第9話 魔力、才能、恐怖

 朝方。

 修行のためにサクスム湖へとカテナとフェラムは向かうため、村を歩いていたら、


「お、フェラム! それとカテナちゃん!」


 村の門付近に差し掛かったとき、後ろから野太い男の声が掛けられる。

 ――ポルタだ。

 二人が後ろを振り返ると、その手にバスケットを持ちながら、フェラムたちの方へと走ってきている。

 フェラムとカテナは互いに顔を見合わせながら首を傾げた。


「ポルタさん? どうしたんですか?」


 フェラムは追いついてきたポルタに対して、そう質問した。

 ポルタは走ったことで弾む息を整え、流れる汗を拭いながら、その手に持ったバスケットをフェラムの前に差し出した。


「…………これは?」

「ハァハァ……。俺の……嫁さんがな。お前らに……持っていってやれって……」

「プルケルさんが?」

「ああ……」


 ポルタの嫁、プルケルはこの村で一番の美人と言われており、しかも料理上手として有名。フェラムも何度かポルタに誘われて料理をご馳走になったが、あまりの美味しさに感激したほどだ。


「な、なんで急に……」

「フェラムが……修行してるって言ったらよ。フェラムとカテナちゃんが修行中に腹空かさねぇように、だとよ」


 プルケルはドラゴンと戦うために、フェラムが修行をしていると聞き、自分にできることを模索した結果、フェラムとカテナにお弁当を作ることにしたのだそうだ。

 ポルタは息も絶え絶えに、フェラムにバスケットを渡すと「じゃあな! 修行、がんばれよ!」と、言い残して南門の警備に戻っていった。


「…………それで、中身は?」


 カテナは手渡されたバスケットの中身をフェラムに尋ねた。

 フェラムは受け取ったバスケットの蓋を開くと、そこには色とりどりの野菜とお肉を挟み込んだサンドイッチが中にぎっしりと詰まっていた。


「サンドイッチ……ですね」

「……デカいね」

「デカい……ですね……」


 二人はサンドイッチのサイズ感に圧倒されていた。具が大量に挟み込まれたサンドイッチは、辞書の厚みに相当しているのではないかと思われるほどだ。


「でも、ありがたいね。昼食をいただけるのは」

「ですね。プルケルさんの料理はすごく美味しいんですよ! だから、このサンドイッチも楽しみです!」

「へぇ。そんなに料理上手なのか。なら、ボクも楽しみにしておこう」


 二人はバスケットの中のサンドイッチを食べるのを楽しみにしながら、今日も修行の場所へと向かっていくのだった。



☆☆☆☆



「さて。早速だが、今日も昨日と同じように坐禅を組んで瞑想だ。きっと昨日よりも魔力を感じ取りやすくなると思うよ」

「はい!」


 フェラムは早速坐禅を組み目を閉じた。

 昨日とは違い、朝の澄み切った空気と、朝特有の静かな小鳥の囀りがフェラムの心を落ち着かせていく。


(昨日……師匠の料理を食べたとき……僕の中になにかが流れているのを感じた……。あれが、魔力……なんだと思う……)


 フェラムは昨晩のことを思い出す。

 カテナの破滅的料理を食べ、命の危機を感じた際に一瞬だけだが体の中をなにかが駆け巡るのを感じた。その正体がなんなのかはわからない。

 だが、フェラムの中にはあれが魔力だという確信めいたなにかがあった。


(あの体を駆け巡っているなにかを感じ取る……)


 意識を自分の内へと集中させる。

 次第に感じてくるのは心臓の拍動。血液が血管を流れていく感覚。肺が酸素を体内に取り込み、それが駆け巡っていくイメージ。

 しかし、そのどれもがあの時フェラムが感じたそれとは大きく乖離しているように感じられた。


(あと……なにが足りない……? なにか……あと一つ切欠ピースがあれば……)


 それとなくイメージは出来ている。

 イメージは出来ていても具体化ができないでいる。あと一歩が届かない。


(一体なにが。どんなに考えてもわからない。どうすれば――)


 フェラム自身、あと少しという確信がある。

 自分の中に流れる潜在魔力。その核心に迫るために、最後のなにかが足りなかった。


(――これは……?)


 それは唐突だった。

 カテナの料理を食べた時と全く同じ感覚が、フェラムの体内を一気に駆け巡る。あの時とは違い、今度ははっきりと。

 その最後の切欠ラストピースになったのは、カテナの魔力だった。カテナはフェラムの変化にいち早く気づいた。杖を通して、自身の魔力を流すことでイメージの土台を確かなものにしたのだ。

 そして、フェラムは魔力というものを理解した。


(そういうことだったんだ。これは……魔力は体内にあって、体内にないものだった。魔力は『魂の付属品』だったんだ)


 フェラムは最初、内臓のどれかが魔力を生み出しており、それが血管などを通して巡っていると考えていた。それ自体が間違い。

 魔力は魂が生み出すものであり、その通り道は決して定まっている訳ではなかった。


(魔力は……常に体に満たされていた……)


 生み出された魔力は川のように流れていく訳ではなかった。池に溜まるように、コップに注がれるように。常に満たされている。

 だからこそ、カテナは魔力の例えとしてコップを挙げた。カテナは知っていたのだ。魔力は流れていくものではないことを。


「…………そう。それだ。魔力を認識できたのなら、それを任意で溢すこともできるはずだ」


 それまで黙っていたカテナが口を開いた。

 フェラムはカテナの言葉を聞き、よりイメージが鮮明になっていく。

 今までコップがあることを認識できなかったから、それを自分の意思で傾けることが出来なかった。だが、今のフェラムはそこにコップがあることを認識できている。

 ならば、魔力を自分の意思で外へ出すことも容易だ。


「…………。できた……。――できましたっ!」


 フェラムの体外へ放出された魔力。

 それは渦を巻いて、辺りの草を巻き上げながら、フェラムの体に纏わりついている。


「あぁ……おめでとう……!」

「やったぁ!!!」

「――あ……」


 フェラムは嬉しさのあまり跳び上がった。

 それも三メートルほども。


「え?」


 フェラムは目を丸く見開いた。

 確かにフェラムは地面を全力で踏み締めて跳んだ。その結果、体は地面を置き去りにして高く跳躍してしまった。いくら身体能力が高いとはいえ、こうなるのは予想していない。

 尤も、カテナはフェラムが跳び上がった瞬間に顔を青ざめさせていたので、こうなることは知っていたのだろうが。


「――えっ!?」


 フェラムは身動きの取れない空中で焦ってしまい、バランスが崩れる。

 着地の体勢など軸のぶれた体で取れるはずもない。

 体は重力に従って自由落下を始めている。

 フェラムの前には、巨大な壁となった地面が聳え立っている。


「へゔっ!!!?」


 ――ドゴォォン……!

 そして、次第に縮まっていった距離はゼロになり、フェラムは顔面から地面に突き刺さった。


「大丈夫かい!?」


 土煙が舞う中、フェラムに駆け寄っていくカテナを他所に、フェラムはその顔を地面から引っ張り出した。


「生きてる……。というより、無傷?」


 三メートルの高さから、顔を下にして落下した。

 本来なら死んでいてもおかしくないが、フェラムの体は一切の無傷。痛みこそあるにはあるが、動けなくなるほどの痛みでもない。

 抉れた土の中には砕けた石も散見される。

 ということは、つまり――。


「今の僕は……石よりも硬い……?」


 そういうことになるのではないか? と、フェラムは考える。

 しかし、人の体の構造からしてそんなことが有り得るのかと、怪しくすら思う。

 自分が落ちたところがたまたま柔らかい土だった。

 という方が、いくらかはマシな想像だろう。


「そうだよ。今のキミは石よりも硬い」


 振り払いかけた思考。それをカテナは一言、肯定で返した。


「それが魔力だ。魔力は鎧にもなるし、身体能力を底上げする筋力増強剤ドーピングにもなり得る。だからこそ、キミはそれを使えるようにならなくちゃいけなかった」


 続けて、「魔力は万能だ」とカテナは言葉を付け足す。

 魔力は様々な形、性質に変化していく。

 フェラムの中でイメージしやすいのは直接見て感じた【エクスプロシオン】と【エルケネン】だ。

 【エクスプロシオン】は魔力を球状にして固めた内側で、魔力を炎や衝撃へと変化させることで爆弾へと変化させる魔法。

 【エルケネン】は魔力を波に変化させて、物体にぶつかり跳ね返ってきた波を感知する探索系魔法である。


「魔力っていうのはイメージを具象化するためのものだ。物を燃やしたいなら燃えるし、凍らせたいとイメージすれば凍る。どれだけ、頭を柔らかくできるか」


 それこそが魔法の才能であると、カテナは語る。

 先程、フェラムが高く跳んだのは気分の高揚がそのまま身体能力の強化に繋がったから。落ちて無事だったのは体を守るために身構えたために鎧のような性質を持ったから。


「だからこそ、魔法は自由だ。魔法はなんでもできてしまうから、誰にでも扱えるわけじゃない」


 カテナは旅の中で、魔法の力を悪用する者たちを何千何万人と見てきた。

 それこそ、禁忌とされた事に手を出し、カテナの逆鱗に触れた者たちも少なくない。


「いいかい、フェラム君。キミにはその力を正しく使って欲しいんだ。ボクが……私が見初めた才能の原石である君には、誰かを守るためにその力を使ってほしい」


 今まであまり見ることのなかったカテナの本音。

 自分の過去を語る時すら、彼女はおちゃらけるように『ボク』という一人称を使用していた。そんな彼女が見せる初めての『自分本当』。

 その言葉の重みが、フェラムにも伝わってくる。


「僕は……この力を悪用するつもりなんてありません。師匠の名を穢すようなことはしない。誓います」


 だからこそ、フェラムは誓ってみせる。

 この力はカテナが与えてくれたもの。だから、フェラムは魔力を悪用するつもりなど毛ほどもない。


「そうしてくれ。私からの……お願いだ……」


 誰よりも魔法の良さを知り。誰よりも魔法の便利さを痛感し。誰よりも魔法のそばに寄り添い。誰よりも魔法の恐ろしさを理解している『魔女』。

 そんな彼女から、弱々しい声でされた願いにフェラムが背くことなどできようはずもない。


「僕は……僕にできる全力で助けてみせます」


 それがフェラムの中で定められた一つの誓い。

 決して違えはしないと、己の魂に刻み込んだ約定となった。

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