第三章 5

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 魔導師戦争開戦――帝国正面五連盟はいずれも強豪、テニサ王国は広大な領地から多数の魔導師を引き連れて、アニサクス王国は所有する金及び宝石鉱山からなる莫大な資金でもってして成る黄金兵士団で、ラキサス女王国は自慢の騎馬隊で、メヨホ自由都市国は傭兵部隊で、ヴェルエ王国は黒騎士隊で帝国軍に立ちはだかった。

 帝国軍は五連盟を相手に一歩も後に退かず、古代の技術を以てして彼らを完膚なきまでに叩きのめした。

 両者の戦いの激しさたるや、天空をして震撼しからしめるほどだった。

 なかでも目を引いたのは、傭兵部隊の第七師団所属のヴラリア・マージェスタであった。 恋人の二メートルはあろうかという戦士の肩にひょいと乗り、鎧も纏わず長い裾の袖を戦場でひらめかせて針を操る様は、さながら戦の女神のようだと賞賛された。

 銀の髪は血に濡れ、冷たいうす青い瞳は敵を見据え、ひらりひらりとまるで糸を織るかのように器用に針を繰る白い指は帝国の必殺の古代技術のようだと恐れられた。

 ヴラリアが戦場に現れると、味方の兵士たちは針師だ、針師が来たぞと安堵のため息と共に囁き合い、敵は恐れと共に慄いた。

「針師だと?」

 戦場の地図を見ながら、帝ラーズバルズは訝しげに軍師の報告を伝え聞いた。

「は、そのような報告が上がっておりまする」

「針師とな。何者だ」

「は。針を自在に操り、また空間に呼び出すことができる者の総称のことでございます」「なんと」

「そのようなことが可能なのですかな」

「百年に一人、いればいいという逸材でございます」

「そのような人間、敵にいたとしたら厄介だ」

「聞いた話では白髪のような銀の髪で戦場を駆け回り、帝国軍を駆逐しているとか」

「白髪のような……」

 帝はその光景を想像してみた。

 赤く燃える戦場を駆ける、白い娘。

「ふふ……なるほど白娘はくじょうというわけか……」

「陛下……?」

 訝しがる配下たちを尻目に、帝は肘をついて目を閉じ、口元にわずかな笑みを浮かべた。 さぞかし美しい風景であろうと思ってのことだ。そしてふん、と呟き、

「恐るるに足りん、そのような小娘一匹」

「しかし陛下」

「味方の損害は莫大ですぞ」

「傷が魔道で癒せない今、事は思っているよりも深刻でございます」

「捕えている魔導師どもを使え。奴らの魔道で癒させればよい」

「は……」

「首に刃を突きつけるのだ。でなければ真の名を奪うとでも言えばなんでもするだろう」「か、かしこまりました」

 配下たちは顔を見合わせながら慌ただしく立ち去って行った。終わりの見えない、分の悪い戦い。帝国はいつの時代も、大抵は戦に勝ってきた。ラーズバルズはその先頭にいつも立っていた。

 だから、負けるということがわかっていないのだろうか。頭にないのだろうか。敗戦がどういうことか、わかっていないのだろうか。

「あなた……」

 軍議から帰ってきてバルコニーに出た夫を、カリドウェンは静かに出迎えた。

「お疲れなのではないのですか」

「そんなことはない」

「わたくしは、お仕事のことはわかりませんが」

「……」

 肩に手を置いた妻の手の温かみに、ラーズバルズは顔を上げる。

「毎晩地下室に行かれて、軍議でも何時間もお話しになられて。お疲れでしょう」

「お前は優しいな」

 その手を取って、ラーズバルズは立ち上がる。いつの日からか、母以上に彼女を愛するようになった。

「母も優しいひとであった」

「そのように、聞いております」

 カリドウェンは微笑んだ。

「わたくしも、お会いしてみたかった」

「もうすぐ会える」

「――え?」

 いや、なんでもない。そう返して、帝は部屋に入っていった。その言葉の思わぬ強さに、カリドウェンは戸惑いを禁じ得なかった。そしてそこに立ち尽くして、夫の背中をじっと見つめていた。

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