第三章 4

 レヴィルとイェータは、サフサールに到着する藤二藍の月に開戦を知った。

「魔導師戦争だと……?」

「世界中の魔導師を狩って、真の名を奪おうというらしいわ」

「帝はなんだってそんなにまでして真の名を欲しがるんだ」

「さあね」

 イェータは肩を竦めて、それからこの国の宮廷魔術師に会いに行きましょう、とレヴィルに言った。

「会いに行ってどうする」

「魔導師同士協力するのよ」

「?」

 魔導師ではないレヴィルにはいまいち、わけがわからない。

 街を歩きながら、イェータは説明する。

「魔導師の世界は狭い。誰の弟子にどんな子がなったとか、噂はすぐに広まる」

「へえ」

「だから、どんな素質の弟子ができたかとか、どんな弟子がいるかとか、そんな話が広がるのもあっという間」

「ふうん……あっ」

「そう」

 イェータは立ち止まって、城門を見上げた。お濠の向こうには架け橋がかけられていて、あちら側にはいかめしい設えの王城が聳え立っている。

「だから、当然私の噂も知っているはず」

「そっかあ」

 イェータが訝しがる兵士に名を名乗り、宮廷魔術師に目通りしたいと告げると、当番の兵士は胡散臭げにこちらをじろじろと見ていたが、彼女の堂々たる白皙ぶりを見るとなにも文句は言わずに通してくれた。ただ、レヴィルには無遠慮な視線をこれでもかというほどくれた。

 それを苦々しく思いながら通されると、驚くほどあっさりと宮廷魔術師は二人に会ってくれた。

「おお、あんたがケルティンの弟子のイェータか。帝国領の。噂は聞いているよ」

「突然の訪問をお許しください」

「なんの。あのケルティンが入門を許した天才ならこちらがお願いしたいくらいだ。さあ、こちらへ来てくれ。連れの方もどうぞ」

 どうやらイェータの師というひとは弟子をとらないひとだったらしい。イェータが天才なら、師も天才肌だったんだな、うへえ、とレヴィルは首を竦めた。

 イェータは深々と首を垂れ、魔導師流の挨拶を済ませてからなにやら小難しい話を宮廷魔術師と始めている。

 レヴィルは黙って側でそれを聞いているだけで、口を挟もうとはしない。会談は、長々と続いた。しかしどうやら話はまとまったようで、座っていた宮廷魔術師はぽん、と膝を打って立ち上がったかと思うと、

「……よし、いいだろう。陛下にそうご報告申し上げる」

「よろしくお願いします」

 と言うなり、イェータはイェータで、

「行きましょ」

 とレヴィルを振り返り、

「あ、ああ」

 女官に案内されて歩き出してしまった。

「どうなったんだ?」

「サフサールは五連盟を後ろから援護することになっているそうよ。私たちはそれに参戦する」

「そうなのか」

 うん、とイェータは前を向いたままうなづく。

「それでいい?」

「俺はそれでいい」

 と一緒に行く、レヴィルは呟くようにこたえた。

「帝国は、五連盟にしか目に入ってないって。後ろからサフサール他三国が来ることは頭にないって」

「そうなのか」

「頭にないというか、興味がないというか、最初から数に入れてないみたい」

「馬鹿にしてるんだな」

「小さな国だからね」

「そこに君みたいのがいたら、驚くだろうな」

 ふふ、イェータが喉の奥で妖しく笑った。

 ごくり、レヴィルは唾を飲み込む。知っている。俺はこの女の恐ろしさを知っているぞ。 しかし、まだ真の意味ではわかっていない。

「明後日には、戦場に行かなくちゃいけない。それまでここにいさせてもらうことになったわ」

「そうか」

 それは、レヴィルも兵士として参戦するという意味になる。無論、イェータも。

「気をつけろよ」

「あなたも」

 部屋に入って、レヴィルはその白い顔にかかる銀の髪をそっと耳にかけた。そしてそれでたまらなくなって、そっとその唇を奪った。

「帝国軍なんて、なんでもない。ちょろいもんよ」

「その意気だ」

 相変わらず口が悪いな。レヴィルはちょっと苦笑いして、それで安心して、ほっとして彼女を抱き締めた。

 すべて、いつも通りだった。

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