第3話 ボクっ娘、疲れる
「お、おおお、驚いてなんかないですっ!」
この心臓のドキドキは驚いたからであって……!変な意味は無い……!こんなところに深い意味なんてあってたまるかーー!
「だ、だいたい変すぎるんですよっ!いきなり閉じ込めたり脅迫まがいの勧誘したりっ!そんな人にドキドキなんてするはず……」
五十嵐部長を指さして、叫ぶ。若干視界が滲んでいて、自分が涙ぐんでいることに気づいた。ただノートを届けたかっただけなのに……道に迷っただけなのに……。
「ふーん……」
五十嵐先輩がニヤッと口角を上げる。そしてボクにずんずんと近づいてくる。その距離、わずか数センチ……。
「ドキドキしたんだね〜。わかってる?必死に否定すればするほど、真っ赤な顔見せれば見せるほどドキドキしてるってバレちゃうよ」
意地悪そうな顔で、五十嵐先輩が覗き込んでくる。その顔は今までのいつよりも楽しそうで悔しい。ボクは、先輩の懐に入る天才だって言うのに……。
「え、えっと……」
いつもだったらどう言えば気に入られるか、どんな対応をすれば好かれるかすぐに判断できる。思ってもないことを口に出すことだって造作もない。それなのに、どうして上手く言葉が出てこないの……?
「ん?どうした??」
変で、変で、おかしくてたまらないこんな人にのぞき込まれたってなんともないはずなのに……。心臓がうるさい。このボクが、こんな人に動揺しているなんて自分で自分を許し難い……。
「む、無理ですっ!!」
ボクは、思わず目をそらした。逸らしたら負けな気がしていたけれど、そのまま見つめあっているなんて無理だった。心臓が持たない……!
「こらこら、いじめないの」
「あんなのは、適当にあしらって放っておけばいいのよ」
夏織先輩と夏澄先輩が両隣に立ってフォローしてくれる。夏織先輩は呆れたように五十嵐部長を見ているし、夏澄先輩はボクの頭を撫でてくれている。あ、優しい……。
「五十嵐部長……」
部長が、不服そうな顔をしていたので名前を呼んだ。すると、ジト目でこちらを見てくる。さっきの余裕そうな表情とは正反対の拗ねた子供のような目。
「智季。下の名前で呼ばれる方が好きなんだ」
え、ええ……。何その、リクエスト……。ぼ、母性本能をくすぐろうって!?その手には乗らないですからね!
「えっと、あの……と、と……」
ここはあえて、なんでもなくスムーズに智季先輩と呼びたかった。それなのに声がつっかえて出てこない。なんで、呼べないのボク……!
「智――」
「五十嵐!あんたのお客様もう来てるんだけど!?」
「部長〜、ちゃんと仕事しなさーい」
「リーダー、予約放棄は残業案件ですよ?」
頑張って呼んでみようと試みたけど、誰も呼んでなくないか……?ボクの努力って!?まあ、いいやこれならボクだって無理に呼ぶ必要ないってことだもんね。
「やっほー、遅れちゃった♡」
語尾の上がった謝罪に視線を向けると2人の女子生徒がやってきた。栗色の髪の毛をツインテールにした
「紅音様!夜宵様!」
このふたりは、一部の人達に熱狂的な人気があるらしい。だから、この部ってそういう需要を満たすための部じゃないよね?まだ入部した訳でもないのになぜボクが部の存在意義を考えてるんだ……。
「生徒会の集まり参加してたら遅れちゃった♡みんな、ごめんね」
紅音先輩がウインクしながらファンたちに謝る。さながらアイドルのような振る舞いにちやほやされることに慣れているのだろうと思った。人の前に出ることになんの躊躇も無さそうだ。
「疲れちゃったなぁって思ってたけどみんなの顔見たら癒されちゃったな♡」
その言葉にファンたちの心臓が射抜かれているのがわかる。よく恥ずかしげもなくそんなこと言えたなぁ……。ボクは、若干引き気味にその光景を見る。
「あの人、何者……」
只者では無い雰囲気を醸し出している紅音先輩に思わず声が出てしまった。まずもって普通の生徒にはファンなんかつかない……。というか、この部に入ってる時点で普通の生徒じゃないか……。
「紅音先輩は生徒会長だぞ?春峰も見たことあるだろ?」
そう言われてみればそうだ……!だからって、あの人気ぶりは普通じゃないけれど。あの対応も普通じゃないけどね……!?
「ノートを届けに来ただけなのに……」
ボクはぼそっとつぶやく。今頃、普通に先生にノートを渡して帰っている頃だ。それなのに、なんでこんなに疲れる場所にいるんだろう……。
「春峰は学級委員か何かなのか?」
五十嵐部長が首を傾げながら、私の顔を覗き込んでくる。ボクはその質問に素直に首を振った。そんな事実はないからだ。
「違います。でも成績とかで勝手に優等生キャラにされちゃうんで、雑用とか気軽に頼まれやすいんですよね」
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