第4話 水刃
朝の内に人外は基本現れない。基本と言うだけで普通に現れる事もある。
理由はよく分かっていない。そもそも人外に対して分からないことが普通、恐ろしいものを自ら知ろうとはならないのが普通だろう。
「(そんなこんなで家に帰ったのは良いが…)」
初仕事という事は初めて刀を振るうという事でもある。
刀は重い。それは当たり前だ。
物理的な重さもそうだが心理的な重さがデカい。
試しにするすると鞘から抜いてみる。
刀身は赤く、言葉にできないほどの魅力がある。
ただ"黄昏"と言うわりに赤いのは少し不思議だ。
黄昏は昼と夜の狭間、色に表すなら橙色が的確だろうにこの刀は炎のように赤い。
「始祖が使っていた、とされるが…」
その始祖の記録は他の家と比べてあまりない。
例えば辰星の始祖はヘルメス。
伝令の神で各地を渡り歩き伝聞を広めた、神の手伝いを多くした、その詐称はどんな真実をも隠すという逸話がある。
一方永夜の始祖は名前すらも伝わらない。
一応名前か?というものはあるがそれもいくつもあって定かでは無い。
ただ逸話には溢れている。溢れすぎて何がなんだか分からないというのが本音だが。
「………考えても無駄だな」
今やれることをやるしかない。
復讐とか大層な事を願ってしまったがいきなり大きなことは出来ない。小さなことから始めるしかないだろう。
刀を鞘にしまい、陽が落ちるのを静かに待った。
家の中は誠也1人だけではないのに何処か静かだったのが嫌だった。
❖
愛恋橋───
男女の悲しい逸話が残る典型的なデートスポット。今は人外が目撃され、現に亡くなってしまった人もいる事故現場。
「新月……」
その橋に刀を携えた青年が1人。
覚悟は決まっている。
「(
肌に触れる空気が痛い。誰かが見ている気がして気持ちが悪い。
気持ちを入れ直す為に「ふぅ、」と一息つく。
瞬間、人のそれではない気配が橋の下からした。
「橋の下……!」
てっきり橋の上かと思ったがそうではなかったか…まあ橋の上に普通にどんと来られても怖いが!
招き入れられるように橋から飛び降り、川に着地。
川は浅く、難なく着地。怪我は無い。
永夜は普通の人間では無い。寿命も長ければ普通の人より丈夫だ。丈夫さで言えば他の家を差し置く。
理由は単純で始祖の血を受け継いでいるとしか言えない。
自分でも吃驚しなかったと言えば嘘にはなる。
「よし…」
少々ぎこちないが確かに構える。
大丈夫、父の教えと知識は頭に入ってる。それに少しだけ自信がある。
橋の影に目を凝らす。
人外は影に溶け込める程黒い。まさに奇襲型、初見では殺されても仕方がない。
「(来る───!)」
肌のピリピリとした痛み、それが一段と感じた。間違いない、これは
右足を軸にし、左足を後ろに。動きは少なく目に見えない攻撃を躱しつつ、目線は正面に固定されたまま。
そして確証を得る。
この人外…"魔法"を使う。
❖
「それは魔法だね、初なのにかなり厄介そうだ」
家に1人でいるのが嫌だったのであの後、水樹を呼んだ。
水樹は自分より知識が深いので何かしらアドバイスを貰えると思ったがそれは正解だったようだ。
「魔法って…あの?」
「うん、あの魔法」
魔法とは始祖云々の他に特筆すべき力というか、文化というか。
魔法は魔力を消費して扱う、所謂特殊攻撃。昔は道行く人全てが使えるような身近なものだったが今では廃れている。扱う人も居るには居るが極わずかだ。
「多分その人外が使った魔法は数ある属性のなかでも基本的な水属性じゃないかな?」
魔法は全部で6属性。
火、水、風、光、闇、無属性がある。無属性は強化魔法にあてられる属性で無属性だけは生まれた瞬間に誰でも適性がある。そこに最大2つの適性をもって生まれる。
魔法の腕は生まれたその瞬間に決められている。そこから努力等でどうにかなるとされている。
「どう足掻いても厄介だな」
「そうだね、水属性は使いようによっちゃ大津波も引き起こせる」
属性にはそれぞれ特色とそこから属性が派生し細密化している。
水属性は広範囲に有用なものだが使用者本人が扱いきれず暴走してしまうこともある。ただ威力はそこそこで攻撃性はない。そこそこと言っても人の手足くらいは切断可能だ。
これは完全に余談だが水属性から空間作成・破壊を可能とする空間属性、使用者はこれまでの歴史のなかでも2人の氷属性が代表的な派生属性だ。
「でもその慎吾…の話を聞いてる限りそういう大っぴらな事は出来ないと思うな」
「確かに、切断までに留まっているし何より…」
「「溜め時間が必要」」
広範囲になればなるほど隙が出来る。そして狭い範囲における水属性は大変段落的で直線上に立たなければ回避可能。
「……思ったより簡単だな」
「回避可能という事は君でも分かると思うけど」
たまに嫌味っぽいところがあるんだよな。慣れっこだが。
「慎吾の話の限りじゃ限りなく薄いんじゃないかな、情景が情景だからそうとは言えないけど」
確かにプロポーズの最中は緊張の一瞬でもあるから目の前の事に集中し他が見えなくなってもおかしくない。
だが糸口は見えた、厄介だなとは思ったがなんとかなりそうだ。
❖
「予想通り…!」
意図せず口角があがってしまうくらい予想通り。
確かに魔法を扱うし、見えづらいが見えづらいだけで見えないということでは無い。
「(後は、見るだけだ)」
光源が絶望的にない橋の下と新月の夜、黒い人外を隠すのは充分だ。
…もしやそれを分かっててあえて夜の時間を選んでいるのだろうか。
「(どうする…)」
攻撃手段だけが分かっていてもどうしようもない。粘られて負けるだけだ。
迷っているこの間も見えづらい刃を飛ばしてくるから思考に注ぐ集中力が途切れる。
そもそも相手に実体があるのかどうかさえ不明。仇をとるとか言っておいて相手に関して何も分かってない。
もう少し考えて受けろ、過去の自分。
「(僕にも魔法扱えたら良いけど生憎そういう才が壊滅的だからな…)」
この体にあったのは不思議なことに剣術だけ。それ以外は壊滅的で刀を扱うことだけに秀でた存在だ。
「(剣術…)」
剣術、剣術か。
「(一か八か、になるな。しかも失敗したら終わりだ)」
一応思いついたのはある。あるがやる勇気がない。それに賭けにもなる。
「(やるしかない)」
失敗したらそこまでだ。再度やり直す事も恐らくできない。
でもそれ以外にやれないならやるしかやいだろう。原因は全て未熟な己にある。
刀身を鞘にしまう。
その動作はあちらも確認できたらしく、驚くような嗤うような空気がある。
諦めたわけでは無いが傍から見ればそいう風に見えるから。でもそれが絶好の機会というもの。
「結構思考は浅いんだな、愚かだな」
相手は動作を見て攻撃を辞めた、そしてこの空気、挑発にも乗るだろう。
現に殺気が高まった。声も出さない人外だと言うのに思考らしい思考はあるのか。
助かるが
殺気が高まり思考力が衰退したのだろう、馬鹿正直に範囲を広げるために溜め始めた。
それは隙。
その隙に切り込む。
地を踏みしめ、相手を見据え、刀に手をかける。
その姿勢は居合切りの合図。
それに気づいた時にはもう遅い、橋から飛び降りて無傷な身体能力から放たれる居合切りは人外との距離を詰め、切り捨てるには充分だった。
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