第六話 無神論
「すっげぇ~!!」
長野県長野市、某所。俺たちは最後の任務で山々に囲まれた「秘境」と言われている村に来ていた。見渡す限りの緑が心地よく、肺を浄化してくれているように感じる。
(こんなところに本当に悪魔が居るのか?)
俺がそう思うのも仕方がないことなのかもしれない。ここは「秘境」と呼ばれているだけあって村を囲うように霧がかかり、外からこの場所を見つけることができない(俺たちは招かれた)。村の中は空気が澄み切っているからか慣れない空気で俺は気分が優れなかった。
予約した宿に着き客室へと案内される。どうやら俺たち以外に客は居らず、実質貸切状態のようだ。
「宿ひっろ!!!」
「お前ついてから元気だな…」
「そう言うお前は元気ないな」
「ああ、なんかいつもの空気との差が凄すぎて…気分がよくない」
「それは何となく分かるかも。本当にここに悪魔が居るのか疑問だわ」
悪魔は空気の淀んだ場所を好む。この村にそのような場所があるとは思えない。が、決めつけるのは早計だろう。俺たちは村の調査を手分けして行った。
「何か見つかった?」
「いや、それらしい痕跡は無かった」
夕方、宿に戻って俺と寧々は話す。まだ帰ってきていない彪雅を心配することもなく。
「たっだいま~」
「遅かったじゃない。何かあった?」
「いや~子供たちと遊んでたら遅くなっちまった」
呆れた。外見は青年でも中身はガキだったらしい。任務でこの村に来ている事を忘れていないだろうか…
「夕餉の用意ができました。御運びしても宜しいですか?」
「お願いします」
今後については食べ終わってから話そうと思う。女将さんと給仕の方が出入りし、次々に運ばれてくる豪勢な料理に目を奪われる。
「いただきます」
「なんか気づいたんだろ?」
「まあな。子供達と話して分かったことは、夜になると大人達がある洞窟に集まってる事。子供達は洞窟の場所は勿論、どうしてその場所に集まってるのか理由を知らないらしい。怪しいだろ?」
遊んでいるように見えて情報はちゃんと持ってくる。
「とりあえず、明日はその洞窟の調査ね」
「だな。今のところ大きな被害が出てる訳じゃないようだし。まあ出てたら問題になってこんなに静かじゃないよな」
「まあな」
俺たちは露天風呂へと向かう。道中彪雅が「勿論混浴だよなッ!!!」と訳の分からないことを言っていたが首根っこを捕まえて男湯にぶち込んだ。
寝る場所は一つなので屏風と俺を間に挟んで就寝。
1日目終了。二日目。
「なんか、大人少なくなってないか?」
宿を出て数分、村の中央広場。昨日と同じように子供達が集まって遊んでいた。
「それ私も思った。昨日はもっと子供達の側に親が居たはず…」
「やっぱり、洞窟で何かあるんだと思う。早く行こう」
肝心の洞窟の場所が分からなかった俺たちは手分けして村を覆う山々を順番に探した。子供達の口ぶりから大人が往復できる範囲に絞る。
1時間もかからずその洞窟は見つかった。洞窟への道を隠すように滝が流れていた為、最初は気づかなかったが朝見た大人達の足が濡れていた事を思い出し捜索範囲を水辺と往復できる範囲に絞って見つけ出した。
「流石陸朗ね」
「でもこんな洞窟に大人たちは何の用で…」
「待て血の匂いだ」
全員に緊張が走る。少しずつ慎重に奥へと足を進める。
…リッ…ゴリッ…
微かに聞こえるその音には聞き覚えがあった。この音は人間の骨を砕く音だ。
「あ?人間の匂いがするな…それも若い!」
「んだよ…ここ」
洞窟内部は、入り口の狭さからは想像できないほど広大だった。広間の中央で人型の悪魔が人間の千切れた足を口に運んでいた。
彪雅が思わず言葉を発してしまったのは無理もない。その悪魔を囲むように人の骨の山が高く積まれていたからだ。
「人間の餓鬼ィ!!!」
風魔術による巨大な竜巻は洞窟内部で収まる事なく削り、外へ大穴を穿った。
竜巻に巻き上げられ空中に放り出された俺と寧々だが焦りはない。
「あ?1人足りなー」
「悪いな俺は人を殺した悪魔に容赦はしない」
“影渡り・紫電一閃”
彪雅の異能力は自分と同質の影を作り出す。その影は決められた形でその場に留まる。彪雅は遠く離れていてもその影に瞬時に移動できる。
悪魔を囲むように配置された影。その影に次々に移動し一閃。バラバラに切り裂かれ塵になる悪魔を前にして思う。運が悪かったなと。紫電一閃とはよく言ったものだ。だがこれでは一閃ではないと俺は思う。
「相変わらずの腕ね」
「そう言いながらお前らは何でそうスッって軽ーく降りれてんだよ!竜巻に巻き上げられて数十メートルは飛んだだろ?」
俺と寧々は顔を見合わせ同時に答える。
「「基礎的な魔力操作だしな(ね)」」
「ムキッー!」
彪雅は俺とは違い魔術の才能がある。基礎的な魔力操作もできないわけでは無い。が、本人は超がつくほど感覚派な為、できる時とできない時がある。ムラがあるのだ。
天才だが欠点がある事で他のクラスメイトに好かれていたのだろう。昔の話だが。
「…マ」
(…?何か喋ったか?)
口だけになり今にも消えそうな悪魔を一瞥する。彼にこの状況を打開する策なんてあるはずもない。
「お兄ちゃん!」
「おー」
「子供?彪雅の知り合い?」
「そー村でな。こいつが洞窟が怪しいって教えてくれたんだよ」
(この場所に子供…?)
小さな違和感。それが確信に変わる。あいつの中を流れる魔力は子供のそれじゃない。
(なんで気づかなかった!こいつは悪魔が憑依した人間だ!誘い込まれた!上級悪魔をも撒餌にしやがった!)
「彪雅!!そいつからー」
ニタリと、子供が笑う姿が見えた。直後、俺の視界から子供が小さくなった。そして背中に激痛が走る。
「ぐっ…」
(後ろに吹き飛ばされた…!?腕を振るうまで見えた。でも…それでこの距離を)
「あいつらは…」
俺のすぐ近く、壁に激突したであろう寧々が力なく倒れている。頭部を打ったのか出血が酷い。早く医者に見せなくては…だがこちらに近づく気配の大きさと魔力の濃さでそれが叶わない事だと実感する。
「暇つぶしのつもりでこちら側に来たのだが良いものを拾った」
「あ…」
声の主を見て言葉を失う。彪雅。でも彪雅じゃない。中身が全くの別物。
「お前は…上級悪魔なのか…?」
傷を治し反撃の準備のため少しでも時間を稼ぐ。
「人間の物差しか。答えは違う。本当ならば小僧如きに教えてやるほど安い正体ではないのだが、まあ気分がいいから教えてやろう。我はアスモデウス。“残酷”の異名を持つ大悪魔だ」
彪雅の顔で声で答えるそいつを睨みつける。こうなるかもしれない。おじさんの話を聞いた時からいつか、こんな日が来るのかもしれないそう思い刀を振るってきた。だから迷いはないと思い込んでいた。
(憑依した人間を殺せば悪魔も同じく死ぬ!振り抜け!!)
首に当たる直前で刀が止まる。止められた?否。止めてしまった。
「何すんだよ。友達に刀を向けるなんてさっ!」
右の拳が俺の腹を撃ち抜く。目眩、何かが込み上げてくる。吐き気。
ゲホッ…
血の味。斬れると思っていた。甘かった。一緒に過ごした3年は陸朗が思っている以上に濃いものだった。
「クハハハ!!人間は愚かだなー。身近な人間を使えば簡単に隙ができる」
(やめろ…その声で!その顔で!喋るな!!)
回復が遅い…動けない。指の力が入らない。先の一発で感じ取ることができた。格上。基礎的な魔力操作ですら元の体の主の彪雅を超える。
「ん?体の自由が…お前?まだ意識ー」
「陸朗」
「!?彪雅なのか…?」
地べたに這いつくばった俺にいつもの口調でだが切迫した声がかかる。罠かもしれない。でもこの声のトーン。アスモデウスとは違う。
「首を斬れ!いつまで抑えれるか分からん!早く斬れ!」
その声で俺は立ち上がり刀を握る。力を込め振り抜く。
「そうだ。それでいい」
ザシュッ…
俺はこの時ほど神を呪った事はない。本当にこの世界に神という者が居るのならこの腐った現実(ゆめ)から醒めたい。
悲しみの咆哮は降り出した雪空に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます