№24 最終兵器

「……え……?」


 胸元からは、やいばの切っ先が飛び出している。正確に心臓を貫いたその一撃に、ぼたぼたと血を吐きながらアベルが膝を突いた。


 血だまりに沈むアベルは、再生しようとしない。いや、できないのだ。


 なにせ、相手は吸血鬼ハンターの聖銀のやいば。生半可なことでは対峙できない。


「……背後から一刺しとは、ずいぶんと卑怯なマネをしてくれるな」


 まだ吹き上がる弟の返り血を浴びながら、カインは舌なめずりをした。


「卑怯? お前たちのようなバケモノに、いくさの礼儀も作法もあるものか」


 アベルのからだを蹴ってグルカナイフを抜いたリチャードが、ちきり、とやいばを鳴らす。


「言った通りだ。今回こそ殺す。兄弟もろともな」


「そういえば、そんなことを言っていたな」


 バイザーの奥の眼光も鋭く宣告するリチャードに、嘲るような笑みを向けるカイン。ちらりと倒れている弟に視線を向ける。これくらいで死ぬようなヤワな吸血鬼でないことは、カインが一番よく知っていた。今も、びくびくとからだを震わせながら潰された心臓を再生させつつある。


 これならば、ふたりで逃げることくらいはたやすい。一度は半身を持っていった吸血鬼ハンターだが、その消耗も今は回復している。あとは、アベルが動けるようになるのを待つばかりだ。


「ところで、傷の具合はどうだ、クリスチャン?」


 時間稼ぎの挑発に、リチャードは乗ってきた。


「おかげさまで、モルヒネが効いていい具合だ」


 どうやら、傷はまったく治っておらず、痛みを薬でごまかしているだけの状態らしい。これならばいける。


 アベルがずるずると血の跡を引きながら起き上がって来るのを見て、カインは高らかに笑った。


「ふはははははは! もろいな、人間! 所詮その程度か!」


「バケモノを二匹駆除する程度ならば、このくらいで充分だ……いや、不足していた。だからこそ、前回は撤退した」


 ぴくり、とカインの眉が跳ねる。言われてみればこの男、前回とは何かが違う。


 その正体は、すぐに明らかになった。


 がちゃん!と音がして、リチャードの重武装から長大な連式の砲身が左右二本ずつ、展開される。束になった銃身からは連なった弾薬の帯がいくつも伸びており、その弾丸のひとつひとつが聖別された銀製だ。


 多砲塔聖銀ガトリングガン。こんなものまで用意してくるとは思わなかった。


 目を見張るカインに一斉に銃口を向け、リチャードがうなるように告げる。


「今度こそ、微塵も残さず死ね、害虫」


 その瞬間、爆発するようにすべての弾倉が回転した。連続した発砲音はブザーのように聞こえ、たちまち弾雨がカインとアベルに降り注ぐ。


 こんな弾幕、よけるによけられない。疾風のような弾丸の嵐にさらされて、ふたりは一瞬で穴だらけになった。肩が、足が、頭がえぐれ、血のしぶきが滝のようにほとばしる。


 ……しばらくして、嵐は収まった。熱を帯びた砲身からはちんちんと小さな音が聞こえ、蒸気が上がっている。


 ふしゅう、とリチャードが息を吐いた。


「……まだ生きているか、しぶといバケモノめ」


 視線をやった先には、かろうじて肉片にはなっていないだけの、ばらばらになったからだがふたり分あった。兄弟どちらのものとも知れない血のかたまりがうごめき、再生しようとするが、なかなかうまくいかない。


「……意識は、あるか……アベル……」


 残った口元と声帯で呼びかけると、ぼろぼろの上半身だけになったアベルが答えた。


「……なんとか……」


 白い骨と赤い血肉を晒して這いずり、ふたりはなんとかお互いの生存を確認する。


「……いくら死なんとはいえ……あれに全身をずたずたにされて封じられれば……我らもただでは済むまい……」


「……厄介なものを持ち出されましたね……」


「……まったくだ……次にまたあれが来たら……」


「……打つ手がありません……」


 ゆっくりとだが、確実に再生はできている。が、またガトリングガンの一斉掃射が来れば元の木阿弥だ。今度こそ木っ端みじんにされて、土や水の中に封じられればおしまいだった。


 吹き飛んだ手足を徐々に再生させながら、カインは口元だけ残った頭部でアベルに言った。


「……我が弟よ、貴様は逃げろ」


「……イヤです」


「……ふっ、そう言うと思った……が、まとめて逃げるよりも、単独で逃げた方が撒きやすい……脆弱で愚鈍な貴様を先に逃がしておいて、私も後から逃げるというのが、もっとも公算が高い……」


 こころにもないことを言って、カインは弟を逃がそうとした。作戦と言えばそれらしく聞こえるが、事実上カインが囮になって、その隙にアベルが逃げることになる。


 己の未熟さを痛感していたアベルは、その言葉にぐっとくちびるを噛み締め、


「……しかし……!」


「行け、と言っている」


「……っ!」


 決然としたカインの強い言葉に、アベルは息をのんだ。こうなってしまっては融通が利かない。兄はそういう男だ。


 アベルは苦渋の決断を下し、コウモリへとその姿を変えた。


「……必ず……必ず戻ってきますからね……!」


 そう言い残し、夜の空へと消えていく。


 しばらくして、じゃり、と道路を踏む靴音が聞こえた。


「弟を逃がしたか……ずいぶんと人間のマネをするのがうまいな、バケモノ」


 侮るような色はなく、ただ淡々と次弾を装填しながらリチャードがつぶやく。


 カインはようやく再生した頭部でにやりと笑い、


「そうだ、私はバケモノだ」


 傲岸不遜にそう言い放った。


「『ふつう』にはなれないバケモノ……だが、かりそめでもいい、サキが私に与えてくれた『ふつう』の愛というものが、私にこうしろと命じたのだ」


 まだ足が再生しきれていないのでひざまずいているが、まるでリチャードを見下すように口端を持ち上げる。どこまで行ってもカインは不敵だった。


「私はバケモノだ。が、無様でも、滑稽でも、『ふつう』になろうとしたバケモノだ……それだけは忘れるなよ、クリスチャン」


「言いたいことはそれだけか?」


 再びすべての銃口をカインに向けて、リチャードは冷酷無情にトリガーに指をかける。少し握り込めば、たちまちカインはばらばらになってしまうだろう。


 しかし、カインは傲然と笑ったまま、


「いいだろう、踊るぞ!」


 一斉にその身を無数のコウモリへと変えた。


 少し遅れたが、ガトリングガンの弾倉もひどい騒音を立てて回転し、弾幕の雨が降る。まき散らされた銃弾はコウモリの一匹一匹を血のシミに変えて、猛り狂った。


 それでもコウモリの群れはリチャードへ向かって進み続ける。削られては進み、削られては進み、その波濤がもう少しで標的に届きそうになった。


 が、あと一歩のところで力尽きる。アスファルトを血でべたべたと汚して、コウモリの群れは一匹を残して全滅した。


 やはり、無謀だったか。


 ……いや、弟が逃げられたのならばそれでいい。


 自分はこれから封じられるのだろう。未来永劫出て来られないかもしれない。


 サキ。すまない。


 共に歩むと覚悟を決めてくれたつがいに、カインはこころの中で深く謝った。


 たった一匹残ったコウモリの上に、軍用ブーツの靴底が迫る。


「死ね」


 今まさに、踏みつぶされようとした、そのときだった。

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