第4話 旅への興味心と子供心


 コスモの街の宿屋の一室に入ると、アスターさんは早々に話を切り出した。

 僕はここに来てから、どっと疲れが溜まっていたが……少なくとも、寝れる気はしなかった。


「ラッキーな坊主には二つの選択肢がある! 

もし来斗が嫌じゃなければ俺と、魔王の持ってるって言われる宝を手に入れる旅をしないか?

もし嫌なら俺はこの金を渡す。働き手は……知り合いのツテを辿れば……居なくはない! 

少なくとも半年は生きていけるほどの金だ!2度と会えないかもしれない、別世界の人間を飢え死にさせたくないしな……」


 何でアスターさんは見ず知らずの子供の事、こんなに気にかけてくれるんだろうな……。

 まぁ聞いても気紛れとしか言ってくれないだろうけど。

 彼は先程の気楽そうな顔とは打って変わって、凄く真剣な顔をしていた。


「僕なんか居ても変わりませんよ……力も体力も無いのに……それに……」


「心配するな! 一緒に行ってくれるってんなら……相応の面倒は見てやる! 幸い、俺は結構腕の立つ冒険者だったんだ。坊主1人に、剣術を教えるくらいならどうとでもなる!」


 彼は自信ありげにそう言い切った。

 正直、腕の立つと言う話は信用は出来ないけど……何故かそう思わせる雰囲気があった。


「俺も坊主くらいの歳の頃には、魔王退治の旅ってのに憧れたもんだ……。荒れ狂う巨大な海を越え! 枯れ切った砂漠を踏み! 友や家族から笑顔を奪う、憎き悪の大王様を打ち滅ぼす! って具合でな。俺もガキの頃は興奮したもんだ……。結構、楽しそうだろ?」


 アスターさんは演劇の様な口調で、笑顔でそう言い放った。

 少しワクワクしたけど……僕が気になったのは。


「勿論、死ぬ危険性もありますよね……? 蘇生とか……命を取り戻す技術はあったりするんですか?」


「それがだな……実はかなり昔に存在はしたらしいんだ、蘇生魔術。それも結構気楽に使われてたらしい。んで……誰か知らんお偉いさんがこう言った!

『我ら人の命は蝋燭に灯る火の様に、一度蝋が燃え尽きれば2度と取り戻せぬ事が美しい。よって、ここに憎き蘇生魔術を禁ずる!』ってな……そのせいで、結構暴動起きたらしいが。って事で蘇生魔術は今は禁術って事だ! そしたら、ここで正真正銘もう一回死んで、天国か地獄かに行けるって事だ!」


 そう言いながら、歯を見せて笑うアスターさんだった。

 めちゃくちゃ心配になって来た。


「冗談でも不謹慎な事言わないで下さいよ! 

はぁ……まだ蘇生魔術って物が存在してくれてたら、気の持ちようは楽だったんでしょうけど……。

人の命は一度が美しい、か……」


 死んでいないとしても、僕の命は二回目の様な物だった。

 命は一度が良いって考えはちょっとわからない。

 僕は正直、命は長ければ長い程良いとは思うけど……短い方が良いって人も居るし、人によって違う。

 そのお偉いさんは、憎き、と言う程、蘇生魔術に恨みを持ってるのか……。


「でも……その、魔王の持つ宝って物を手に入れて何かあるんですか? 一生遊んで暮らせる金銀財宝とかなら理解出来ますけど……。僕がこの世界でまともに生きていけるかもわからないのに、お金だけ手に入れても……」


 僕がそう口から溢すと、アスターさんは指を振ってチッチッチ、と舌を鳴らした。


「ハズレだ! 金なんかじゃない、もっと凄い物……。昔むか〜しから語り継がれている、伝説の書物が隠されてる、って言われてるんだ。

それが本当に書物がどうかもわからんが……」


「伝説の書物……随分仰々しい名前ですけど、何か特別な技とか絵とか書かれてるんですか?」


「その程度じゃない、それはそれは凄い物……。

答え合わせだ! その書物は願いの書、って言われてる。安直な名前だけど、選ばれし者がその書物に願いを書き込むとその全ての願いが叶う……って噂だ。凄いだろ?」


「それじゃあ、僕が元いた世界に帰るっていうのも……!いや、選ばれし者って人しかダメなら僕は……無理か。何か、あなたは願いがあるんですか?」


「いや? 俺は叶えたい願いなんて無いさ。もう色々やりたい事はやったんでな……。俺は知りたい、その夢物語が事実か。はたまた、どんな二枚舌野郎が吐いた大嘘なのか。魔王退治はついで位の感覚だ。まぁ、ついで感覚の相手にしてはあんまりにも強大過ぎるが……。本当に知りたいのは願いの書の真実。俺がまだ剣を握れる間に叶えたい、最後の願いだ」


 彼はベッドに座り、窓から空を見ている。

 何かを懐かしむ様な顔をしながら、物憂う様な瞳で星達や夜を照らす月を見つめている。

 空に軽く息を吐くと僕の方を向いて、また話し始める。


「それでな、願いの書にはこんな記述があったとされてる。『この世と交わらぬ異界から舞い降りた選ばれし者が、この書を扱う事が出来る』ってな! 

俺はそれを思い出して、お前が交わらぬ異界って奴から来た、選ばれし者だって考えてる!」


「僕が……? ち、違います! 絶対! これだけは自信持って言えますから……」


「そう卑下すんなって、坊主! 試してもないのにわかんないだろ?折角、その伝承の本人かも知れない奴が来たんだ! 俺の好奇心が、久しぶりに起きて来たんだよな〜? へへ……」


 そう言いながら、アスターさんが僕の背中を叩く。

 多分加減はしてくれてるだろうけど、正直明日まではヒリヒリするとわかる程度には痛い。


「と言うか、気になったんですけど……。何でそんな凄い物を魔王が持ってるんですか? 自分で使えないなら無用の長物じゃないですか」


「それかぁ……まぁこの世界の昔の事知らないなら、そりゃ気になるよな……。何で魔王が持ってるかに関してはな、本当昔と言ってもまだ記録は残ってる位の頃の話だ。魔物と人間の巨大な戦争があったんだ」


「戦争……魔物と人間が対立してるってのはわかりますけど……何か理由が?」


「そうだな、軽く経緯を話すと……願いの書を人間側が持ってた頃に、人間を脅かす魔物や魔王を滅ぼす為に、その舞い降りた選ばれし者を待って……悪き者を消滅させるって願いを叶えさせようとしたんだ。その伝承と書物が嘘っぱちかも知れないのに、お行儀良く待ってるのは純粋なのか馬鹿なのか、多分藁にもすがるしか無かったって感じだろうけど……」


「まぁ、魔王が今願いの書を持っているって言うのなら、結果はわかりますね……」


「そうそう、察しいいな〜? 坊主。危機を感じた魔王は、人間達や統率する王が住む首都に魔物に襲わせ……戦いが始まった。そして呆気なく人間が敗北し、魔王を消え去る事の出来る可能性のあった願いの書は魔王に奪われ、魔物が居ない平和は未だ来ず……って話だ。

まぁ今は結構マシだけどな。復興された街や、魔物達に対抗する武器も人間も充分だ。魔物にも魔物なりの、人間には人間なりの生き方がある。これ以上お互い侵食し合う事はなかったってだけだろうな」


「アスターさんは、そのお互いの距離感を誤って、人間に危害を加える魔物を討伐してるって感じなんですか?」


「お〜? よくわかったな、こんな昔話してるだけで。将来は探偵にでもなるか? んま、昔話はこんくらいにして、話を戻すぞ! 坊主も忘れてるだろ? 最初の話。この街で出来るだけ平和に余生を過ごすか……オッサンと一緒に子供心を解消する旅に出ないか、って話だ! どうだ? 結論出たか?」


 心はまだ揺れ動いている、死を恐れる心も、未知の世界を周る好奇心も、どちらも捨てたくはない。


「僕は……少なくとも、もう一度死にたくないです」


「……そうか、なら……」


「でも!」


 僕は意を決した。僕の中の僕が叫んだ。

 これ以上……運命に流されたまま、自分で選択さえしないまま殻に篭って逃げたまま生きてはいけないと。

 本当は楽な道に逃げたいだろう、辛い物は避けたい、でも……一人で生きるには、この世界を知らな過ぎるから。後で後悔するのは僕だろう。

 折角、天国から垂らされた蜘蛛の糸を掴まない人なんて居ない。


「もし僕が選ばれし者なら、帰りたい。母親や、お世話になった人達が待ってるんです。交わせなかった謝罪の言葉も……擦れ違ったままの関係も。全部話して、元に戻さなきゃ行けないんです。だから……着いていきます、アスターさんに」


 僕がそう言うと、彼は無精髭を生やす程度の歳とは思えない程目を輝かせ、勢いよくガッツポーズをした。


「おっし! 契約成立って奴だな、来斗!」


「碌に戦えない僕が着いていくってだけの事が、契約って言う程大層な物でもありませんけどね……」


 僕なんかが着いていく、というだけで喜んでくれる事が珍しく、凄く嬉しい気持ちになった。

 アスターさんは窓を指差し、語り出した。


「ここから先は苦難の道だ! 手にタコを越えてクラーケンが出来る程度には剣を鍛え、いくつもの街を周り、沢山の人との出会いと別れを繰り返す旅だ! 覚悟は出来てるな、坊主!」


「覚悟するしかないですから……勿論。それと……正直、楽しみなんです。この世界を見て回る事や、自分の手で何かを切り開くって事が。多分、散々迷惑かけると思いますが……暫く、よろしくお願いします!」


 目の前の彼に、深々と頭を下げた。

 僕の掴んだ蜘蛛の糸が、千切れない事を祈って。


「それじゃ、まずは装備の見繕いと剣の練習だな! 今の坊主はひょろっちいからな……ギリギリスライムに負けるくらいか? ──あっ、不貞腐れないでくれ! 謝るから! 寝ないで! 寝ないでくれ!」


 やっぱ、旅はやめようかな〜! と、揶揄う様な冗談を発した後。

 ぐっすり寝るには薄いが、被さるだけで凄く暖かく感じた宿屋のベッドで。

 僕は明日を楽しみに思って眠りへと落ちた。

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