№5 最推し爆誕
咲はカインの目の前でひざまずいて、首筋を差し出すようにこうべを垂れ、
「……カイン様。どうか、私をあなたのしもべにしてください」
まるではじめから決まっていた台本のように、すらすらと懇願の言葉が口から出てくる。邪眼を使われてもいないというのに、咲はすっかりカインに魅せられていた。
カインは一瞬、驚いたようにまたたきをして、それからその赤い瞳をにんまりと細める。
「……ふふ、面白い……貴様、気に入ったぞ。私の眷属にしてやる」
従順な子羊となった咲を見下ろしながら、カインが笑う。そして、その耳元にくちびるを寄せ、
「貴様に、その覚悟はあるか……?」
息を吹き込むようにささやいた。
人間をやめる覚悟。
異端として忌み嫌われる覚悟。
ひとを害する覚悟。
そのすべては、カインのしもべとしてといっしょに生きていく、という一点で納得のできるものとなった。
決して気がはやったせいではない。気の迷いでもない。
なにもかもがこうなる運命だったのだ、と咲は覚悟を決めた。
「……はい」
言葉少なにそう答えると、カインは満足げな顔をした。
「よかろう。貴様のその覚悟、しかと受け止めた。今宵から貴様は私のしもべだ」
くっく、と喉を鳴らして、カインはひざまずき祈りを捧げるような格好の咲に覆いかぶさるように身をかがめる。
そして、咲のからだに腕を回して、きつく抱擁した。
それだけでからだ中が満たされていくのを感じる。
ふう、と首筋にぬるい風を感じた。カインの吐息だ。
「慈悲だ。初めての吸血行為は刺激が強すぎよう、手早く済ませてやる」
刺激が強い?
咲が疑問の声を上げるより先に、ぷつり、とカインの犬歯が首筋の皮膚を破った。
その瞬間、膨大な快感の電気信号がからだを駆け抜け、めまいと共に咲は嬌声を上げる。
「ああああああああああああっ!!」
くらくらする、どころの話ではない。全身が一個の心臓になったかのように脈打ち、びくんと跳ねた。崩れ落ちそうになったところを、カインのからだにしがみつき、必死に落ちまいとする。
息は荒れ、からだが熱くなった。いまだに細い嬌声を響かせる咲を抱きしめ、カインもまた、ふうふうと荒い吐息の隙間から血をすすっている。
抱き合いながら絶頂を迎え、ふたりはそのままフローリングに折り重なるように横たわった。
「……あ、あ……」
いまだに快感の余韻をひきずりながら痙攣し、咲は初めての経験に茫洋とする。頬を赤らめ、息を乱し脱力するその姿は、干物女とは思えないほどつややかだった。
求められるということは、こういうことか。
今まで付き合ってきた男は、こんなことはしなかった。誰も咲を求めていなかった。
しかし、カインは違う。
咲の望む形で、咲をむさぼる。
すっかり雌の顔をして、咲は言い知れない満足感に包まれていた。
「……はっ、これが、吸血行為というものだ……我々にとっては性行為と同義……うまかったぞ、処女の血は……」
「……あ、りがと、う……ございます……」
嵐のような『初夜』を経験した咲は、なんとか意識を回復させ、途切れ途切れに言葉を紡いだ。ぎゅ、とカインに抱きつく腕にちからを込める。
「これからは、毎晩のように血を吸ってやろう、私のかわいい家畜」
「……はい……」
「これで貴様も私と同じ吸血鬼になったが、ゆめゆめおごらぬことだ。他人の血をむさぼっていないままの貴様は、まだ未熟なドラキュリーナ……いわば、人間と吸血鬼のはざまの半端もの、ということだ。昼の世界にも耐えられよう。だが、ゆくゆくは必ず血を飲んでもらう」
「……はい、いずれは……」
ひとの血を吸うのだ。おそろしくないわけがないが、カインの命令とあらばよろこんでそうするだろう。カインが望むなら、ひとを害することもいとわない。
「その時まで、私のエサとして奉仕するがいい」
「……どうか、そうさせてくださいませ……」
あくまでも従順な咲の頭を、こころから満たされたような笑みを浮かべたカインが、すり、と撫でる。
それだけで、脳内麻薬がどばどば出てまた絶頂に達しそうだった。
「……眠れ」
「……はい」
とろけ切った笑みを浮かべ、咲は命令通りにフローリングで眠りに落ちた。絶頂の疲れからか、すぐに睡魔はやって来る。
カインもまた、咲を抱いたまま眠りについた。
……こうしてその夜、二匹のケダモノたちの『契約』は成立したのであった。
「……まことに、申し訳ございませんでした……!」
翌日目を覚ますと、いきなりカインに土下座された。
「えっ? ええっ!?」
昨日とは打って変わって平身低頭のカインに、寝覚めの咲は大混乱する。
しかし、カインはつらつらと続けた。
「いのちの恩人に対して、あのような狼藉……挙句の果てにはわたくしめと同じ吸血鬼にまでしてしまいました……!……とても顔向けできません……!!」
戸惑う咲に、カインは血を吐くような声音で額を床にすりつける。
……朝になって、カインはまた聖人君子に戻っていた。
どうやら、あの傲慢極まりないカインは『おやすみ』のあとにしかやってこないらしい。
昼間は聖人君子。
夜は征服者。
そんなカインに、咲はすっかりめろめろになっていた。
「……いのちの恩人である咲様を、異端者にしてしまいました……!……なんとお詫びすれば良いのか……!!」
「いいの! 全然いいんだよ!」
土下座をするカインの顔を上げさせ、咲は弾んだ声で告げた。
「決めた! あなたは私が養ってあげるから、ここにいて! 何もしなくていいから! 存在するだけで尊いから!」
「……は、はあ……お申し出は大変ありがたいのですが、しかし……」
「なにも気にする必要ないよ! カインは好きなように振る舞って! 私がいいって言ってるんだからいいの!」
妙にちから強い咲の言葉に圧倒されたように、カインは渋々押し切られた。
「……咲様がそうおっしゃられるのでしたら、そのように」
「はい、けってーい! あなたは今日から私の最推し!!」
戸惑うカインに、ぎゅむー、と抱き着いて、咲は至極しあわせそうな顔で笑った。
こうして、血の『契約』と同時に、主従の『契約』も果たされた。
昼は咲が主人となり、カインが仕える。
夜は咲がしもべとなり、カインが奪う。
そんな奇妙な関係性が、ある冬の日、出来上がったのだった。
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