第7話 師匠としての助言
「今日はここまでにしようか」
「は、はい……」
日も暮れてきた頃。
カテナは空を一瞥してそう言った。
草原の上で寝転がっているフェラムの頭にはいくつものタンコブができている。これは度重なる坐禅修行によるものであり、フェラムは魔力を知覚することができずにいた。
「……やっぱり、僕には才能なんてないんじゃ」
「そんなことはないよ。キミは才能の塊だ。少しコツを見つければあっという間に伸びるさ」
フェラムは自分の不甲斐なさに悔しさが募っていた。カテナもそれを見抜けないほど、目は節穴ではない。彼女はフェラムのことを評価しているのだ。
フェラムは伸びる――その確信があるからこそ、彼女は師匠を引き受けた。生来、面倒くさがりなカテナが誰かを弟子にすることなどない。しかし、フェラムには原石としての輝きを見た。
カテナは見たくなってしまったのだ。輝きを増し、完成を遂げたフェラムを。
無論。こんなこと、フェラム自身が知り得るわけがないのだが。
「でも……この修行中、ずっと不甲斐ないところを見せてきましたし……」
「大丈夫大丈夫。焦りは禁物。魔法の一歩はリラックスだ。心が波立っている状態は芳しくない」
カテナは落ち込んでいるフェラムに対して、元気付けるように笑いかける。
フェラムの中にある焦燥。フェラムはカテナに助けられたあの時、ドラゴンに臆してしまった自分への恥ずかしさが起点となっているものだ。
早く強くならなければならないと漠然と考えているだけなのだ。
「…………。ボク……頑張ります……」
故に、フェラムには時間を無駄にしている暇はない。
焦りは禁物。フェラムもその通りだと思っている。だが、ゆっくりやっている時間は自分にはないとさえ思っている。
だからこそ、フェラムは一刻も早く強くなるためにカテナを頼った。
「……フェラム君。キミの悪い癖を教えてあげようか」
「…………悪い癖、ですか?」
「ああ。キミは……自分のことを信じられないみたいだね。自分の限界を自分で定めてしまっている」
カテナの言葉にフェラムはなにも言い返せない。
フェラムにも自覚がある。自分が常にマイナスな思考をしてしまっていることに。自分にはできないと思い込ませて、できなかった時のダメージを少なくしようと保険を張ってしまう。
「なにが原因なのか……私にはわからない。これはキミの心の問題だ。……でもね、人はずっと成長し続けるんだ。マイナスな思考が悪とは言わない。でも、少なくとも自分のことは信じてあげなさい」
――千年を生きる魔女からの言葉だ! カテナはそう言って最後に舌をぺろっと出しておちゃらけて見せる。しかし、千年という言葉の重みはそんなので誤魔化せるものではない。
自信を持つ――フェラムには到底できないことだった。両親を失ってから、仇がなになのかもわからず、フェラムはただなるがままに生きてきた。
(そんな僕が……いまさらなにに自信を持てば……)
フェラムの人生は無気力なものであった。
他の人たちが普通の生活を送る中で、フェラムは一人孤独に耐えた。ヴィラ達大人が様子を観にくることもあるが、それ以外はずっと一人で過ごしていた。
自信を付けさせてくれる存在――『親』が彼にはもういないのだ。
「……ほら、また自分の事悪く思ってるんでしょ」
「……へ?」
「キミ、顔に出やすいよ? 」
そう言われたフェラムは自分の顔を触って、体を硬直させる。
「キミが……その心の内になにを抱えているのか……。ボクには到底わからない。でも、キミは間違いなく強くなれるよ。ボクが――『不死の魔女』が保証してあげよう」
カテナは続けて「キミを信じているボクを信じてくれ」と微笑を浮かべた。
フェラムはそれになにも返せなかった。カテナの夕陽に照らされたその美しい顔に、不覚にも見惚れてしまったのだ。
カテナはそんなフェラムのことを知ってか知らずか、地平の底に体のほとんどを隠した太陽を見た。
「……帰ろうか。そろそろ暗くなる」
そして、優しい声で呟いた。
フェラムもそれに無言で肯定を返し、精神的疲労で動かすのも怠い体を起き上がらせる。
二人は夕暮れを背にして、村へと足を進めた。
――ぐううぅぅぅぅ……
そんな時、空気を読まない腹の虫が鳴き声を上げた。
その音はどこから鳴ったのか。フェラムは首を傾げながら隣を横目でチラッと見る。そこには、お腹を押さえて、夕陽では到底説明がつかないほどに顔を真っ赤にしたカテナがいた。
音の主がカテナと悟った瞬間、フェラムは急いで目線を逸らす。
「あ、ははは……お腹、減ったね……」
「ですね……」
カテナは苦笑を浮かべた。
「――昨日の『ウルグィス』のお肉……残ってたよね?」
「はい。師匠が保存魔法を掛けてくれたおかげで、状態も良いと思いますよ」
「なら……今日はボクが作るよ。昨日はキミに作らせちゃったしね」
昨晩。カテナとフェラムは一緒に食事を取った。料理はフェラムが作ったのだが、その際に作った『ウルグィス』のシチューはカテナの舌を唸らせるほど絶品だった。舌の上で弾ける肉汁、煮込まれたことにより柔らかくなった節、肉の甘み。
それらが全て引き立つように、絶妙な塩加減で作られていた。そのことをカテナは褒め称えた。だが、フェラムは料理が上手いのではなく、食材が良かったのだと素直にカテナの賞賛を受け取らなかった。
「ならば、今晩は労いの意を込めて……ボクが料理を作ろう!」
「…………作れるんですか?」
「当たり前だろう! 料理なんて……こう……火を通して……ポイっ! っとするだけだ!」
カテナは意気揚々とした感じでそう言った。
フェラムは一抹の不安を覚えながらも、自分も精神的疲労であまり動きたくはないし、わざわざカテナが労ってくれるのだから、それに甘えようと考えた。
「じゃあ……早く帰りましょ。僕、お腹空きました」
「ああ! そうしよう!」
そうして、フェラムとカテナは太陽が沈みきり、満天の星が広がる紫の空を背に談笑しながらシルワ村へと帰っていった。
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