第4話 いざ、シルワ村へ

「…………。………嘘だろ」


 カテナが戦いの場に着いた時には、フェラムが『ウルグィス』に勝利を納めていた。

 カテナはただただ唖然とした。

 『ウルグィス』の毛皮の耐刃性の高さはカテナも知っていた。それを狩るためには、魔法を使える者たちが導入されることも。

 『ウルグィス』相手に剣一本で戦うのは無茶な話だ。それもフェラムはあのボロボロの短剣で殺してみせた。


「…………」


 カテナも千年間生きてきて規格外と言われる怪物たちを何度も見てきた。そして、そのたびに彼女は自身が知る最強の英傑と比較し、やはり届かないと結論付けてきた。

 フェラムもこんな森の、辺境の果てにいるから公にはなっていないが、規格外と呼ばれる部類だ。そして、やはりかの英傑には劣る。

 しかし、それはあくまで"彼"の年齢と同じだった場合の話だ。


(届く……。あの……最強と謳われたアイツに……)


 カテナはそう確信していた。

 同時にかの英傑の容姿がどうしても重なる。深黒の髪、藍色の瞳、汚れを知らない白い肌。

 どれを取っても瓜二つと言っていいほどに、あまりにも似すぎている。


「……。彼は、一体……」



☆☆☆☆



「もうすぐでシルワ村に着きますよ」

「ハァハァ……。わかった……」


 二人は現在、シルワ村近郊にある岩山を登っていた。

 『ウルグィス』の死体はカテナの魔法により宙に浮かんでいる。

 カテナ曰く――


『この魔法――【シュヴァイメンド】は浮遊の魔法だ。ただ浮くだけだから飛行魔法とはまた別』


 ――とのことらしい。

 浮遊魔法とは別に飛行魔法もあり、物を運ぶときは浮遊、移動の際は飛行魔法というように使い分けるらしい。とはいえ飛行魔法は魔力の消費が激しく、移動手段として使うことは少ないらしいが。


「…………ゼェゼェ。ま、まだかな……?」

「もうちょっとですね……。……大丈夫ですか? 大丈夫そうじゃないなら背負いますけど……」


 カテナの息は酷く荒れていた。

 汗だくになりながら、疲労でパンパンに張った足を鼓舞してなんとかフェラムに着いてきている。


「だ、大丈夫……さ。ボクは今まで旅をしてきたんだ……。歩く……ことだって……ハァハァ……慣れている……」


 カテナはそう強がってみせるが、息の荒れ具合などから見てもとてもじゃないが大丈夫そうには見えない。

 浮かせるのに魔力を使い、おまけに岩肌を登らせて体力も使わせているのだ。まだ岩山の頂上の半分程度までしか登っていないが、それでも限界は来ているだろう。


「…………やっぱり背負いますよ」

「いや、大丈夫……大丈夫、だ……」


 フェラムがカテナのそばに駆け寄っていく。

 フェラムの体はカテナより小さいが、体力や力の面で見れば彼女よりも遥かに上だ。


「遠慮しなくて大丈夫ですから。それに、こういう山を登るときは無理しちゃダメなんです」

「…………き、キミはボクを背負っても平気なのか?」

「そりゃあ平気ですよ。狩った獲物を持って、この山を登ってるんですから。それに比べたらなんてことありません!」

「じゃ、じゃあ…………お願い、するよ……」


 フェラムは腕を捲り、力こぶを見せつける。

 しかし、外見ではとても力こぶがあるようには見えず、森の中で駆け回っているにしては白くて細い腕を見せつけている。

 とはいえ、カテナもフェラムの異常とも言える身体能力を見ているので、その言葉に甘えて大人しく背負われることにした。

 フェラムの方が小さいためか、カテナが背負われている姿はどこかチグハグだが、フェラムはそれを意に介する様子を見せない。


「――よしっ! それじゃあここからは全速力で行くのでしっかり捕まっててください」


 フェラムはそう宣言すると、突き出した岩へ向かって――目にも止まらぬ速度で、跳んだ。


「ちょおおぉぉおっ!!!!?」


 絶叫。

 カテナ自身今まで味わったことのない速度感。

 少しでも力を緩めてしまえば、一瞬で振り落とされてしまう。そんな確信からか、カテナはフェラムの首に回した手に万力を込めてしがみつく。

 フェラムはそんなもの気にも留めず、カテナを羽でも背負っているかの如く軽々と登りつづけていく。


(化け物だっ! この子は……運動神経が優れているなんでものじゃないっ!)


 カテナの中でフェラムの評価が改められた。

 それと同時に『シルワ村』の人間も、フェラムと同様に化け物じみた身体能力を持っているのかもしれないという想像が脳裏を駆け抜ける。


(ていうか……っ! このままだと、振り落とされるっ! 私の腕が持たないかもしれないっ!)


 カテナに押し付ける風圧が、彼女の腕に過酷を強いてくる。筋肉が痙攣を始め、力がどんどん抜けていく。


(あぁ、やばいぃ!!)


 限界が近づいてきた。

 カテナは永遠にも思えるその苦行を、なんとか気合いで踏み止まっている。

 そんな地獄のような中で、カテナの耳に待ちわびた言葉が聞こえた。


「あ、もうすぐでシルワ村です!」


 フェラムがもうすぐで着くとそう言った。

 カテナは喜んだ。ほんの十分ほどもしがみついてはいないが、それでも既に腕は限界を迎えている。運動神経皆無のカテナにとって、この登山は過酷すぎた。それこそ彼女がマグマに落ちた時よりも。

 そのときは熱さに耐えれば良いだけでそこまでの苦痛ではなかった。だが今回は違う。根本的な体力や肉体の貧弱さを突かれた死よりも辛い体験だった。


「や、やっと着くんだね! やったあぁぁっ!」


 カテナはようやく苦しみから解放されると安堵した。そして、喜びから両腕を天高らかに上げた。――そう、上げてしまった。

 瞬間、未だ衰えていない速度の中でカテナを支えるものがなくなり、その体が風圧によって後ろへと吹き飛ばされた。


「――カテナさん!?」


 そして、フェラムがそれに気づいた時にはもう遅かった。


「――――へゔっ!?」


 カテナは吹き飛ばされた勢いそのままに岩肌に顔面を擦り付けた。飛び散る肉片、流れ出る血潮。岩山は一瞬にして凄惨な光景になる。

 そのままずり落ちていくカテナの体はほんの少し下った先で、枯れ木に引っかかり止まった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 フェラムもすぐさま彼女の元へと駆けつける。


「あぁ……大丈夫大丈夫。どうせ死なないし」


 カテナは起き上がりながら顔面の再生を始めている。


「な、なら良いんですけど……」


 フェラムは瞬時に元通りになった顔に驚きつつも、再び彼女を背負い、今度はゆっくりと歩みを進めた。

 そうして、なんだかんだで山頂部へと辿り着いた。


「ここから見えますよ。ほら、ちょっと降りたところにあるのがシルワ村です」


 フェラムが指を指した方をカテナも見ると、確かにそこには小さいが確かに集落が存在していた。


「……あれがか」


 フェラムは「降りましょう」と言って、ゆっくりと山道を下っていく。

 カテナもそれに倣い、山道を下っていく。

 この山道はどうやら村民が整備しており、ある程度問題なく進めるくらいにはなっている。

 シルワ村は岩山の中腹に位置している小さな村だ。林業や狩猟を主な生活の基軸としている。若い村人たちは全員村から出て、山の麓にある街で出稼ぎをしている。

 人口はおよそ三百人ほどで、子供も両手で数え切れるほどしかいない。

 シルワ村は木の囲いで囲われている。魔物の大量発生が起きた時、この塀を使って対抗するために、囲いの外には門兵のような人間が立っている。もっとも鎧や槍などという立派な武装は持っておらず、手に握られているのは三又の鍬だ。


「ただいま、ポルタさん」

「フェラムっ! おめぇ、今までどこで何してた! ドラゴンが出たってんで村ん中は大騒ぎだったんだぞ!」


 スキンヘッドが特徴的な強面の大男――ポルタと呼ばれた門兵が、フェラムの肩を揺さぶりながら、そう問い詰めた。


「……えっと。狩りに行ってて……その途中でドラゴンに出会したんだけど……」

「本当か!? 怪我はないのか!?」

「う、うん! ない、ないから! 後ろにいるカテナさんが追い払ってくれたんだ!」


 フェラムがそう言って、カテナの方を指で指してみせた。

 ポルタは後ろで黙って待っている少女を上から下までジーッと見る。そして、カテナの方へズカズカと近づき始めた。

 カテナは何か責められると思ったのか、手で顔を守り来るかもしれない衝撃に備えた。


「……あんたが。あんたが……フェラムを助けてくれたって?」

「あ、ああ……。そうだが……」

「……そうか」


 しかし、予想に反してポルタはカテナの手を取った。


「……ありがとう」

「へ?」

「ありがとうな! フェラムを助けてくれて感謝しかねぇよ!」


 そうして、ポルタは興奮気味にカテナの手をブンブンと振りはじめた。


「あ、あぁ……気にする必要はないけど……」

「立ち話もなんだし! さ、通ってくれ! 村役場で少し話そう! ささ、どうぞ!」

「え? あぁうん……」


 呆気に取られたままカテナは村に案内された。

 その後ろをフェラムは笑みを浮かべながら着いていった。

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