第3話 軽く狩りへ…
「……ほんとにごめんよ。あくまでジョークのつもりで言ったんだが……」
「い、いえ……僕の方こそお恥ずかしいところをお見せして……」
二人は歩きながら先程のことを思い出した。
フェラムは醜態を晒したことを恥じ、カテナは彼の心を更に抉るような事を言ったことを反省している。
二人の間に流れるギクシャクとした雰囲気はとても居心地が悪い。何か話題を探して話してみたが、どれも一言二言交わしただけで話は終わってしまう。
「……キミの家はこの先かい?」
「はい……。まだちょっと歩きますけど……」
二人は現在フェラムの家へと帰っているところである。さすがに森の中で話し込むのもあれだという話になり、シルワ村にあるフェラムの家へと向かう事になった。
そんなわけで二人は川の流れに沿って、シルワ村へと向かっている途中だ。
「…………」
「…………」
今日何度目かわからない沈黙。彼らの耳に入るのは風が葉を掻き分けて吹き抜ける音や、清流が穏やかに流れていく音。
――ギュルルルルゥ……。
そして、フェラムのお腹が空腹に泣いた音……。
「――ぷふっ……。フ、フフフフ…………」
フェラムは突如として鳴いたお腹を押さえながら、今も吹き出しそうになるのを我慢しているカテナを睨みつける。
「わ、笑わないでください!」
フェラムは更なる醜態を重ねてしまった事により、顔を茹で蛸のように赤くしている。その目をどこか潤んでいるように見える。
「ご、ごめんよ……! ぷ、ふふふふ……!」
カテナは謝罪の言葉を口にした。しかし、笑いのツボに入ってしまったらしくなかなか笑いが収まらない。
「しょ、しょうがないじゃないですか! 晩御飯も食べてないですし! せっかく獲った鹿もドラゴンが落ちてきた時に真下にあったせいで潰れてたんですから!」
フェラムは焦りながらも必死に言い訳を並べていく。
その必死さがさらにカテナの笑いのツボに入ったらしく、いよいよ隠すこともなく口を開いて大笑いしてしまう。
「アハハハハ――ッ!」
「……ぐぅぅぅ!」
フェラムは歯を噛み締めて、大笑いを続けるカテナを睨みつける。
その様子に気づいたカテナは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、フェラムの頭に手を置いた。
「じゃあ……なにか軽く狩りに行こうか」
カテナは狩りを提案した。しかも"軽く"と。
狩りの難しさを知るフェラムにしてみれば、カテナの考えは甘すぎるとしか言えない。そもそも魔物たちは身を隠すのが上手い。それもそうだろう。人に狩られる魔物は大体が弱い。
外敵と接敵して負ける確率の方が高いのだ。ならば、そもそも敵に見つからないようにするのは理に適っている。
あの『グラッドケウルス』ですら、三時間ほど森に潜ったやっと一体見つけたレベルだ。
「……軽くとは言いますけど、魔物を見つけるのはかなり大変なんですよ?」
「なぁに。心配する必要はない。すぐ見つかるよ」
カテナは自信に塗れた笑顔を見せた。そして、自身の背と同程度の長さを持つ杖を前に掲げ、集中するために瞼を閉じた。
フェラムには彼女の行動と自信の根拠がわからない。彼の脳内にはハテナが幾つも浮かんでいる。
「まぁ見ててよ。【エルケネン】」
すると、カテナから魔力の波が放たれた。しかし、それは決して破壊力やダメージがある訳ではない。木々も倒れていない所を見ると、攻撃系統の魔法ではないことがわかる。
だが、フェラムにわかるのはそこまでだ。
カテナは自信満々に意味のない魔法を使ったのか。しかし、彼女は千年を生きる魔女だ。そんな意味のない魔法を使うだろうか。
(カテナさんは……一体どんな魔法を使ったんだ……?)
フェラムは魔法に造詣は深くない。それどころかどんな魔法があるのかすらあまり知らない。彼が唯一知っているのは『燃やす魔法』や『凍らせる魔法』までだ。
「……見つけた」
「――え?」
カテナは目を突然開いたかと思えば、冷然とした声でそう呟いた。
「フェラム君……ここから東の方角……距離三百メートル辺りに魔物がいるよ」
「――なっ!?」
カテナが東の方角を指差した。
フェラムはカテナの指した方角を注視する。
木の幹の間隙を縫って行った先、枝葉の陰に隠れてその姿を完璧には視認できないが――――確かになにかがいる。
その事実を認識したとき、フェラムは驚愕に染まった表情で一瞬で魔物の位置を割り出した魔女を見た。
「行こうか」
カテナは杖の構えを解き、フェラムの方を向き直りそう言った。
フェラムが驚愕で固まったのは一瞬。カテナに首肯を返して、その腰から短刀を抜き放った。
「僕が先行します」
「あぁ」
フェラムは一言言うと、足に力を入れる。
そして、地面を抉る勢いで蹴り出し、東の方角へと猛スピードで駆けていく。
カテナも走り出したが、フェラムの速度は常人の域を超えている。カテナを簡単に置き去りにして、更なる加速を敢行した。
「…………どんな速度をしているんだ」
次に驚愕させられたのはカテナの方だった。
フェラムは子供離れ――どころか人間離れした速度で木に衝突することなく、どんどん速くなっていく。
「それに、あの短剣……」
――刃の部分がガタガタだった。
とても魔物の皮膚を切り裂けるようには見えないボロボロの短剣。
「急がないと不味いな……」
カテナは足をもつれさせながら、フェラムの元へと向かった。
☆☆☆☆
「あれか」
フェラムの目に完璧に魔物の姿が映った。
その魔物は三メートルほどの体躯をしている。その茶色の毛は硬く耐刃性が尋常じゃないほどに高い。そして、何より特筆すべきはその手から伸びる長い爪。木ですらするりと切ってしまうほどの鋭さを持つ。
熊型の魔物だ。その名は――
「――『ウルグィス』」
『ウルグィス』。森に住む生物の天敵。他の魔物をその鋭い爪で襲うことからそう名付けられた。そして、それは人間さえも例外ではない。
この熊は毎年数十名ほどの人を殺しており、『森の悪魔』などと言う悪名も轟くほどの危険な魔物だ。
「その肉は適度な脂身でくどくなく、獣のような臭いもしないから美味しいんだっけ……」
ごく稀にだが『ウルグィス』の肉が市場に回ることがある。その価格は百グラムあたり二千ゼルほどの高額な価格で取引されている。
それほどにまで稀少でさらには美味とされている。
「ごめんね。狩らせてもらうよ」
『グルルウゥゥゥッ!』
手に握った短剣。その切先を『ウルグィス』に対して向ける。
それを見た『ウルグィス』もフェラムを狩るために体勢を低くした。
「――フッ!」
『――――ッ!』
一瞬の錯綜。
フェラムの短剣と『ウルグィス』の爪が火花を散らす。
どちらもダメージを与えることができず、その体をすぐさま反転させる。
しかし、小柄なフェラムの方が小回りは効く。
『ウルグィス』よりも速く、身を翻した勢いに任せてその胴体に刃を振り抜いた。
それは『ウルグィス』の体毛の堅さをもろともせず、その皮膚を裂き深紅の鮮血を飾る。
(――浅いっ!)
しかし、切れたのは薄皮一枚。
その体毛と皮膚、何よりもその筋肉に阻まれ致命傷を与えるには至らなかった。
そして反撃と言わんばかりに『ウルグィス』はフェラムへとその爪を上から振り下ろした。
「あっぶな……っ!!」
フェラムそれを後ろに飛び退くことで、間一髪のところで飛び退いた。
(今の攻撃が致命打にならなかった。筋肉が厚い。薄皮を裂くのが精一杯。狙うなら首……いや、論外だ)
フェラムは首を落とす事を考えたが、すぐにそれを論外として切り捨てた。
そもそも『ウルグィス』の首は筋肉や体毛、皮膚よりもさらに硬いもので守られている。――骨だ。
フェラムの持つ短剣では『ウルグィス』の骨を断って首を落とす事は不可能に近いだろう。そうなればいよいよ手詰まり。フェラムに『ウルグィス』を倒す手段は皆無に等しい。
(――やるしかない)
フェラムは再び『ウルグィス』へと肉薄する。
それを迎え討たんと『ウルグィス』その両手を振り上げた。
そこで後ろではなく前へ。更なる加速をもって懐へと潜り込む。
「はぁっ!!!」
そして、一閃、二閃、三閃――と、計六回の斬閃を叩き込んだ。
しかし、その裂傷も皮膚を少し裂くだけ。出血量はごく微量だ。
『ウルグィス』も負けじと右腕を振り下ろす。
フェラムは振り下ろした右腕のある場所へ潜り込む。
そこは『ウルグィス』自身が作り出してしまった死角――振り下ろしたことで視界の端へ追いやられた右脇部分。
「――ふっ!」
フェラムは右脇腹へ刃を突き立てた。
『ウルグィス』の毛皮は高い耐刃性を有する。しかし、それはあくまで切り付ける攻撃に強いということ。すなわち、刺突に対しての耐久性は決して高いとは言えない。
故に、突き立てられる刃を遮ることができるのは己の皮膚と筋肉のみ。
フェラムの斬撃の効果が薄かったのは毛皮のせいであり、それさえ解決してしまえばどうなるかは明白だ。
「ハアァァァァ――っ!」
『ガアアアァァァアッ!!!?』
フェラムは突き立てた刃に全力を込めて前へと押し込んでいく。刃は『ウルグィス』の筋肉に遮られながらも、それらを引き裂いていく。
それに抵抗しようと『ウルグィス』は左の爪でフェラムを引き裂こうとしている。が、それが逆に『ウルグィス』の寿命を縮めることとなった。
体を捻ったことによる一瞬の筋弛緩。
刃を引き留めていた筋繊維たちはその力を極端に失う。結果――力を込められていた刃が、緩んだ筋繊維をブチブチと引き裂きながら『ウルグィス』の脇腹を掻っ捌いた。
『――――ッッッ!!!?』
声にならないほどの絶叫。
毛を濡らし、赤く染める夥しい量の出血。裂かれた脇腹から顔を覗かせる内臓。『ウルグィス』はその巨躯をふらつかせている。
『――フゥゥゥゥ……』
右脇腹を押さえながらもなんとか攻撃をしようと『ウルグィス』は左腕を横に薙いだが、多量の失血と脇腹の傷が深いあまりに動きは鈍い。
さらに口からも血が滲み始めている。
「……すぐ、終わりにしよう」
フェラムはそう言うと、低い位置にある左腕を踏み台にして跳躍した。
そして、首元へと接近すると、首に刃を滑らせた。
皮膚が裂かれた先、首に存在する太い血管――大動脈が切られ、そこから血が吹き出した。
その血はフェラムの短剣、それを握る右腕、右の頬を赤に染めていく。
『――――』
「…………僕の勝ちだ」
首から溢れ出した流血により、体内の血の半分は流れ出ただろう『ウルグィス』はその瞳から光を失った。
そして、体を右へ左へよろけさせながら、ついに体を前へと倒した。
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