第10話 地獄の修行

 陽が真上へと登り始める。

 蒼穹を突くように魔力が渦となり、風を巻き上げながら天高く昇っていく。

 魔力の中心にいるのはフェラム。その側でカテナは杖にその体を預けている。


(き、きつい……!)


 フェラムはその体から大量の脂汗を出し、胃から湧き出る吐き気を抑え込みながら、ひたすらに魔力を放出し続けている。

 そんな様子をカテナは目を細めて見続けるのみ。

 フェラムが顔を青くしようが、その体をふらつかせようが一向に中断する気配を見せない。

 フェラムに下されたカテナの指令は『なるべく長く、全力で魔力を放出する』こと。

 その意図をフェラムは当初読めなかった。

 意図に気づき始めたのは、放出し続けて三十分ほどした頃。急に体から力が抜けた。その時は、違和感こそ感じたが、特段気にせずに続けた。

 そして、現在。魔力を放出し続けて二時間が経過しようとしていた。


(……ぐぅっ! いつまで続ければ……)


 フェラムはこの修行を中断されるのを今か今かと待ち侘びているが、一向にカテナからは何かをする気配がない。

 それどころか、カテナは時折どこからか取り出した手記になにかを記したり、これまたどこからか取り出した小説を読み耽ったりしている。

 フェラムの状態には一切興味なしと言った具合だ。

 カテナを横目で見ながら、フェラムは限界を迎えた体を鼓舞し続けている。


(…………。やばい――)


 ――ぷつっ……。

 なにかが切れた音がフェラムの脳内を走った。

 かと思えば、魔力は大気中に霧散し、フェラムの体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていく。


「……おっと。ここが限界かな」


 カテナは崩れていくフェラムをキャッチして、その場に寝かせる。


「ふむ。大体二時間か……」


 カテナは取り出した手記にフェラムが魔力を放出し続けた時間を記録しはじめる。

 その手記には、継続時間の他にも、魔力の出力、性質が同様に記されている。


「この子は……本当に――」


 ――明らかな異常。

 フェラムの魔力量はカテナのそれを超えていた。出力という点では、無駄な力が入っていることを抜きにしても遥かに高い。

 それよりも何よりも。


「――この子の魔力の性質。渦巻く魔力……」


 本来魔力というのは渦を巻くことはない。魔力は収束せずに拡散していく。

 だが、フェラムの魔力はその常識を破壊して、自身の周りに留まり続けていた。カテナが千年間で見てきた誰よりも異質な存在。


「…………この子の家系がなにか特殊だった? だとしても、魔力の才は子には遺伝しない」


 魔力は個人のみの才能。

 これは魔法使いたちの常識だ。

 つまり、フェラムは特異な才能を有していることになる。


「やっぱり……この子にはボク以上の才能がある」


 フェラムはカテナ以上の才能を有する。

 そう考えたカテナの頭には、フェラムが自分を殺してくれる希望かもしれないと浮かんでいる。


(――いやいやいや! それは有り得ないだろう! ボクでも自分を殺せないんだから!)


 そんな、自分よがりの理想を頭を振って外へと追いやる。

 しかし、一度考えてしまったことは何度でも頭に浮かんできてしまうもので。カテナの脳裏にそんなもしもが描き続けられた。



☆☆☆☆



「…………」


 気絶してから三十分程経過した頃。

 フェラムが目を覚ました。

 フェラムの目の前に広がるのは、天高く昇った太陽と雲一つない蒼穹。

 視界に飛び込んでくる強い光に、フェラムは手で目を遮った。

 最後の記憶にあるのは、魔力を放出し続けていると唐突になにかが切れて視界が暗転したことまで。

 フェラムは自分がいまどういう状況なのかを正確に把握できていない。


「――あの後、どうなって……」


 ふと、意識は自分の頭の下へと向けられた。

 フェラムは草原に寝ているはずだ。しかし、彼の頭の下にはなにか柔らかい枕のようなものが敷かれている。

 それに、どこかひんやりとしていて、フェラムの意識が再び微睡んでいくのも時間の問題だった。

 そうしていると、視界に影が一つ。

 どうやらカテナがフェラムの顔を覗き込んでいるらしい。おまけに、頭だって撫でてくれている。

 フェラムはいよいよ睡魔に抗えず、そのままもう一度惰眠を貪ろうと目を閉じた。


「――え? まくら? こんなところに?」


 しかし、あまりにもおかしな状況にフェラムの脳は一気に覚醒を始めた。

 なぜこんな場所に上質な枕があるのか。

 ――カテナが性懲りも無くどこかから取り出した? そんなことあり得るのか? あり得なくもないが、わざわざ寝かせるために?

 フェラムの頭は徐々に思考を加速させていく。

 覗き込むカテナの顔、頭を撫でるカテナの手、頭の下に感じる上質な枕。

 これらの情報を合算して、一つの結論を弾き出した。


「――膝枕っ!?」


 気づいた瞬間、フェラムは弾かれるように飛び起きた。

 「うぉっ!?」と、突如起き上がったフェラムにカテナは目を白黒させているが、今のフェラムにはそんなことを気にしている余裕すらない。

 押し寄せる恥ずかしさ。女の人に膝枕をしてもらったことによる歓喜。そして、膝を貸してもらった申し訳なさ。

 結論から言おう。


「――膝枕してもらってすみません! すごく気持ち良かったです!?」


 フェラムの脳は軽いパニックを起こしていた。

 明らかに来している脳内の異常。

 寝起きによる唐突なフル稼働によって、脳は正常な働きを放置した。


「アハハッ! 気持ち良かったなら、こちらとしても嬉しい限りだよ」


 フェラムが起こしたバグにカテナは可笑しいと笑い始めた。

 フェラムも徐々に自分がなにを口走ったのかに気づいて、湯気でも出るのかというほどに紅潮させていく。


「とりあえずお昼にしようか」

「は、はい……」


 カテナは空腹だと言わんばかりに、自分の腹をさすってみせる。

 彼女はそばに置いてあったバスケットを手に取り、その中身のサンドイッチ一つを手に取る。


「はい、どうぞ」

「あ、すみません……」


 サンドイッチを手渡されたフェラムは、未だ色が引かない顔を腕で隠しながら、それを受け取る。

 受け取ったサンドイッチはやはり大きい。

 横の厚みがフェラムの知るサンドイッチの三倍ほどはある。

 バスケットの中にはそんなサンドイッチがあと三枚入っており、そのうちの一枚をカテナも取り出す。


「いただきます」

「……いただきます」


 フェラムとカテナは手に取ったサンドイッチに同時に齧り付いた。

 その厚さに顎が外れそうになるが、なんとかそれを噛み切り、咀嚼する。


「「――っ!?」」


 瑞々しい野菜の小気味いい食感に、薄く切られて何枚も入れられた肉の旨み、そしてそれらを纏めるソースの味。

 それら全てがこの厚すぎるサンドイッチを高水準で纏め上げており、食べれば食べるだけ食欲が加速していく。


「美味しすぎるだろ!? ボクが作ったソテーより美味しいじゃないか!」

「本当に美味しいですね! あのくそ不味ソテーとは比べものにならないくらいま美味しいですよ!」


 フェラムとカテナはあまりの美味しさに興奮が止まらないでいる。

 これが村一番の料理上手が生み出した至高のサンドイッチかと、二人は目を輝かせながらそれを頬張っていく。

 そうして、少し食べ進めた時。


「――ん?」


 と、カテナがその食べる手を止めた。

 そして、どこか険しい顔をしながらフェラムの方を向く。


「フェラム君――いや、フェラム。キミ、いまボクの最強のソテーを不味いと言わなかったかい?」

「あ……」


 瞬間、フェラムは自分の失敗ミスを悟った。

 あまりの美味しさに興奮して、フェラムはあの時言わなかった本音が思わずこぼれてしまっていた。

 カテナはその顔に明確な怒りを灯しながら、フェラムを睨みつける。

 その圧に耐えきれなくなったフェラムは、その視線を下へと下げた。


「…………。食べ終わったあと」

「へ?」

「食べ終わったあと、キミに魔法を教える。覚えてもらうのは六つだ。いいかい? 覚悟しときなよ。一つの魔法を覚えるにも四日はかかるが、十日あまりで全部覚えてもらうからな」


 カテナは頬を膨らませながら、そう宣言した。

 それはつまり、フェラムに対して、今後一切の容姿をしないという宣言だ。

 今までも、決して手加減をしていた訳ではないのだろうが、強度は落としていたのだろう。

 それよりもキツイ。

 暗として言われたそれにフェラムは青褪める。


「…………地獄を見せてやる」


 カテナは恨みがましく、一言そうこぼした。

 そして、カテナのその呟き通り、フェラムはドラゴンが襲撃してくるまでの十四日間、地獄を超える地獄のような修行をしたのだった。

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