を出るくらいまでで遠くには行きません。僕、歩かないと頭が働かなくて……この世界に来てからの事とか、色々整理したくて」


「ん? 別に良いが気を付けろよ? 潜んでるかもしれない魔物以外にも、野良の獣とか普通に出るしな……。俺が着いて行けば少しは安心だが……考え事ってのは一人でやりたい物だ。ちょっと待ってろ?」


 アスターさんは道端にしゃがむと、鞄の中をガサガサと漁り出した。

 お目当ての物を見つけたのか、勢いよく鞄から取り出した。


「ほいこれ、持ち歩き用のオイルランタン。俺はもう辺りを照らす系統の魔法は使えるしなぁ……最近はキャンプなんかもしないし、使わなくなってたんだが……運良く入ってた!」


 底蓋の様な物を外し、アスターさんはテキパキと火を付ける準備をし始めた。

 路上でやる勇気、結構凄いなぁ……。


「『文明の祖よ』……っと。あいよ、火付けといたからな! 切れるまでには帰って来いよ〜? ここで獣に喰われて行方不明とかになると困るからな?」


 彼がぼそっと言葉を発してから、親指と人差し指でパチン、と指を鳴らすと……オイルランタンに軽い火が付き始めた。

 この世界に来てから始めて見た、これが魔法って物なんだろうか。


「悪い冗談ですね……流石に気を付けますから。と言うか、本当に軽いノリで魔法使いますね。この世界に来てから始めて見た魔法がランタンの火付けって……」


「始めて見たのは、あの人形の復元魔法だろ? 忘れてやるな、あれクロッカスのお気に入りなんだから。来斗は物理的な魔法を見た事ないのか……。

別にこんなので減る精神なんてミジンコみたいな物だし別に良いんだよ〜……な? これから先、魔法なんて飽きる程見る事になるだろうし。始めてだ何だって、変わんないさ! 散歩行くんならさっさと行った方が、夜が深くならないしお得だぞ?んじゃ、先に帰っとくからな〜」


 アスターさんは僕にオイルランタンを手渡すと、手をズボンに突っ込みながら鼻歌混じりで宿屋に帰って行ってしまった。

 アスターさんが精神を使うと言っていたけど、この世界の魔法って物は精神を消費して発動する物なんだろうか。


 まぁいいや、とりあえず早く色々考えてから早く帰って寝よう。

 そう思いながら先程の剣術の練習で無理をした、自業自得でじんわり痛む足を進ませながらコスモの街を出る。


 少し歩くと、静かで風の音しか聞こえない程静かなある程度は茂った森の中だった。

 幸い、軽く周りは見える程度で帰り道はすぐにわかった。

 森の中を歩いて僕が見つけたのは、川の流れる音と虫の音が静かに鳴り響く川辺だった。


 良い場所を見つけた。

 ここなら考え事も捗るだろう。何か、この川辺に来てから獣かわからないけど、視線を感じていた。

 何だか怖くなって来た。

 色々物思いに耽ってすぐ帰ろう。

 アスターさんも、宿屋の主人さんも消灯の時間に帰って来なくて心配してるだろうし……。


 考え事と言っても、考えようと思って出てくる訳では無かったけど……。

 この虫の音を聞いて、川の流れる音から思い浮かんだ……元居た世界のあの夜の事。

 束の間の興奮で忘れていた後悔や、望郷や思い出したくはなかった負の感情が湧き上がって来るのを静かに感じた。


 殻に篭って、自分の事を悲劇の主役か何かだと思い込んでいた自分に対する嫌悪感。

 目の前の痛みを誰かに話す事から逃げてしまった事に対する怒り。

 くだらない、他人に幸せや恩を返せないままあの世界では死んでしまった自分。


 そんなネガティブな事ばかり思い浮かんで……嫌になって考えるのを辞めて帰ろうとしたその時。


「こんばんは。ここ、良い場所ですよね。すみません、急に話しかけちゃって。真の付きそうなこんな夜中に、この川辺に来る人なんて私だけだと思っていたので……少し興味が湧いてしまって」


 絹の様な薄い白いローブを被った……僕より少し背の高い人が、少し離れて僕の隣に座った。

 透き通った声で、慣れてしまうと小うるさい虫や風の音色の中に混じる様な綺麗な声の人。


 他人に自分から話しかけるなんて、雲の上の話な僕にとっては凄く積極的な人に思えた。


「あ、あぁ……すいません。ちょっと考え事をしたくて寄っただけなんです。邪魔なら帰りますよ……? 今、丁度帰ろうと思っていたので……」


「あぁ……大丈夫ですよ〜、帰らなくても。この場所で誰かと出会うのは始めてですから。この素敵な場所で誰かとお話をしてみたくなったんです。ちょっと早とちりな方なんですね? ふふ……」


 彼女はそう、ローブで見えない顔に口を当てて笑っている。

 少し立ち上がろうとしてしまったのを恥ずかしく思いながら、腰をもう一度地面に下ろした。


「私はアイビー・ヘデラ、と言う名の者です。この辺りには最近越して来たばかりなので、最近色々な場所を探検してるんです。ここは、色々な場所を見てきましたが一番のお気に入りです。虫の音色や川のせせらぎが心を癒してくれて……嫌な事や悪い考えを忘れられて、凄く好きなんです」


 さっきの、この虫の音色で嫌な事ばかりを思い出した僕とは正反対だな……。


 きっと僕も、あれ程まで自分が更に嫌いになる最低の出来事がなければ、この雰囲気も好きだし、お気に入りの場所になってたんだろうけど……忘れられる事は無いだろうからなぁ……。


 ふと、彼女の方を見ると……彼女がローブを下ろす。

 ランタンに照らされた、綺麗な深い緑色の長髪と毛先につれて少しづつ白くなっているグラデーションの様な髪が見えた。


 暗さだとかによる、目の錯覚なのかはわからないけど……こういう髪色があるのも、異世界だからなのかな。


「アイビーさんはここに何を思って? やっぱり、さっき言った通りに嫌な事を忘れる為ですか?」


「今日は違うんです。平和な一日だったので、特に嫌な物は思い出していなかったのですが……帰り途中、森の中の隠れ家の様なお気に入りの場所に、珍しく人の……そう、貴方の後ろ姿が見えて。それも……少し寂しそうだったので。勘違いですか?」


「はは……その通りです……よくわかりますね。

ちょっと昔の嫌な事、思い出しちゃってて……」


 そんなに見ず知らずの人でも見てわかる程、負のオーラでも発してたのか……?

 少ししょんぼりとした気分になりながら、もう一度アイビーさんの方を向くと、彼女は優しく微笑みかけてくれていた。

 女性経験が少ない、というか皆無な自分には……まぁ、凄く魅力的で……綺麗な人だった。


「そろそろ夜も更けてきます、最後に……貴方のお名前を教えてくれませんか? ふふ、私、お話が出来るお友達が少ないんです。嫌なら別に良いですよ。そう言う物を他人に知られたく無い人もいますから」


「いや、大丈夫です! 僕は神田、来斗です。来斗とでも呼んでください!」


 焦って少し声が大きくなってしまった……。

 シンプルに凄く恥ずかしい。


「来斗さん、ですね? ちゃんと記憶しました。

またお話したい時はこの、太陽が眠り切った夜時に、この場所に来て下さい。たまには居ませんけど……。いつも寝る前にここに来て、ここに居ます。私もこれから来斗さんとお話をするのが楽しみです。本当に。貴方もそう、思ってくれていたら嬉しいです……ふふ」


 くすくすと口元を押さえて笑いながら、彼女はそう言ってくれた。


「それでは、ここでお開きとしましょう。折角ですから、私はしばらくここでゆっくりして行きます。私は大丈夫です、獣や魔物達から身を守れる程度の護身術位は心得ていますから…。また、会う日まで……さようなら」


 アイビーさんは小さく手を振りながら、僕の事を見送ってくれた。

 彼女との会話が一時の胡蝶の夢だと思わされてしまう様な、明言し難い感覚に襲われながら、もう火の尽きそうなランタンを持ちながら宿屋へと足を運んで行く。


 宿屋の玄関に入ると、どっと体から力が抜けてバランスがガクッと崩れてしまう。

 転げはしなかったけど、結構不安を煽る様な姿をしてたと思う。

 眠気と疲れがどっと襲って来て……疲れた。


 受付さんから、部屋の予備の鍵を貰ったが……。

 アスターさんは、宿屋の自室のドアの鍵を開けっぱなしで、何か考え事でもしていたのか頬杖を崩した様な姿勢のまま、机で寝ていた。


 彼も彼なりに、疲れていたのだろう……人に自分から何かを教えるのはやった事ない、とか聞いたし。

 アスターさんを横目に、ベッドに入り目を閉じる。

 

 ……どうしようもなく、彼女の事が頭から離れない。

 自分が惚れやすい性格なのは知ってたけど、あんな初対面の、しかも少し話しただけの人にこんな感情を持つのは流石に……ちょっといかがな物か。

 流石に自分に、自分自身でもちょっと引いてしまう。


 今はアイビーさんを忘れて、明日の事に集中して早く寝よう。

 そう思いながら、疲れ瞼を更に閉じて……眠気に身を任せた。

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