第三章 8

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「第七隊! 回り込め!」

「弓隊! 前へ!」

 帝の留守の合間、五連盟は混沌を極める戦場を順調に勝ち進んでいた。特に傭兵部隊はその遊撃性を活かし、地の利を以て縦横無尽に駒を進め続けた。

 ヴラリアはルウェインの左肩に乗り、ひらりひらりと大小様々な針を出し続けて戦った。

 彼女が手を繰り出すたび、敵が確実に倒れた。その白い、細い腕がゆらりと動くと、いきなり空中に長かったり細かったり、あるいは太かったりするあらゆる形の針が突如として現れて敵を貫いたり刺したりするのだ。

 それは戦場では単純な恐怖となった。

 しかし、また目立つヴラリアは標的にもなった。標的は簡単に狙い所となる。

「あれだ! 針師だ」

 連日兵士を殺されて、むざむざ引き下がっている帝ではなかった。彼はイェータを仕留めに行くのに留守にする代わりに、針師必殺の武器を用意しておいたのである。

「短針弾! 準備」

 分厚い装甲の盾のようなものがガラガラという音と共に用意された時、ヴラリアはあちらの方を向いていて、それが目に入らなかった。しかし、ルウェインの目にはそれが映っていた。彼にはそれが危険な武器だと一目でわかった。

「いけねえ……!」

「撃て!」

 シャッ……

 彼は一瞬の判断で、ヴラリアと武器の間に割って入った。

「!」

 ズトッという音が、複数響いた。

 転瞬、ルウェインの巨体が戦場に倒れていた。

「ルウェイン!」

 ヴラリアが悲鳴を上げた。ルウェインは全身から出血している。

「大丈夫!? しっかりし……」

 ヴラリアは涙を流しながら助けを求めて周りを見回した。しかし、誰もいない。誰も助けは来ない。

 ルウェインは血を吐きながら、血まみれの手でヴラリアの白い顔にそっと手をやった。

「……心配すんな……お前はもう行け」

「いや……! あなたとじゃないと行かない」

「だめだ。お前が行かなくちゃいけないんだ」

「いやよ。一人じゃ行かない」

「行くんだ」

「いかないで! いやよ一人にしないで」

「俺はもうだめだ。よく聞け……戦いはお前にかかってる。勝負はお前次第なんだ」

「……いや!」

「だめだ!」

 ごふっ、彼は血を吐きながら叫んだ。

「一人で行くんだ。一人で行って、一人で勝て。お前ならできる。俺は知ってる。お、お前な、ら……」

「ルウェイン!」

 自分の顔に触れたまま絶命した彼を見て、ヴラリアは絶叫した。

 彼女はしばらくの間うつむいて、そのまま動かなかった。

 傭兵たちは、誰もヴラリアに話しかけなかった。誰もヴラリアに触れようとしなかった。 誰も近寄ろうとしなかった。

 ひとしきりした後、ヴラリアは顔を上げた。

 白い顔はもっと白くなっていて、銀の髪はその顔よりも白く見えた。

 そして、その表情を見た戦場の者たちはぞっとした。

 ヴラリアは、くすくすと笑っていた。

 なにがおかしいのか、ずっと笑いながら、彼女はそこから立ち上がり、そのまま走りながら無言で戦い始めた。その無造作さたるや、筆舌しがたいほどであった。

「狂ってやがる……」

 誰かがぼそりとそう呟いた。

 針師はそのまま狂気を孕んで戦場を駆け抜け針を出し続け戦い続けた。そうして五連盟を勝利に導いたのである。

 しかし、彼女の狂気はそこまで長続きはしなかった。

 針よ 私を貫いて

 彼女は戦いが終わったその瞬間、針という針に命じて自分の全身を貫くことを命じ、自らの命を絶ったのである。

 愛する男をこの戦いで失った針師の、凄絶な最期であった。

 彼女の身体を刺した針の数はあまりにも多く、その身体が本当に彼女のものか認識することは困難であったが、辛うじてその指にあった指輪が生前彼女がしていたものであったものと同じであったため、彼女の遺体であるということが確認された。

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