第9話 幽冥

「じゃあ僕早速漁って…探してみるから〜!」


 その言葉と共にぱたんと静かに永夜の扉を閉める。

 時刻は既に12時、実に半日滞在していた。泊まりも何回かやっているので珍しいことではない。


「……少し大人びてたな」


 ぽつりと零してから歩き出す。


 妙な成長と言うべきだろう。無理な成長とも言うだろうか、卒業時から比べても圧倒的な成長を見せている。


 元々落ち着きのある性格だったので傍目からは分かりにくいし自分でも言葉にできないが、責任感が増えたというか。


「(夏まで持つといいけど…、あれは無理かな)」


 今は春、出会いの季節と言うものだが親友にとっては決意の季節となってしまったのだろうか。


 それはそれとして気になる情報もあった。

 雷の血筋なんて聞いたことない、自分が知らないものがあるのはロマンでしかないが話に聞く限り強い。


 そんな強い家柄を知らないのはプライドが傷つく。

 プライドなんかほざいてる時点で僕はやはり子供なのだろう。


「(ん?)」


 永夜の敷地の外の道を歩いている男性が犬を連れて歩いていた。犬は大型犬でゴールデンレトリバーとかいう品種だろうか。


 それだけでは目にとまる原因にはならない。


 目にとまった理由はその男性が巨大ということ。優に身長180cm以上ある。サングラスをかけている男性だがそのせいで不審者レベルが上がっている。


 そしてその男は辰星に声をかけた。


「君は…辰星水樹かな?」



 ❖



 その男は幽冥零ゆうめいれいと言った。


「すまないね、いきなり声をかけてしまって」


 病的なまでに白い肌、銀髪に紫色のメッシュ。髪は長く、長いこと手入れしていないのが分かる。


「水樹、君には1度声をかけておかねばと思っていたんだ」


 そして辰星は零の家に招かれた。


 ちらりと家の中を観察する。

 窓は全て遮光カーテンがかけられており日中だと言うのに日光が入らないせいで薄暗い。照明はあるが紫色の照明で薄暗さに拍車をかけている気がする。

 整理整頓はされているらしく小綺麗で埃一つ無い。


 そして何より壁によりかかるように立てられている黒色の槍が気になる。


「口にあえばいいのだけど」


 と差し出されたのは甘い匂いのする紅茶。

 紅茶にはあまり詳しくないが高いというのは分かる。


「……で、僕に何の用だろう、誠也にならまだ分かるのだけど」


「うん、そうだね…」


 腰を下ろしながら紅茶を啜り一つ間を置き


「趣味かな」


「はい?」


 この男は見た目通りの不審者かもしれない。



 ❖



「水樹の抱いてるそれは恋心じゃないのかい?」


「そう……じゃない。僕はただ"夢"を託してるだけだ。勝手にね」


 不審者かと身構えたが単純にこの男…零は若者の青春を聞きたかっただけらしい。それ以外にも用はあるようだけど合わせておくのが1番だ。


 話に聞く限りこの男は100歳を優に超えている。


「……で、本題を言おう。充分に話は聞けたよ」


「…はあ、」


 尚紅茶はとても美味しい。フルーツ系だろうか、甘さの中に紅茶特有の苦さがバランスよくあって癖になる美味しさだ。


「率直に言おう、当方は永夜の始祖を知っている」



「そ、れをなぜ僕に…?」


 辰星は永夜の血筋と全く関係がない。仲良くなったのはたまたま同時期に生まれた子供だったから。


 分家とかそういう関わりでは無いので自分に言う意味がわからない。


「……本人に伝えるにはあまりにも酷な話だからね。今の話が本当だと思うなら当方の話を永夜に伝えるといい。…相当な覚悟を持って訪問しなさいとも」


 つまり僕は仲介者に選ばれたのだろう。


 誠也と仲が良く、気兼ねなく話せる仲という事を知って。

 趣味とは言ったが友人話をさせてどんなもんか知りたかったのだろう。…楽しそうに聞いていたので趣味でもありそうだが。


「……これは僕の趣味でもあるけど…」


 それよりも先に好奇心が動く。


 長い間よく分からないで片付けられていた永夜の始祖を知っているなんて、そんなの好奇心が動くだろ。


「どんな、始祖なんだい?名前も伝わっているのかい?」


「それは辰星の君でなく、永夜の者が聞くべきだ」


「うぐ…」


 無理か。

 口が硬いらしくこれ以上は無駄だろう。何より正論だし。


 にしても酷な話とは、一体何故だ?


「そう言えば…」


 思考の沼に陥りそうだったが一つの事柄が頭をよぎる。


「封印業にはあまり関わってないのは何故?」


 槍の神秘さという特別な雰囲気、それは辰星の伝わっている杖や永夜の刀と同じく継承したものだろう。


 これまでの歴史の中に封印業で名を挙げているのもある。かなり昔で回数は少ないと記憶しているが。


「……成程、」


 ふふ、と妖しく笑ってから答える。


「当方はあまり乗り気ではない。それだけだ。」


 乗り気じゃないから、とは……。

 乗り気じゃないから会社休むと同じじゃないか…。


 だがそう言われては質問を返せない。せめてもう歳だからとか、もうそのような体力が残ってないとか言う理由だったらまだ理解出来たのだが…。


 というか言いぶりからしてまだ戦えるのか…?


「……ああ、そうだ」


 何か思い出したようで、はっとしている。


「昨夜雷鳴がここまで聞こえたのだけれど」


 幽冥の家は川に程近い。豪邸とは言えず少し怪しい一軒家と言うところ。


 そして雷鳴とは誠也の話に聞く怪しい金髪の男だろう。そして僕の探している者。


「あの雷鳴を当方は知っている」


「……ほぇ」


 意外なところで情報があったとは。

 それに永夜始祖とは違い話してくれそうだ。


「あの雷鳴の持ち主はケラウノスと呼ばれる継承されたものによるものだ」


「ケラウノス…」


 継承されたもの、つまり特別な血筋だろうか。


「そしてケラウノスの持ち主はと呼ばれる家だ」


 神在……?聞いたことがない。


「…知らないのも無理は無い。神在の始祖は早々にこの地を去っている」


 分かりやすく、理解出来ていない顔をしていたのだろうそう答えた。


「永夜の始祖…永続神が玉座から去ったその瞬間にこの地を去った。理由は誰も知らない」


 永続神、それは名称不明の永夜始祖につけられるニックネームのようなものでそれ以外にも永続様とも呼ばれる。

 名前がありすぎて分からないとも言われる原因だ。


「神在の始祖の名はゼウス。神話にも残らないくらい古い古い神だ」


「ゼウス…。」


 古い神が始祖…。そしてその始祖はこの地を去った。のに子孫が戻った。

 ……考えても分からない。


「我が始祖であるハデスの弟でもある」


「…んん?」


 ハデスの弟が

 それはおかしい。

 ハデス自体は記述は少ないと言えど今に至るまで伝えられている。一方、ハデスよりかは新しいゼウスの記述は無い。


「水樹は聡明なようだね。その理由は当方でも分かりかねる」


 予想をするならこの地を去ったからだろうか。でもこの地を去るなんて余程のことだと思うのだ。


 神が沢山居たと伝えられていてその理由は定かでは無いが有力なのは他の土地では過ごせなかったと言われている。

 他の土地は戦争だったり飢餓だったり安心して過ごせなかったのだろう。


 神とは言うが立派な生物でもある。安心して過ごせる土地に根付くのは当たり前だろう。

 その土地を離れる?…ゼウスとやらは何を考えていたのだろう。


「ゼウス以外にもこの地を去った神は沢山いる。そしてその時期は永続神が玉座から降りた時だ」


 それは永続神だったからこの土地に居た証拠。

 …一体どれだけの力とカリスマがあれば複数の神を繋ぎ止められるのだろうか。


「……ちなみにその神在とやらの名は?」


 これは1番聞きたいことだ。

 名前すら分かれば今の時代、どんな手でも情報は得られる。真偽は不明とするが。


あずま神在雷かみありあずま最低でも60年以上は生きている」



 ❖



 名を伝えると辰星の子はさっさと言ってしまった。


 まったく、若いというのは眩しく良いものだ。


 それに永夜の当主に恋に似て非なるものを抱えている。眩しいねえ。


「……何故お前は戻ってきたんだ、雷」


 ぶっちゃけ雷という男は嫌いだ。女好きが祟って関わったら終わり。成すべき事をやらずに放り投げ、その皺寄せがこちらに来る。


 その実力は高いので本当に憎たらしい。


「……どうしたんだい、コレー」


 コレーとは愛犬のゴールデンレトリバーに着けている名前。家に迎えたのだがぱっと人生が明るくなった。


 そのコレーが怯え唸っている。その様を見て分かった。


「……、」


 目の先に居る存在。

 いつから居たのだろうか。


「何の用でしょうか」


 その問には答えず目だけをこちらに向けてくる。

 全てを見透かすような目。虚偽は通じない。


 やがて満足したのか早々に居なくなった。何の用で来たのかは分からない。最近になって尋ねる回数が多くなったので何かあることは明白だが。


「永夜…誠也と言っただろうか、君には少し重すぎるかもしれない」


 自然と神在が戻ってきた理由が分かった。

 多分この時代がターニングポイントなのだろう。そしてここを見逃したら後は共に堕落するだけだ。


「……堕落も悪くないのかもしれないね」


 未だに怯えているコレーを宥めつつ思う。

 いっそのこと堕ちてしまったら楽なのだろう。堕ちる事が救いな世界とは、度し難い。

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