第5話 憧れから選ぶ武器

「んま、よく眠れた方だろ? 知らない世界の知らない場所のベッドにしてはスヤスヤいびきかいて寝てたな!」


「はは……結構、疲れてたみたいです……。

それで、今日は何かするとかあるんですか? 昨日の夜に修行から始める、とか言ってましたよね?まだスライムに負けるとか言ったの許してませんけど」


「執念深いな坊主……早く忘れてくれ、いじわるオッサンの小言だから……。今日は昨日言った通り、装備の見繕いだ! 拳で戦える程、屈強な体格してないだろ?」


 アスターさんはささっと慣れた手つきでバッグに必需品らしき物を詰め込んで行く。

 僕は寝起きのだるさでぐだっとしている頭と体を無理矢理叩き起すと、ベッドから立ち上がった。


「武器とか防具を買っていきなり戦闘! ってのはちょっと抜けてる奴のやる事だからな……。

剣の修練だったり、実戦は少し慣れてからの方が良いな。まずは武器や防具を体に慣らしてから始めるもんだ! たまに、装備していきなりそれが今までも着けてたみたいに自然に戦い出すヤバい奴も居たけど……そういうのは類まれなるアレって奴だ」


「武器と防具ですか……僕に合っている物とか、わかったりする物なんですか?」


「そんな簡単にわかる訳ないだろ〜? どんな武器も1回振ってみて使いこなせるかわからん物を何度も、何個も振るうもんだ。だから今日は夜中まで武器を漁る事になるだろうな! 坊主を誘ったのは俺だからな…。最後まで面倒見切ってやるさ! 勿論、武器防具諸々! 全部奢ってやるから感謝するんだぞ?あ、ほんとに感謝しなくて良いから……俺が無理矢理誘った様なもんだし。幸い、金は昔から結構貯めてたんだよな〜」


 僕達2人は、軽く身支度を整えてそんな他愛もない会話を続ける。

 昨日はあんなに困惑して、泣き腫らしたのにこんなに簡単に慣れてしまう物なんだなぁ。

 人間の正常性バイアスって奴なのかも……そう考えると、人体の偉大さがわかってくるかも。


「そうだ……ほら、鞄だ! 俺のお古で結構小さいけどな、持ち運びが出来る鞄ってのは何度も命を救うからな! 最近の魔法使いはアイテムボックスやらの魔法使って、鞄を必要としてないらしいが……やっぱり鞄の方が手に馴染むもんさ。詠唱せずにさっと出せるし」


 アスターさんから投げられた少し表面の剥がれた皮の鞄を僕は肩にかけて、日の日差しが射し込む窓を見た。

 元いた世界と瓜二つの変わらぬ青空と、悠々自適に空を飛ぶ、白い鳥や、青い小鳥達を見て……。

 これからの旅路に、心の底に埋もれていた冒険心と期待を覚えた。


 僕達は宿屋から出た後、街中を軽い足取りで歩き出した。

 子供が遊ぶ声や、商業人たちの売り文句が聞こえる。


「この街は何度来ても平和で良いなぁ…。魔物も弁えてるのか、こんな場所に襲撃なんざしないし……魔物共に対抗する為に、子供を無理くり兵士に育成する様な場所も無い! こんな平和な景色を、目が焦げるまで焼き付けとかないとな?」


 アスターさんは、隣で街を見渡すように顔を左右に動かしながら僕に語りかける。

 始めて歩く街だが、暖かい雰囲気と活気で、僕は凄く心が落ち着いていた。


 アスターさんから聞いた話だけでも、この世界の魔物の事は少し理解出来た。

 皆、魔物を恐れていて、人と和解する事は難しい様な……そんな怪物達だって事だけ。

 多分、知能があるタイプと知能がほぼ無いタイプが居て……知能が無い方が、こういう人間たちの住む場所を襲うんだろう。


「そう言えば、この街には依頼の為に来てたんですよね。確か魔物が現れたって……昨日聞きましたし」


「あぁ、最近近くで小鬼ゴブリンの目撃情報があってな。見間違いなら報告は一桁位の人数なんだが……今回は特に多かった、多分本当に潜んでやがる。街の近くでも目撃情報があった。多分、街に段々と近付いて来てる。その情報を掴んだ俺は一丁世の為人の為……。遥々遠方からやって来たってこった! そんでその依頼は、坊主が力を付ける為に有効活用してやろうって事にさっき俺の中で決まった!」


「確かに、誰かの為になるのと一緒に僕が力を付けれるなら一石二鳥ですもんね……。というか……最初会った時からずっと徒歩だったんですか? 遠方から徒歩でここまで? 途中までは馬車みたいなの使わなかったんですか……?」


「馬車は使ってない、揺れで酔うんだよ……俺。

って事で徒歩でここまでだ。凄いだろ?」


 アスターさんはドヤっと誇るような顔でこちらを向く。

 凄いとは思うし……この人のスタミナと足腰がどうなってるのかも疑問になった。


「それで、武器屋は何処ら辺にあるんですか? ここら辺は結構飲食店っぽいのが立ち並んでますけど……」


「武器屋か? こっからま〜っすぐ行って、ちょっと左に曲がると着く。まぁ、もうちょっとだって。

着いてからな〜がい試運転と練習タイムが始まるから、今くらいゆっくり行った方が良いぞ〜? 武器かぁ……。俺がガキの頃は、大剣に憧れてたんだが……いざ手に持ってみると重すぎて微塵も動かせなくてな……自分の不甲斐なさに泣き腫らした、懐かしい思い出が蘇るな……。坊主は自分の腕力、ちゃ〜んと自己認識しとけよ? 腕折れても知らないぞ〜?」


「アスターさんも自虐、するんですね……」


「俺を何だと思ってるんだ……ま、自虐は誰を下げずに自分だけを傷つける、最も効率的な対人術と言う奴も人間の中で1割は居るからな! 一応する時はある!」


「効率以前に自分を傷つけるので、プラスマイナス帳消ししちゃうと思うんですけど……僕がそうですし……」


「あ〜、ネガティブな話題になりそうだから一旦休憩で! そうだな……おし、肉食うか、肉! 若いんだから朝飯は食っとけ? 買って来てやる!」


 そう言い終えると、アスターさんは立ち並ぶ飲食店の出店の1つに早足で近付いて行く。

 店主のおばあちゃんと陽気に話している様子が遠くでも見えてくる。

 ……僕にもあれくらいの積極性があればな。


 アスターさんは会話を終えた様で、

 肉串を2つ買った様で、1つを僕に手渡してくれた。


「朝から何も食ってないから腹減ってたろ! 腹に何も詰め込まず運動すると辛いからなぁ……。この肉、マジで硬いな……ちゃんと噛んでゆっくり食うんだぞ?」


「すいません……いただきます」


 僕はゆっくり、串に刺さってある肉を歯で串から外して口の中に放り込んだ。

 異世界とは思えない、口の中にどろっとしてざらついた油と馴染みある味が広がった。

 硬くて食べにくいけれど、凄く熱々だった。


 ちょっと舌を火傷したけど……。

 始めて他の世界で食べた、元の世界でも馴染みのある物は凄く美味しかった。


「おっ、見えてきた見えてきた…。あそこ、オリーブ製鉄。一週間に一回だけ開いてんだ、今日はラッキーデイ! 工場とかじゃなく、個人が鉄製品を加工するのと同時に、武器防具の販売やってんだ」


 外から見えるガラスケースの中には、皮で作られた丈夫そうな衣服が並んでいる。


「鉄の装備以外にも作ってたりするんですか?」


「あぁ、鉄製品以外にも皮加工とかもやってる。製鉄場じゃなく、ほぼ装備屋みたいなもんだな。

鉄製品の加工には手馴れてるから凄く頑丈で、信頼性が高くてしかも比較的安価! 大優良店って奴だ! 店主が数年前に知り合った奴なんだが……ドワーフ種族の短気な奴でちょっと偏屈ってのを除けばな……」


 溜息を吐きながら、アスターさんはオリーブ製鉄と彫られている石板の立て掛けられた戸を開く。


「お〜い、クロッカス! 居るか〜! 久々に来店するお客様だぞ〜!」


 アスターさんが急に暗い店内に大きな声を出すので、僕はぎょっとした目でアスターさんを見つめる。

 多分、アスターさんは耳を研ぎ澄ませて物置がするか確認している。

 そんな泥棒みたいな仕草で確認しなくとも……と思っていた時、店の奥からアスターさんと同じ位に大きな声で返事が帰ってきた。


「アスター……! いつもいつも儂を呼ぶ時に店内にも入らず、外から無駄に大きな声を出すな! 店内に入れば寝ておるだろうに……。久しぶりに来たかと思ったら、初めの挨拶が大声とは相変わらず……」


 武器や防具達が置かれた石造りの店内の奥から、少し背が僕よりも小さくて、髭の長くて目付きの悪い疲れ顔のお爺ちゃんが出て来た。

 どうやらアスターさんの知り合いみたいだ。


「説教は後にしてくれ〜! 後で謝ってやるから、な? 今日は連れてきた奴が居るんだよ。俺と一緒に、願いの書を探しに行く大冒険に着いてきてくれる〜? 勇気ある青年の来斗だ! ほら、ドワーフの爺さんに挨拶してやれ!」


「あっ……神田来斗です。最近ここに来た世間知らずの新参者です……まだまだ未熟なので、迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」


「俺と違って礼儀と節度を弁えた挨拶だな? 結構年上に好かれるタイプだろ、坊主! おっさんも婆さんも礼儀正しい奴の方が好きだからな! クロッカスも来斗を気に入る。絶対な!」


 アスターさんが僕の挨拶を無理矢理区切ると、ドワーフという種族のお爺さんの背中を押して、無理矢理こちら側に押し出している……人の扱いがあんまりにも雑だな……この人。


「この爺さんはクロッカス! 寡黙で怒った時は怖いけど、良く言うと意思が固くて真面目、悪く言うと頑固で偏屈だがな? 少なくとも、俺の数倍しゃんとしてる人だ! 結構昔にこの街に来た時に、折れた俺の剣を直してもらってからの付き合いだ!」


「すまんな、え〜……来斗。アスターの世迷言に付き合わせてしまって……。こやつは始めて会った時も同じ様な事を言っておったからな……。うんざりしたら説教でもしてやってくれ。それで……今日は何の用だ?」


 クロッカスさんは、手に持った長いハンマーらしき物を杖代わりにして、アスターさんに近付いている。


「今日は来斗の武器と防具を工面しに来た。勿論全部決まるまで、居着いてやるから覚悟しろ? クロッカス!」


「最近は、お前が居なくて平和だと思っていたんだが……ぶり返しが来たか……ふん……」


 クロッカスさんは小言を吐くが、その顔は少し嬉しそうだった。

 暗い店内の随所にあるランタン? カンテラ?に、クロッカスさんはゆっくりと手に持っている蝋燭で火を付ける。


「さて…来斗。お前には使いたい武器は無いか? 

大概まずはそう言う物から試す物だ……だが、自分の力量を見極めて判断しろ。持てもしない物を持とうとして、大事な武器に傷が着いたら困るんでな……。ここの金髪の馬鹿から聞いた話だが、こやつは昔は大剣を……」


「それちょっと前ここに来る時に、自虐と注意で話したっての! 一言余計なんだよな、ほんっと……。坊主、何を握ってみたいとかあるか? 何度も言う様で悪いが、無理はするなよ?」


 一言余計なのは同じだと思うけど……そんな考えが思い浮かびながら、少し考えてみる。

 何を使いたい、かぁ……。


「僕は……」


 アスターさんの腰のベルトに固定された、鞘に入った剣に目が入ってしまう。

 大人ぶりたかった僕が、子供らしいと一蹴してしまって忘れていた憧れがぶり返す様な感覚が僕を襲って来た。


「えっと……僕、アスターさんが持っている様な、直剣が使ってみたいんです!」

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