第6話 修行開始

「――という訳で。早速修行を始めようか」

「はい! よろしくお願いします、師匠!」


 翌日――。

 シルワ村の北部――フェラムが狩りをしていた森の反対側に位置するサクスム湖で、フェラムとカテナは現在修行を始めようとしていた。


「さて、修行の内容だが。まずはキミには三日間で魔力を操れるようになってもらう」

「魔力? でも、僕魔力なんてありませんよ?」


 フェラムは修行の内容に疑問を抱く。

 フェラムも知っている常識として、魔法および魔力はその人物の才能にほぼ九割依存する。常人は魔力そのものが存在しないことだってザラだ。

 フェラムも魔力というものを知覚したことがない。彼には魔法の才などないはずなのだ。


「それは勘違いだな。魔力の中には顕在化しているものと潜在化しているものが存在している。キミの場合、後者に該当してる」


 曰く、魔力のあるなしはその当人にはわからない場合がある。魔力がないと思っていたものが、実はとんでもない魔法の際を持っていた――という事は珍しくないのだそうだ。

 そうして、魔法使いの間では共通的な認識として、人の中には隠れた魔力があるとされている。


「……つまり、僕にはその潜在化?した魔力があるってことですか?」

「そういうことだ。キミ自身、自覚はしていなかったろうけど、無意識のうちに魔力を使っているよ」


 そういうとカテナはフェラムが腰に挿している短剣を指差す。


「その短剣。キミはそれに無意識に魔力を纏わせて使っている」

「え!? この剣……刃がボロボロでも切れ味が落ちない特殊なものなんじゃ……」


 カテナは呆れながら「そんなわけないだろ……」と言葉を一つこぼす。


「それは正真正銘。ただの短剣さ。しかも、品質も普通……いや、悪いくらいだ。キミはそんなのを使って今まで狩りをしていた。これは間違いなく異常だ」

「異常……?」

「うん。潜在化してる魔力っていうのは、本来どこにも漏れ出ない。漏れ出るほど多量の魔力を溜め込めないからだ。でも、キミはそれが漏れ出てる」


 カテナには確信がある。フェラムは魔法の才覚が普通の魔法使いを超える――カテナ自身の才能さえ超えていると。

 フェラム自身気づいていないが、潜在化した魔力が漏れ出るのは異常なのだ。しかし、稀に潜在化した魔力――『潜在魔力』が漏れ出る特異的な体質が存在する。


「キミは……『暴魔体質』だ」

「……ぼうま?」

「そう。簡単に説明すると、本来の潜在魔力は波すら立たない静かな状態で体内を循環しているんだ。でも、この特異体質は別。体内で循環しているのは変わらない。でも、その流れが荒々しいんだ。そのせいで自覚なしに漏れ出てくる」


 カテナの説明にフェラムの頭にはハテナがいくつも浮かんでいる。フェラムはそこまで頭が良いわけではないと、自分自身でもわかっている。

 それに加えて、魔力についての知識など何も知り得ないのだ。

 端的に言えば、情報量が多すぎて理解が追いついていない。


「……理解できてないみたいだね。さらに簡単に説明しよう。本来の潜在魔力は机の上に置いたコップの水のようにこぼれない。だが、『暴魔体質』は揺れて溢れるコップの水だ」

「あぁ、なるほど! 要は器から溢れてるってことですか?」

「そういうこと。それが『暴魔体質』だ。これはその人間が有する魔力の質、量ともに高水準である事の現れ。つまり、その体質は正真正銘、キミの才能だ」


 カテナはそう断言した。

 その言葉を聞いて、フェラムはほんの少しだけ心が弾んだような気がした。


「だから、まずはキミに自分の中に流れる魔力を自覚して制御してもらう」

「……制御、ですか?」

「そう。やる事は単純。――――瞑想だっ!」

「めい……そう……」


 瞑想。フェラムも知っている。東方の国でよく行われている修行法で、精神統一の側面があるという。

 しかし、それが魔法とどう関係あるのかがフェラムには到底理解できなかった。


「なんで……瞑想なんですか?」

「瞑想はね……魔力を感じるには一番良いんだ……。なにせ魔力の知覚は精神的に安定してる方がやりやすいからね! びーくーるってやつさ!」


 ちゃぽん――。葉から滴り落ちた朝露が湖面に波紋を立てる。

 静まり返った場の中でカテナはその薄い胸を堂々と張っている。一方、フェラムはよく理解はしていないがとりあえずカテナの言う事だからと、無理矢理胸に落とし込んだ。


「…………まぁ。とりあえず瞑想しようか」

「は、はい……」


 という事で、フェラムはカテナの指示通りに草原の上で足を組み、坐禅の姿勢で瞑想を始めた。


(……これ、本当に強くなるための特訓……なのかなぁ……?)


 フェラムの中に一つの疑問が残っている。

 フェラムのイメージしていた特訓とは、山の登り降りを重りをつけて繰り返したり、腕に鉄塊を括り付けて剣を振ったり、人を上に乗せて腕立てだったりだ。

 しかし、実際には座り込んで静かに目を閉じるだけ。それ以外のことは何もしない。


(…………。こんなので特訓になるのかなぁ……)


 フェラムには甚だ疑問でしかなかった。

 カテナはこれが強くなる第一歩としていたが、本当に自分に魔法の才覚があるのかもわからない。

 こんなことをするよりも身体面を鍛えたほうが良いのではとすら思ってしまう。


(でも……カテ――師匠がこれをしろって言うなら、きっと強くなるためには必要……なんだろうなぁ……)


 フェラムは漠然とそんな感じでしか理解はしていないのだ。なんで落ち着くことで魔力を知覚できるのか。なんなら、自分も暮らしの中でリラックスはしている。

 それにも関わらず、魔力の存在を知覚できないのはなぜなのか。


(僕……あんまり賢くないからわかんないや……)


 頭を悩ませるも、やはり結論など出ない。

 そんなことで頭を悩ませていると、どうしても体が右に左にと揺れてしまう。


「――雑念を抱かない!」


 カテナの喝と共に、フェラムの頭に衝撃が走った。


「あいだっ!?」

「何を考えているのかは知らないけれど。必要なのは無の心だよ」

「は、はい……」


 フェラムは杖で引っ叩かれた頭を摩りながら、再び坐禅を開始した。

 次は極力なにも考えないように。ただひたすら無心に。頭を空っぽにして――。


(いや、無理――っ! 考えないようにすればするほど頭に雑念が浮かんでくる!)


 フェラムは目を閉じたことにより、聴覚、嗅覚、触覚が鋭敏になってしまっている。

 そのせいで余計な情報が脳内に流れてくる。

 空を自由に飛ぶ鳥の羽音。湖に満たされた心地いい水音。風が穏やかに吹き抜けていく音。葉がそよいでいる音。

 そこに、花の芳しい匂いや草原の爽やかな匂い。暖かな日差しに心地いい風。


(…………眠くなってきたかも)


 フェラムの鋭敏になった五感が、彼の心を溶きほぐしていく。

 修行と意気込み、緊張しきった精神が弛んでいく。その過程でフェラムの中にあったなにかが消えていく。自然と溶け合っていく感覚。


(…………。……やばい、かも)


 意識は徐々に暗闇へと落ちていく。

 緩みきった緊張感は、フェラムに眠気という名の誘惑を垣間見せてくる。


(………………)


 意識は完全に暗闇の底へと落ちた。

 睡魔に抗うことができず、フェラムは深い深い眠りの底へ――


「――――寝るなぁっ!」

「ふみゃ――っ!?」


 先程よりも強くなった杖での殴打。

 勢いよく打ち付けられた後頭部には、たんこぶが一つできてしまった。


「す、すみません……」

「まったく……しょうがない奴だなぁ、キミは」


 カテナは呆れ返ったようにそうこぼした。

 フェラムもしょんぼりとしながら、カテナの説教を聞く準備をしている。


「……できるまで何度もやろう。ボクは何度でも付き合うからさ。なんたって……師匠、だからね!」


 カテナはフェラムを説教することはなく、再び坐禅をするようにと指示を出した。

 フェラムもそれに従い、みたび坐禅を始めた。

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