第3話 橋の証言者

 翌日から早速人外の情報が届けられた。


 封印業なんてだいぶかっこつけた名だがやってる事は警察と変わりない。

 人外を見かけた、襲われたという証言さえあれば封印業に携わる各家に伝わる。

 …証言ならなんでもいいので単なる噂でも届けられる場合がある。


 伝わる家に関しては適当に割り振られる。その為平等に分配されることなんて無い。暇な人も居るが多忙を極めた可哀想な人までいる。


「(経験有りだろうが無しだろうが関係なし、か)」


 当然経験の有無なぞ関係なしに割り振られる。


「(この世は弱肉強食とはよく言ったものだが……優しめのものだと助かるというのは甘えだろうか)」


 割り振られるからといって人外の証言等々は直接目撃者に聞かなければならない。

 書類等でやり取りしていた時もあったようだが直接聞くのが早いのと、行き違いを防ぐため。

 そんな経緯があるからか目撃者は証言者と言うようにもなった。目撃した人は証言もしなければならないし。


 行き違いが命取りになる事もある。

 まったく優しいのか厳しいのか分からん。



 ❖



「…それで、人外の情報というのは」


 待ち合わせ場所は愛恋橋あいれんばし

 獣川けものがわに跨る橋で永夜家が管理している橋でもある。


 本来は直接家に来てもらうか、そういう場所を設けるのだが証言者がどうしてもこの橋がいいと。

 別に場所なんて特に拘りはないし人外の存在は周知のものなので他者に聞かれても構わない。


「あ、あぁ…」


 証言者の名は慎吾と言う。

 慎吾は此方を探るような目線を向けてくる。…目線が痛い。


 大体、人と喋ることはあまり慣れないし初仕事なのだから勘弁して欲しい。相手にとってそんなの知らんこっちゃないだろうが。


「話は単純でよくある話だよ」


 そう言ってぽつりぽつりと語り出した。



 ❖



 それは新月になろうとする三日月が登る日だった。


 愛恋橋あいれんばしとは所謂恋人のデートスポット。

 昔から死別した男女のエピソードが残るのでそれ故だろう。


 慎吾には彼女がいた。名は茜と言う。


 茜は大変な美女という訳ではなく、平々凡々な女だった。でも慎吾には特別に思えた。この人しか居ないと。だから橋でプロポーズしようとしたという。



 ❖



「プロポーズ、か」


「おう。別に変な話じゃないだろ?」


 慎吾は見た目で言うと23くらいだ。仕事にも自信が着いてきた頃だろうか。そこに特別な彼女と来れば何も変な話じゃない。


 ──この時点である程度察しはついた。だが最後まで話を聞こう。

 聞くこともまた仕事だ。



 ❖



 跪き、指輪を差し出す、そして彼女の薬指に。


 そのなかの指輪を差し出すタイミングで彼女の首が飛んだ。



 ❖



「飛んだ…?」


 彼女がこの場にいないことである程度察しがついていたが首が飛ぶとは。

 斜め上というか、少し意外というか…


「嘘なんて言ってない!本当だ…本当に、首が、飛んだんだ…!」


「人外の姿や飛んだ原因は分からないのか?」


「見てない!見てないし、原因なんて…」


 分からない


 何かを思い出してその言葉を咄嗟に飲み込んだのだろう、はっとした顔つきになる。


「……


「水?」


 それは変だ。

 三日月が出ていたと言うのだから天候は晴れ。雨などは降ってないはず。

 獣川は流れが穏やかで川の水ということもない。その日の前後に雨が降ったという話は無い。


「濡れてた……、そうだ濡れてた…。彼女の足元に水があって…、茜は髪が長かったんだ…その髪が少し濡れていた。」


「…成程」


 恐らく飛んだ原因は水だ。

 川のものでもない、恐らく人外の水。


 …別に不可能な話では無い、が…そうなると……


「俺が思い出せるのは、ここまでだよ」


 思考を遮って証言を終えた慎吾は悔しそうに顔を歪ませた。


 無理もないだろう。これからの幸せを全て摘み取っていったのだから。


「……こんな少ないものだし、姿さえ見てない……、」


 姿がない。幸せを摘み取った。

 己の境遇と自然と重なった。


 父が生きていれば今も幸せだったのだろうか。幸せとも言いきれないくらいの囁かな幸せだとしても。


「……頼む、頼むよ……茜の、茜の仇を……ッ!」


 ただ違うのは力があるかどうか。

 慎吾にはそれはなかった。


「茜の仇をとってくれ」


 でも頼むことは出来る。

 人間、年下に頭を下げるなんて事はプライドが許さないだろう。なのにこうして自分に頭を下げている。勢いで土下座までしてしまいそうだ。


 ……されては困るが。


「分かった」


 当然断るとかそういうことはしない。

 話に聞く限り少々厄介そうだが断る理由にはならない。後は、私情。


「必ず仇をとろう」


 その言葉と共に心の深くに芽生え始めていた憎しみというやつが少し育った気がした。

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