第5話 どうせ助けられるなら――
シルワ村の集会所。
そこにある丸テーブルを四人で囲むようにして座っている。そのうち三人はフェラムとカテナ、そして集会所に案内したポルタ。
「……さて、カテナさんと言ったかな? 貴女はあのドラゴンがなぜこのような場所に出たのか知っているんだね?」
白い髭を生やした老父がカテナにそう聞いた。老人の名前はヴィラ。シルワ村の村長である。彼の手にはボロボロの杖が握られており、これは腰を悪くして以来愛用しているものだ。
そんな彼の質問に対して、カテナは静かに首肯する。
「あのドラゴン……『ルブラムドラゴニス』はとある
カテナは「しくじったよねぇ」と頬を掻きながら笑っている。
「……なるほど。あのドラゴンは現在どうなっているのですか?」
「右腕は吹き飛ばしたけど逃げられちゃった」
「……そうですか」
ヴィラはカテナの言葉を聞いて黙った。
流れる沈黙を割くように、ポルタが右腕を挙げた。
「……なぁ。カテナちゃんならあのドラゴンを倒せるのか?」
当然の疑問だ。なにせ『ルブラムドラゴニス』はカテナと戦い逃亡した。しかも、その右腕を奪ったという。そして、カテナの口振りからするに本当に倒せたのだろう。
だからこそ、ポルタはまず初めにこれを聞かなくてはならないと考えていた。
「倒せる。断言するよ。ボクはあの蜥蜴もどきに遅れを取るほど老いぶれてないからね」
カテナは澱みなくそう答えた。
ポルタは愕然とした。ポルタも昔、ドラゴンと戦ったことがある。その時は隊の半数ほどの死者を出して、なんとか討滅した。
そんな経験があるからこそ、カテナ一人でドラゴンを倒せるなど微塵も思っていないのだ。
だが、彼女は断言してのけた。あまつさえあの凶悪な魔物を『蜥蜴もどき』と言い放ってみせた。
(……やっぱり、カテナさんは僕なんかよりも全然強いんだ)
フェラムは唇を噛んだ。
フェラムの脳裏にはドラゴンに襲われ、なにもできなかった自分の姿が過った。腰を抜かした体勢で、情けなく剣を振るだけの自分の姿が。
そんなフェラムを余所に、ポルタはカテナに対して話しかける。
「カテナちゃん……。あんたも知ってるだろ? ドラゴンがどれだけ恐ろしいか」
「知っているよ? でも、ボクはそれ以上に恐ろしい存在を知っている」
カテナとてドラゴンの脅威を知らない訳ではない。しかし、彼女が千年生きてきた中で、ドラゴンの脅威など大した脅威ではないのだ。
「……キミたちに少しだけボクの話をしようか。ボクは旅をしていてね。その旅の中で、ボクはドラゴンより恐ろしい……『魔族』と戦ってきた」
「――『魔族』!?」
驚きの声を上げたのはポルタだった。
『魔族』。それは魔物を支配する怪物であり、その全員が人のような姿をしている。狡猾で悪逆。数こそ少ないが、一度街に現れれば大きな被害が出る『大厄災』。
カテナはそんな化け物と戦ってきた。それと比べれば『魔物』という区分を出ないドラゴンなぞ、大した脅威にならないのだ。
「…………失礼。『魔族』はここ四十年ほど姿を見せていないはず。一体、貴女は何年ほど前から生きておられるのですか?」
今まで人が種族として繁栄してこられたのは単に『魔族』の出現する頻度が数十年単位だからだ。
ヴィラの目に映る少女は良くて十六歳ほど。とてもじゃないが魔族と戦っていたなど思えない。だから、ヴィラは自分の知らないところで『魔族』の襲撃があったか、そもそも見た目と年齢が釣り合っていないかのどちらかと考えた。
「……そうだね。ボクは軽く千年は生きているかな。千年前は『魔族』もいっぱいいたしね」
「――まさか……『不死の魔女』!?」
ヴィラは驚愕した。
『不死の魔女』。千年前、まだ『魔族』が蔓延っていた時代。とある英傑たちと『魔族』の王を討ち取った魔女。その後、死ぬことも老いることもなく、ただ旅を続けたという伝承が残るお伽話のような存在。
「……そうだ。ボクがその『不死の魔女』ってやつさ」
カテナは少し顔を歪める素振りを見せたが、それを悟らせることなく言い退けた。
ヴィラはカテナが『不死の魔女』であると知り驚いた。が、それ以上にドラゴンの対処を心配する必要はないのだと安堵していた。
「ならばカテナ様に任せれば何も問題は無いのですね?」
ヴィラはカテナにそう確認をしている。ポルタも既にカテナに任せようと思っているらしい。
そんな二人の様子を見て、フェラムは焦りの感情を抱いていた。
(僕は……ドラゴンに対して何もできなかった……。あんなみっともない姿を晒した。カテナさんに助けて貰った……。なのに、また助けて貰うのか?)
フェラムの中にあるくやしさ。何もできず、腰を抜かして、恐怖に震えた。それは本来普通の反応だ。誰だってあの状況ならフェラムと同じになっていた。
だが、カテナは違った。彼女は千年を生きる魔女で、フェラムとの力の差は圧倒的だ。故に、カテナに助けられたのは必然だったのかもしれない。
でも、どうしてもそれをフェラムは肯定できなかった。子供ながらの意地であることもわかっている。仕方ないと目を背けることもできた。
(僕は……このまま……)
だが、フェラムの子どもの部分がその悔しさから目を背けるなと告げているのだ。
フェラムは両親の最期を見届けることはできなかった。フェラムは両親の仇であるそれを知らない。だからこそ、いつか因縁が巡ってきた時に強くあろうと幼いながらに誓ったのだ。
その結果があのざまだった。胸中に渦巻く悔しさは計り知れない。
「うん、ボクに任せてくれれば――」
フェラムは拳を握りしめる。
彼の
彼の意思が、このまま目を閉じ続けるのかと囁いてくる。
(……いやだ。どうせ助けられるなら――)
カテナの寂しそうな顔を思い出した。
彼女は独りぼっちで悠久を彷徨い続けてきた。なら、せめて――
「――僕に……あのドラゴンと戦わせてくれませんか?」
カテナの言葉を遮って、フェラムは思わずそうこぼした。
彼の言葉にカテナを含めた他三人は一様に黙りこくった。ここに来てから今まで何も話さなかったフェラムが、初めて話した言葉。
その衝撃が彼らの口を止めたのだ。
「――正気か、フェラム! お前……ドラゴンがどれだけ恐ろしいと思って……っ!」
最初に言葉を発したのはポルタだった。彼は腕を広げて、ドラゴンの恐ろしさをアピールしようとしているようだ。
「……知ってるよ。もう近くで見てるんだから」
しかし、フェラムも昨夜ドラゴンと出会いその恐ろしさを体感している。その瞳に揺るがない決意があるのを見て取ってしまったポルタはもう何も言えなくなり口を閉じた。
「ならば、なぜ戦おうと思ったんだい?」
ヴィラは優しい声でフェラムにそう聞いた。
「悔しいんだ……。僕は……恐怖で動けなかった……。だから、リベンジしたいんだ」
その言葉にヴィラは笑みを浮かべる。
フェラムは今まで自分のために我儘を言うことはしない子供だった。他の人の顔色を見て、やりたくないことでも率先してやるような子供。
両親を亡くした後、フェラムの面倒を見てきたのはヴィラだった。彼はフェラムを孫のように可愛がってきたのだ。だからこそ、どこか嬉しいような悲しいような複雑な感情が心を支配している。
「そうかい。なら……私は止めない」
だからこそ、ヴィラはフェラムの我儘を認めた。
「ドラゴンの習性からして、ここに戻るまで二週間ほどだろうね。あれはプライドが高いから、傷が癒え次第すぐにここに来るだろう」
「……はい」
「キミ自身……実力が足りないのはわかってるだろ? どうする気だい?」
カテナはフェラムの瞳を見て、問うた。
フェラムがドラゴンに勝つには、この二週間あまりで莫大な成長を遂げなければならない。そんな事は、カテナもフェラムも知っている。そして、誰が一番適任なのかも。
「…………。……カテナさん。僕を弟子にしてください。僕を……ドラゴンが倒せるくらい強くしてください!」
フェラムはそう言って、頭を下げた。
フェラムのその言葉にカテナは微笑みを浮かべる。そして、右手で何フェラムの肩を叩き、顔を上げるように指示をする。
「わかった。ボクがキミを育て上げる。これから、ボクの事は師匠と呼ぶように!」
カテナは笑顔でフェラムにそう言い放った。
フェラムもそれに笑顔を浮かべる。
「――はい! これからよろしくお願いします、師匠!」
そして、声を喜色に染め上げながら、そう返答した。
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