第6話 明星家
永夜の扉を乱暴に音を立て閉める。
まったく、本当に忌々しい。何故ああも平然と生きていられるのか。
扉を閉めたのは他でもなく
他が見ても分かりやすいほどの仲の悪さだがそんなのは今に始まったことでは無い。
町中はいつも通りと言った感じで人外の気すら感じさせない緩々としている。普段はそういう町だ。犯罪は町なのであるが治安は良い。ただ1つ、人外がいること以外は普通の町だ。
❖
「本当、死んでくれればいいのに」
ポツリと自宅の前の門で零す。
永夜の家は和風と言った家だが明星の家は邸宅と言うにはあまりにも豪華な城。周囲は普通の住宅なので浮いている。
「…兄上の返事、来ている頃でしょうね」
門から玄関まではそこそこ距離がある。何せ庭が広大なのだ。庭なので植物も植えられているがあんまり興味がない為どんなものが植えられているのかは知らない。
「お帰りなさいませ、おじょッ…」
光姫は所謂格式高いお嬢様なので執事みたいな人もいるがウザったいので辞めて欲しい。
頬をつねって自分の言いたいことだけを言うスタイルだ。
「兄上から返事は?」
「
「そう」
ぱっと頬から手を離しさっさと自室のある2階に向かう。
2階に続く階段は広く、人が横に5人くらい並んでもまだまだ空間がある。無駄に広い。しかも白を基調としている上に掃除は当然の如く行き届いているもんだから目が痛い。
❖
「四つ葉の便箋…」
部屋にある机に四つ葉のクローバーが描かれている便箋。間違いない、兄上のものだ。
「(封筒に入れろと何度言ったら分かるのかしら…?)」
別に沸点が低い訳じゃないが言われたことを出来ない奴は嫌いだ。そもそも怒らない人なんているのかしら?いないでしょ、普通に考えて。
部屋の中央に鎮座している天蓋付きベットに横たわり、手紙を読む。
光の姫と書くのに自室は黒を基調としている。明るくて灰色。白色が嫌いな訳では無いが普段から白色のものを見ると嫌になる。所謂飽きだろう。
「…やっぱりそうか」
手紙の内容は永夜の事。でも明るいものでは無い。そんなの書かれたら嘔吐する自信がある、永夜の敷地内にいるだけで吐きそうなのに。
「流石に無力化は無計画すぎたか」
その内容は大雑把に言えば永夜の無力化について。
手紙の内容には臆せず立ち向かえるイカれた精神力とあるし正常な判断を人外を前にして出来るのだろう。
「…イカれすぎでしょ」
それは賞賛の言葉でもあった。
いくら研鑽を積んでも本番で通用させるにはイカれている程の落ち着きが必要だ。何せ死が目の前にあると言っても過言では無い。
死を目の前にして落ち着いた思考力を持ち、筋肉を動かす程の余裕がある。しかも初めてなのに。
本当にイカれている。
落ち着いているという情報は絶対に間違いない。どうせ遠くから見ていたのだろうし。
「奪うのは非現実的…?」
隙がないという訳じゃないが非現実的だ。
奪うにしろ時期を読まないといけないし。
「……始祖様、
枕に顔を埋めて遠い昔に散らせた命に問いかける。
「どうして欲しいのですか」
⎯⎯⎯⎯私の中には自分のものじゃない記憶と情景と、《言葉にできないくらいの激情》が宿っている。
それはきっと始祖のものだ。
それが宿っているということは私になにかして欲しいという事。そのなにかがどういうものかは知っているが経緯が分からない。
どうしてそんなものが宿っているのかは分からない。けどひとつ確かなのは私の容姿が始祖と瓜二つということ。
「(瓜二つ…この世に転生とか、先祖返りとかあるのか、それともこの記憶は血筋だから伝わっているのか、)」
他人に言ったとして、もしこの記憶が正しいものなら始祖のありのままを暴露してしまうことになる。
崇高な精神の持ち主の始祖を怒らせてしまうような気がするし、何よりいくら血筋が繋がっていても人のプライベートを暴露する気になれない。
「(瓜二つと言っても目の色だけは違うし…角も翼もないし……)」
明星の始祖、ルシファーは銀髪でシルバーの目を持つ麗人。そこに黒色の角と翼がある。
一方光姫は銀髪こそ変わらないが目は黄金、角や翼はない。
瓜二つと言えるのは髪くらいだろう。
「……別の手、あるにはあるけど果たして成功するかどうか……、まあ2つ並行してやるしかないでしょうね」
自分は考える側、実行するのは兄の方。それに兄は人と違いすぎるから重労働でも大丈夫でしょ、それくらいで音を上げるならあの剣を振るう資格なんかないわ。
「(別に私が動いてもいいけど…多分あの方は許してくれないでしょうね)」
黒を基調とした部屋だろうか、異様に目立つ白がある。
暖炉の上にある白銀の槍。
丁寧に丁寧に保存されている傷一つない白銀の槍。
名を⎯⎯⎯⎯ロンギヌス。
ルシファーが振るったとされる聖なる槍。その力は恐るべきもので山1つならばいとも簡単に砕き、2つ、3つと砕く。願えば4つに分裂し、不死の体すら死をもたらす。
「(重いし女の私には物理的に不可能だけれど)」
ルシファーの種族はドラゴン。
ドラゴンの力を振るうには強くなりすぎたが故にドラゴンとしての逸話は少ない。ただ1つ言えるのはその姿を見せたのは愛する者だけであり、黒い鱗を持っていたという。
当然力も強い。この重い槍を振るうなんてなんてことないだろう。
「兄が振るうにしてもあのお方は怒るでしょうね」
たった1人愛した女性。その女性が穢されることは絶対に許さないだろう。
「……少し考えなきゃ」
気を引き締めるかのように頬をぽんぽんと軽く叩き、自分のやれることをしなくてはならない。
例えその先に悲惨な結末が待っていても構わない。非道的な事をしたのはあちらが先、覚悟はとうの昔に出来ている。
⎯⎯⎯さあ、兄上に……
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