第7話 遭遇

 橋の一件から様々な人外と対峙してきた。


 住宅街のなかの手足が長い人型の人外、神殿の傍で明確な形を持たない煙型の人外、病院の傍の植物型の人外……ここまでの1週間で様々な人外と対峙してきた。


 分かるのは人外の強さは個によること、魔法を使ったり使わなかったりすること、結構様々だったが影に溶け込みそうな黒色をしていること、人を襲うこと、案外短絡的な思考ということ。


 自分が思うにやはり人外とは悪なのだ。

 何も罪もない人を襲ってるのが本当に許せない。


 自分に縋る人は皆、恐れていた。でもその中に確実な激情があった。


 だから人外を葬っても何も思わなかった。罪人を裁く裁判官とはこういう気持ちなんだろうか。



「(またここに来てしまった)」


 封印業は証言だけで動く訳では無く個人的に町を見回って、人外を見つければそのまま葬る。


 色んなところに行く訳だがどうにも愛恋橋この橋は自分にとって思ったより特別なようだ。

 自分の始まりの場所と言っても過言では無いし無意識に赴いても不思議ではないだろう。


「(……慎吾は元気よくやっているだろうか)」


 ふと橋の中腹を見ると花が添えられている。遠目なのでなんの花かは分からないが様々な花が備えられている事は確かで花以外にも供え物があるので茜は多くの人に慕われていたのだろう。


 橋は永夜家の所有物。

 故に本来なら供え物も許さないのだ。神聖な場にそぐわないものは許さない、と言えば分かるだろう。


 でも花とか供え物くらいは別にいいだろう、と思う。きっと父もそうした。


「(あの世とやらがあれば天国に居るのだろうか)」


 そんなことを思ってしまうのは人外という非日常的なものと対峙して来たからだろうか。


 物思いに耽ってしまって周囲の事に気が配れなかった。

 それが命取りだった。



 ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ザバァァアアァァ!


「⎯⎯⎯⎯ッ?!」


 大きな水の音と共に川から黒く巨大な人外が飛び出す。

 警戒を怠ったせいか刀に手をかけた時には遅かった、恐らく人外の頭にあたる部分で薙ぎ払われ10m程飛ばされてしまう。


「いッ……(油断した…!)」


 幸い飛ばされた先に障害物がなかったので体中を打ち付けるという事は起きなかったが人外と接触したであろう、横腹が痛い。


 だが10mも飛ばされた体にしては傷一つなく、体は問題なく動かせそうだ。そもそも膝をつかずに10m飛ばされたからな…体幹を鍛えてないという訳じゃないがつくづく自分の体の限界が分からない。


「(やべっ)」


 余所見が命取り、追撃が来た。

 今度は水だ。これは初戦で見抜いていると思ったが初戦あれとは違い目に見える。そして殺傷能力が上がっている。


 水の刃ではなく、水の槍。しかもそれが目に見える限りで6本か。


 確実に魔法だ。しかも魔法を使う人外は強いと経験で知っている。


「(跳ね返……無理だな!)」


 跳ね返したら四方八方に飛び散る。

 川は決して住宅街から遠くは無いし、巻き込む事になる。

 限界まで引き付けて避けるしかない。


『⎯⎯⎯Goaaaaaaaa⎯⎯⎯!』


 腹の底に響く"鳴き声"と共に水の槍が襲う。視認したより1本多い7本が飛んでくる。


「(鳴き声……?!)」


 鳴き声を初めて聞いたが今は目の前の槍に集中する。


 頬が少し切れるものの地面を転がることで回避はしたが槍が直撃した地面はひび割れた。


「(嘘だろ、格上も格上……!)」


 たらりと嫌な汗が頬を蔦る。


 今の今までの人外とは比にならないレベルだ。前座と喩えるにはあまりにも目の前の奴が


 考える暇を人外相手は与えちゃくれない、その巨体の脅威を理解しているのかそのまま突っ込んできた。


「(受け止めろ…踏ん張れ、突進されたら半壊どころか全壊する!)」


 カキィィイィンと金属と金属が衝突する甲高い音が響く。


 今まで斬ってきた人外はそんな音がするほど硬くはなく、どちらかというとぬちゃりと言う擬音がぴったりの筈だ。


 受け止めたものの徐々に押されている。1人では荷が重いが、助けを呼ぶ暇を相手は与えない。

 しかも近づいてきた為その臭いがよくわかる。川の清涼な臭いにそぐわない血なまぐさい臭いがする。


 力比べが人外相手は面倒だと思ったのか…

 


「(…は?)」


 当然避けれない。避けることは出来ない訳ではなく、

 しかも予想外。反応するよりも前に触手は腹をぶち抜いてきた。


「い"ッ?!」


 これ腹部分だったから良かった、心臓だったら死んでたぞ。

 いくら常人より丈夫で強いと言っても心臓をぶち抜かれれば死ぬ。


 敢えて致命傷を外したのかこいつ…?だとするとこいつは弄んでるという事になる。


「(なんだ、なんだこれ、手足が痺れる…?!)」


 恐らく毒が触手に含まれていたのだろう。

 毒は闇属性の派生、この時点で人外相手は水と闇の2つの属性を持っている。生物が持てる属性の数の上限にまで至っている。


「(刀離したら今度こそ、死ぬ、)」


 手足の痺れだけで良かった、正常な思考は持てる。

 腹も痛いがそれだけなら多分死なない。


 意識がもし薄れるのなら足にでも刀を刺してやろう。


 そういう思考をする誠也をよそに人外は次の一手を既に考えていた。

 前進する力を弛め、触手を更に生やし誠也を縛り付け投擲、触手が更に生えたことによって生物とは言い難い姿、きっと人が思いつく化け物の典型的な姿になっていた。


「(空中…!)」


 上手く手足が動かない上に不利すぎる。刀はまだ持っている、無理にでも体を動かせば…


「⎯⎯⎯⎯⎯は」


 大きく人外の口が開けられたと思えばその口に輝く光り輝くもの。

 それは紛れもなく生物の上限を越した3による攻撃。


「(光…属性…?)」


 魔法の域を脱しているとでも言うのか、為す術がないという嫌な現実を突きつける。



「あらら…の血筋はだいぶ弱くなったね…なら危機でもなんでもないのだけど」


 人外も人間も目の前のことに集中している。

 だから近づく第三者に気づかなかった。


 第三者であるは槍を持っていた。

 バチバチと雷を纏う、槍。空気からして今あるどの家の継承した物より異質かつ強大だった。


「⎯⎯⎯⎯唸れ、


 その言葉を合図に槍のバチバチという音は大きくなり、光る。

 その光に両者が気づいた時には遅かった。


 水中を雷が走る。そして雷は人外に触れる。


 水中に居た人外、水を多く纏っていることだろう。効果は抜群、痺れという地点を置き去りにして焼く尽くす。



「⎯⎯⎯⎯⎯⎯」


 誠也は全く声が出せなかった。それは腹をぶち抜かれたからじゃなく素直な感嘆の気持ちからだった。

 問題はそんな力を持っている家など聞いたことがないという事だ。


「君は未熟だね、自らの血筋も知らない」


 感嘆から時間の経過を忘れていたのだろうかいつの間にか見ず知らずの男に姫抱っこされていた。


「⎯⎯⎯⎯あの」


「無理ないね、隠されたものを暴くには時間が必要だ」


「いやあの」


 満足気に1人でうんうんと頷く彼は糸目と言うやつで目が開いているか分からない。そして夜によく輝く長い金髪が美しい。


「我が祖ならば君により的確な事を言えたのだろうけどボクはボクだから言えないね」


「あの」


「ん?あぁ、君怪我してるね治してあげよう」


 いやそういうことじゃないが。

 緊張の糸が解れたのだろう、先程までは感じなかった痛みが全身を襲う。


「いッ…」


「痛いね痛いね、しょうがないしょうがない」


 と言いながら腰を下ろし、静かに誠也を地面に降ろす。


「おや刀は持ったままなのかい。偉い偉い。それはきっと真実を照らしてくれる」


「(真実……?なんだそれは)」


 痛みで喘ぐだけでちゃんとした言葉を紡げない。「ちょっと失礼するよ」と優しく刀を取り上げられるがそれに贖う力が振り出せない。

 痛みからなのか、それとも腰が砕けてしまったのか、よく分からない。


人外アレを使ったか…思ったより力を入れこんでいるね」


 魔術って確かと思考を張り巡らせるが途中でストップしてしまう。集中力も切れているのか。


「君には結構重荷だったね。でも結構やれた方だよ見ていたけど」


「(見ていた…?)」


 気配も感じなかったしなによりここまで放置するとは、人でなしか?


「さあもう寝た方がいい。君はまだ20にも満たない若者だ」


 そう言うとそっと手を翳し、瞼を閉じさせる。手馴れていて抵抗する気が全く起きない。


「聞こえているかどうかは知らないけど……君は君の血筋を理解した方がいい。君にとってもにとってもここがターニングポイントだ」


 その言葉を最後に意識を手放した。

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