第6話 鍛えるべき剣筋
「アスター、お前のその地味で無骨な剣を望む様な奴が出るなんてな......。正直驚いた。こんな素っ頓狂な奴の様な剣を望むとは……」
クロッカスさんは、持ち前の髭を手で触りながら僕の方を見る。
アスターさんは「俺のこれ?」と言う顔で、腰に巻かれているベルトのホルスターにかけられた、鞘に入った剣を指差している。
「ダメですかね……?」
「あ〜! いやダメじゃねぇって! ただちょっと驚いただけだっての。俺みたいな冴えないオッサンのこの地味な剣みたいな奴とか言い出すから……。
クロッカス、この剣と同じ型の奴あるか?」
「あぁ、汎用型だから無尽蔵に置いてある。奥から持って来る。少し待っておれ」
クロッカスさんは、ゆっくりとした落ち着いた足取りで店の奥の倉庫の様な場所へと向かって行った。
アスターさんはこちらを見ながら、鞘から剣を抜いてこちらに見せてくれた。
使い古されていて、所々刀身が欠けているがそこに少しだけ貫禄を感じてしまった。
「坊主みたいな歳の奴はもうちょっと派手な奴に憧れる物だと思ってたからなぁ……。大分装飾ジャラジャラな奴選ぶと思って、パンパンに金を詰め込んで来たが……。本当にこれで良いのか?」
「はい、大剣だとかダガーだとか……。尋常じゃない力だったり、速さや技量が必要な物は今の僕に合わないって思って」
「そうか……。ま、坊主らしいなこんなのでも案外重いぞ〜? じゃ、これから試してみるか! 勿論、別ので良いならすぐ他の武器を握っても良いがな! お、来た来た……。クロッカス! 渡してやってくれ!」
「ほれ、来斗。お望みの品だ。一応売り物でもあるからな、丁寧に扱ってくれ」
クロッカスさんは僕の顔が硝子の様に映る程、綺麗に磨かれた鉄剣を手渡してくれた。
両手で受け取って、持ち手部分を掴んだ瞬間に彼の手が離れると……。
ガゴッ、と鈍い音と共に、支えきれなかった剣の先端が床に突き刺さった。
「あっ、重っ……!」
「あ〜あ〜!まだここに来たばっかりの細っちい坊主の腕じゃ、前置きもせずパッて渡すとこうなるんだって! ゆ〜っくりグリップを持ったまま地面に落とせ! パッて離してグリップ部分を足とかに落としたら、刀身がぶっ刺さるよかマシだが……痛みで数分は悶絶するからな! そんで、落ち着いて一気に持ち上げろ! 案外、落ち着いて力を入れて持てば行ける!」
クロッカスさんは手を覆う様に顔に当てて、僕とアスターさんの方を見ている。
地面に勢いよく落としてしまった申し訳なさと同時に、ゆっくりと、僕の力で剣が持ち上がっていく事に興奮を覚えた。
僕は深く呼吸をして……剣を勢い良く持ち上げた。
剣が僕の目の前で、刀身をきらきらと輝かせている。
剣身には口をぽかんと開けた少し間抜けに見える僕と、自分の事の様にガッツポーズをしているアスターさんが写っていた。
剣に見惚れていると、クロッカスさんが少し笑いながら口を開いた。
「やっと第一歩目だな、来斗。自分で言うのも何だが……儂の武器は少々切れ味が良すぎる節があるんでな。自らの体を切らぬ様に気を付けて使え。店の裏に練習用の人形がある、アスターとそれで剣術の練習でもしておけ。儂は寝る……色々と触って買う武器と防具が決まったら起こせ……」
クロッカスさんは店の奥に置いてあった椅子に腰掛け、目を閉じ始めた。
「それじゃ、爺さんのお言葉に甘えて……。坊主、お前に剣術のイロハの、イの部分位は教えてやる! 鞘も……おし、一応あったが……。坊主、ベルトもホルスターも着けてなかったな。装備と一緒に買うか?」
「そうします。これが本物の剣……カッコいいな……」
「妙に落ち着いて大人びてるが、そういう所は年相応だな〜? 坊主。鞘、ちゃんと待っとけよ〜?」
「一言余計ですって……はい、忘れない様にします」
鞘を投げられ、急いで両手で受け止める。
アスターさんに着いていくと、武器の陳列された棚の奥に扉があるのを見つけた。
先程クロッカスさんが言っていた、店の裏だろうか。
────
店の裏に着くと、僕達を待っていたのは白色のマネキンの様な人形だった。
「クロッカス、この人形気に入ってるのかずっと置いてるんだよな……この人形は、魔法使いか何かに依頼して再生と言うか、復元魔法が付与されてる。
躊躇う事なくぶった斬ってやれ! まずは基本のキ、一直線に斬る事から始めるぞ! 剣筋が一直線に整っていないと、斬れるはずの魔物も斬れないからな!」
「イロハのイじゃないんですね……」
「んなこたどうでも良いんだよ! ほら、ちゃんと見て学べよ? 久々に剣振るなぁ……ブランクで、ダサい所見せたら笑ってくれよ?」
アスターさんはそう言うと、人形に対して剣を構え出した。
いつものおちゃらけた雑で陽気な態度とは違って、見ているだけで少し寒気がする様な、息が詰まる様な緊張感と雰囲気があった。
「──ハァ……スゥ……!」
息を吐き出して、吸い込んだかと思うとアスターさんは一気に踏み込み人形に剣を振りかざす。
剣筋は止まる事なく……刀身の欠けた古びた剣の筈なのに、まるで切れ味の良い新品の様に人形の半身を斬り抜いた。
辺りには綿と、人形を構成していたであろう糸達がバラバラとなって飛び散って行った。
「す、凄っ……」
無意識的に、そんな言葉が出る程に凄まじい姿だった。
真っ二つになった人形は、糸や綿の一つ一つが生きているかの様に、半身を互いに紡ぎ始めいつの間にか元に戻っていた。
「と、こんな風に……慣れるとお前もズバーッと綺麗に目先の敵を真っ二つ! そしてブレも無く斬れる様になる! どうだ、格好良いだろ?俺もこうやって斬れる様になるまで大分、時間かかったからなぁ……。今日で坊主でもある程度は使える、力が要らない技術のコツ位は掴んじまえ! 俺は独学で無駄に時間かかったが、剣技を教えてくれる師が居ると話は別。習得ペースは超加速って訳! 授業料は旅って事で後払いだ!」
そうやっていつもの様に軽薄に、そして自慢げに笑うアスターさんが今はいつもより大きく見えた。
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